第21話 交渉 〜水に沈むと美味しい〜

タローの目の前には豪華な造りの執務室、そしてそこに座る現国王がいた。

ジャックは慣れたものでスタスタ歩いて入っていく。だがタローにはその一歩がなんとも重く感じられる。一歩また一歩と進み執務室に入る。


重い。こんなにも空気とは思いものかと思えるほど空気が変わった。執務室の中まで入りジャックの横に立つと後ろで扉の閉まる音がする。とうとう始まるのだと覚悟する。しかしいきなり話し始めるわけにはいかないジャックになんとか紹介してもらわないと話すことができないのである。


「ジャック…お前また抜け出したな。何度言えばわかるのだ。お前には王子としての自覚が足りん。」


「あんなものを食べさせられた後に小言を言われる身にもなってください。そんなことより…」


「そんなことよりではない。いいか?お前は次期国王と呼ばれているのだ。なのにこの体たらくでは他のものに示しがつかん。いいか…」


二人の会話は続いている。この国の国王と王子の会話だ。タローは何も発言することができない。まるで空気のようだ。

ジャックは先ほどから何とかタローのことを紹介しようときっかけを作っている。だがそのたびに国王が話をそらしているように思える。


タローは緊張で今にも倒れそうだ。だがそんなわけにはいかない。ここで倒れたら商談ができなくなるからだ。1分1秒がなんとも長く感じる。変な汗が出てきた。

だが二人の会話はなかなか終わらない。




「ええい!父上!今はそんなことはどうでも良いのです!彼の紹介をしたいのです!」


「先ほどから縮こまっているその男か。全く興味がない。紹介するに当たる男なのか?」


興味がない。タローは全く興味を持たれていなかったのだ。まるで国王に価値のないと言われているようだった。恐怖でますます縮こまるタロー。


「そんなことはありませんこのタローは実に凄い男なのです。さあタローまたせたな。」


やっと紹介できるチャンスが回ってきたのだがもう頭の中は真っ白である。何を喋っていいのかわからない。もうこの場から今すぐに立ち去りたいとしか考えられない。


「た、タロー?どうしたというのだ。」


「ふん。恐怖で縮こまっておるわ。大方どこぞの寂れた農家であろう。大したものもどうせ作れない百姓がよくもまあここまでこれたものだ。」


大したものも作れない百姓と言われた時かすかにタローのこめかみが動いた。


「父上!彼を侮辱することは許しませんぞ!」


「何をムキになっておる。まさかお主はそっちのけがあるのか?やめよやめよ。王族なのだ子を成せる女にせよ。それに何をされたかしらんがそんな男何がいい?細っこくて畑も耕せんだろうが。」


「……んだと…ジジイ…」


タローは俯いたまま震えている。ジャックは今何を言ったと言わんばかりにタローに振り返る。国王も苛立たしそうにタローを見る。


「小僧。貴様今何を言った。この儂に対して…」


「何だとこのクソジジイって言ったんだよ!なんか文句あんのか!」


「「な!」」


タローの怒り爆発である。二人はあまりのことに驚き声が出ない。ジャックはこれ以上はやめておけというような表情である。国王はあまりにも無礼な態度をとるタローに顔を真っ赤にさせている。


「大したものも作れないだと!舐めんなよこのヒゲおやじ!こちとらカッチカチの土地を一人で耕したんだ!何も育てられなくて辛くても諦めずやってきたんだ!それを何も知らないお前が偉そうなこと言ってんじゃねえ!」


「貴様…この儂を誰だと思っている。この国の国王であるぞ!」


どっちも怒り心頭で話し合いだけで治りそうにない。国王も怒りに我を忘れ魔力が溢れ出している。だがタローはひるまない。怒りで我を忘れているというよりもその程度の威圧なら耐えられるからだろう。


「この国の国王がどうした!俺は別にこの国のもんでもないから全く関係ないね!」


「よかろう…貴様には身の程を教えてやろうではないか。」


あまりの魔力に揺れが起き机から物がずり落ちていく。その魔力で国王の周りが歪んで見える。さすがのジャックもこうなるとどうしようもなくなる。ただタローが殺されないように祈るだけである。


「ち、父上。落ち着いてください。タローも早く謝れ!」


「謝るのはこいつだろ。人のことをコケにしやがって!弱いから何言われても黙っていると思ったら大間違いだ!」


「その度胸だけは認めてやろう。だがもういい。貴様を永遠に話せなくしてやろう。」


『そこまでだ…』


扉の外から何とも禍々しい魔力を感じ国王は我に帰る。すると扉がゆっくりといていく。そこにはポチがいた。





『このバカモンが!何商談相手を怒らせておる!』


「だってこいつがバカにすんだもん。大したものも作れないだろっていうんだもん」


ポチの前には正座させられたタローがふてくされたように座っている。その周りには兵士やメイド、ジャックに国王が集まってその様子を見ている。


『だもんではない!それにお前だけを見たらそう思われてもしょうがない!』


「うわ!ひでぇ!そりゃないよ!俺だって今まですごい頑張ったんだから!」


『努力とは他人にはなかなか知られない。我はお前の頑張りをよく知っているが初めて会う者にはそれはわからない。そういうものなのだ。』


「う、うん。そっか。わかったよ。ごめん。」


『わかれば良いのだ。これからは気をつけると良い。それと謝るのは我ではない。それにそこのヴァンパイアの王よ。子供相手に貴様は何をしている。あまりにもみっともないと思わんのか。』


タローの説教が終われば次は国王である。もう完全にオカンポジションだ。


「国王として何でもかんでも話を聞いていてはやっていけぬ。」


『自らの子の推薦であってもか?そんなことではこの国の未来はないぞ?』


「貴様に何がわかる!たかが獣風情が!」


その瞬間ポチのオーラが変わる。さすがのタローもやばいと思い必死になだめようとする。


『獣風情だと?このコウモリ風情が…獣神たる我を愚弄するとはいい度胸だ。その首を噛みちぎってやる。』


その場にいる全員が悟る。もうこの国王の命はないと。だがタローだけはこの場を収めようと収納袋からトマトを取り出しポチの口の中に放り込む。


『さあ前に出てこい。今なら楽に殺して…モグモグ…おお!この味はSランクだな!やはりこのトマトは最高にうまいな!』


一気にポチの機嫌が直る。その場にいたもののほとんどがへたり込む。国王だけは確実な死からまぐれられたおかげでやっとの思いで息をし出した。その額には大粒の汗がいくつも滲み垂れている。

その場の凍るような空気から解放された中でポチだけが満足そうにしている。


「え、えーとあれほど怒り狂っていた獣神さえもこんな風に満足させる作物は入りませんか?」


ここに来てやっと商談が始まろうとしていた。



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