第25話 雇用 〜遺伝子は人間より多い〜

「遊んだな…久々にこんなに遊んだぞ。」


「…遊んだのはいいがこの国のことはわかったか?従業員は見つかりそうか?」


カフェでやっと休憩を取っている二人の表情はどこかやりきったようである。朝日も出てき始め通りからヴァンパイアが減ってきた。そんな様子を眺めながらタローは考える。


「んー…。なんとなくわかったけどわかればわかるほど雇い辛くなってきたな。」


「ほう?聞かせてもらえるかな。」


ジャックは驚いていた。まさか本当にただ遊んでいるのではなくちゃんと観察しているとは思ってもみなかったのだ。タローという人物をただのトマトのつくれる小僧と侮っていたジャックはタローの評価を少し上げる。


「ヴァンパイアってやつは誇り高いというか頑固なんだよな。買い物している時も値下げしないし、なめられたからっていう理由の喧嘩も多い。いいことなんだろうけど雇う側としてはなんともやりにくい相手だわ。」


タローは本気で悩んでいた。プライドがある奴ほど雇うときに面倒なことはない。タローがもっと偉ければついてくるのかもしれないがタローはただの小僧である。ただでさえ傭い難かったのがさらに傭いにくくなった。

タローが通りを眺めているとふとあるものが目に入った。


「ジャック。あれって…」


「ん?孤児のことか?おそらく教会で引き取られているものだろう。国からの援助だけではやっていけないからな。ああやって店々を回り、食べ物をもらっているのだろう。」


タローの目に入ったのは薄汚れた格好をした3人の子供。店から食料をもらうたびに店主からは嫌そうな顔をされている。しかし子供たちにとっては食料をもらわねば生きていけない。ならばどんな顔をされようが構う必要はない。子供達はどんどん店を回っていく。

タローはその様子をただただ眺めていた。


「…ジャック。教会の場所まで案内してくれないか?」


「別にいいが…まさかお前……それでいいのか?」


タローは何も言わない。ジャックはそれ以上何も言わずに教会の場所まで案内する。




タローはジャックに町外れの教会まで連れてこられた。教会と言ってもそんな綺麗なものでもなく古ぼけたなんとか形を保っているような建物だ。ジャック曰くこの教会はかなり昔に変わり者のヴァンパイアが建てたものなのだが本来ヴァンパイアに宗教のようなものはなかったためそのヴァンパイアが死んだ際に建物を誰も相続しなかったためこうして残っているのだという。


現在この国の孤児たちは全てここに身を寄せているのだという。国から補助金が出るようになったのは孤児たちを一手に引き受けているヴァンパイアがかつてそれなりの発言力を持った貴族だったからだという。


タローは教会の中を遠くから眺める。孤児たちは皆やせ細っているがそれでも絶望しているわけでもなく笑っている。少ない食事を皆で分け合って外で楽しく食事をしている。


「さて…どうするんだ?」


「ここの教会を取り仕切っているやつって昔は国に使えていたんだろ?話をしたいからなんとか交渉してくれないか?」


おそらくタローがいきなり尋ねても門前払いを食らうのがオチだろう。しかしジャックならなんとか話だけでも聞いてくれるように頼めるかもしれない。ジャックは面倒くさそうにため息をついた後タローについてくるように言う。



「そこの子供。すまないがガナッシュ殿を呼んできてくれないか?大事な用事があるんだ。」


ジャックは教会内にいる一人の子供に声をかける。声をかけられた方の子供は急に現れたジャックとタローにビクビクしている。そんな様子を見たタローは収納袋の中からどこかの店で買ったお菓子を渡す。

するとその子供はすぐに警戒心を解きお菓子を受け取ると駆け足で教会の中に入っていく。


しばらくすると先ほどの子供が一人の男を連れてきた。その男はそこそこの年で着ているものも薄汚れている。だがどこか気品にあふれており一目でどこぞの貴族だったのだとわかる。


「これはこれは王子殿下。このようなところにどのようなご用でしょうか。」


おそらくジャックが言うこの教会を取り仕切るガナッシュというのがこの人物なのであろう。言葉自体は優しく丁寧なのだが、言葉の端々にどこか恐ろしさというか緊張感が走る。


「すまないガナッシュ殿。急の訪問許してほしい。実はここにいるタローという人間が話があるとのことなのだ。」


「ほう…人間が…」


ガナッシュはタローへと視線を向ける。タローはガナッシュと目が合った瞬間ぞくりと背筋が強張る。ポチの威嚇とはまた違った恐ろしさが感じられる。


「タローと言います。まあお話というのは内密にお願いしたいので出来たら中に入れてもらえませんか?」


タローはすぐに立て直し交渉の場を作ろうと試みる。タローがここまで強気になれるのは普段ポチのオーラを四六時中感じているからであろう。ガナッシュはしばらくタローを観察しながら考えた後教会内へと招き入れる。




「それで…話とは一体なんなのかね?」


タローとジャックは教会内の一室に通された。あちらこちらに隙間が空いており内密な話などできるような環境ではなさそうなのだがタローはまあいいかと話を始める。


「実は従業員を雇いたいと思いまして。その従業員にここの子供たちをスカウトしに来たのです。」


「人間がヴァンパイアの子供を雇いたいだと?ふざけているのか?」


ガナッシュのオーラが変わる。隣にいるジャックは表情を変えないがうっすらと汗が滲んでいる。一方タローはといえばけろっとしている。むしろ先ほどのオーラよりもこちらの方が普段のポチに近いものがあるので慣れきっている。


「諸事情により人間を雇うことができないのです。それに私のような小僧が大人のヴァンパイアを雇うことはできないので。子供なら覚えも早いし雇いやすそうなので是非ともお願いしたいのです。」


「貴様…子供たちをなんだと思っている。誇り高い我らヴァンパイアが貴様のような人間の子供に雇われるとでも思っているのか?」


ガナッシュの怒りはすでに最高潮に達しているだろう。ジャックもまずいとばかりにタローを止めようとする。


「誇り?その誇りのために町中の店を回って食料をもらうんですか?誇りのためにみんな毎日の食事もできないのに?あなたの言っている誇りというのは子供達のものではなくてあなたの誇りでしょう?そんなものに付き合わせて子供達を苦しめるつもりですか?」


ガナッシュの怒りは最高潮を通り越して逆に冷静になってきていた。そしてタローの言葉を聞き、目を閉じて静かに考えている。


「皆…この男の話を聞いているのだろう?もしこの男の言う言葉を信じ働きたいというものがいたらこの部屋に入ってきなさい。怒りはしませんよ…」


ガナッシュは静かに、それでいて子供達に聞こえるような通る声で話した。タローとジャックは先程までとは違う様子に内心ホッとしている。

数分後ガナッシュが落ち着き始めた頃扉が開く。そこには3人の子供たちがいた。


「俺たちを雇ってくれるっていうのは本当?お金もちゃんと出るの?」


声を出したのは3人のうちの1人の女の子だった。やせ細ってはいるが身長などから考えてすでに10代中頃かもしれないとも思えた。

その子の背に隠れるように2人の子供がいる。2人とも女の子で声を出した子よりも歳は少し若く感じるが10代にはなっているように感じた。


「ちゃんと給料は出すよ。ただうちの農場で住み込みで働いてもらいたいから引っ越してもらうことになるな。ちなみに3食の家付きだぞ。」


「本当?いくらくらいもらえるの?」


3人の女の子たちは未だ警戒心を解かない。むしろ住み込みということで余計に警戒されている。そんな様子を見たタローは失敗したと少し焦る。


「給料か…相談しながらって思っていたけど今の稼ぎだったら月にパイア銀貨70枚くらいなら出せるかな?」


パイア銀貨70枚というのは貴族からしてみれば少ないが一般の家庭ではなかなかの給料である。パイア銀貨70枚もあれば5人くらいの人数を十分に養える


「そ、そんなに出してくれるの!?」


あまりの好条件に背中に隠れていた2人も飛び出してきた。かなりの好条件に大喜びである。しかし今度は別の人間が怪しがり出した。ガナッシュである。


「これだけの好待遇。何か裏があるのではないのか?」


ガナッシュの鋭い眼光がタローをギロリと睨みつける。そんなタローは冷や汗が垂れてきた。ガナッシュの言う通りたった一つではあるが重大な欠点があるからだ。

それは…


「じ、実は近くに村がないので給料があっても買い物に行けません…。行商人も来ません…」


それを聞いたガナッシュと子供達は大きく口を開けて唖然とする。


「近くに村がないってどのくらい遠いんですか?」


「…歩いて2日かかるところに小さなところが一応…あります…」


タローは冷や汗が止まらない。農家の就職で断られることで最も大きいのが近くに村がないである。その上行商人もこないとなっては最低最悪の条件である。高速移動手段としてポチがいるがポチが毎回買い物のたびに動いてくれるとは限らないしポチがいなくなると農場の防衛ができなくなる。


「お主…病にかかった時はどうするのだ?それに出荷なども考えているのか?」


「そこらへんは何の問題もないんです。そういう時の移動手段もありますから。ただ休みの時に買い物に行くというのができないんです…代わりに買い物に行ってもらうとかなら何とかなりそうなんですが…」


タローの冷や汗が止まらない。まるで滝のようである。隣にいるジャックも呆れて溜息を吐いている。ガナッシュも呆れてきている。


「け、けど出荷のためにも雇いたいからこの国で働く従業員も雇えますよ?給料は少し減りますけど…」


その言葉を聞いた瞬間他の子供達が興味を示したようで少し部屋の外が騒がしくなった。ここまで音が漏れているともう外で話をしても良かったのではと思えてきた。


「給料は…パイア銀貨50枚で食事などの補償はできません。ほとんど農場にいるので誰かを監督役に任せてやってもらうほかないのでできたらガナッシュさんにやっていただけたらと思いまして…給料は少しは増しますよ。」


急に雇いたいと言われたガナッシュは驚き目を見開く。ジャックも聞いていなかったためタローの方を向いた。


「儂がやるとでも?」


「あなたがやってくれたら子供達も安心します。それに私はこの国の商人たちとも取引をします。その際に交渉人が必要だったんです。交渉人がいなかった場合は一定額のみで取引をしようとしていたのですがあなたに任せれば安心できます。

交渉によってより多くの儲けが出れば子供達の給料を上げることができますからより多くの子供達を扶養することができます。お金があれば子供達の将来が広がるんです。子供達のことを考えているあなただったらきっと引き受けてくれると私は思いました。」


「ううむ…」


ガナッシュは顎に手を当て考え始めた。かなり悩んでいるようだ。タローとしても悩んでもらっているというのはありがたい限りである。いきなり来てここまで話を聞いてもらったのだ。考えもせずに断られないだけ良い。


「今日のところはこの辺で引き上げます。できるだけ早く人が欲しいので1週間後にまた来ますね。後、話を聞いていなかった子供達にも話を通しておいてください。」


それを聞いたガナッシュは一言「わかった」とだけ言い放ち、タローとジャックは帰って行った。



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