第19話 交渉 〜野菜?果物?〜

「ぶっふぅ!お前トマトに見とれて墜落しちゃったの!」


『わ、笑うのは失礼だぞ。ぶふっ…客人に対して…何たる振る舞いか……くふふっ』


「だ、黙れ…」


ジャックが気絶するまで何があったか話し合った結果ことの全てが露見した。ポチもタローもまさかトマトに見とれて墜落するヴァンパイアがいるとは思わなかった。まあ自殺志願者じゃないことがわかっただけでも良かったといえば良かったのだが。


「い、いやぁすまんすまん。まさかそんなことだとは思いもしなくてな。あははははは」


『それ以上笑うのは失礼だぞ。まあ詫びだと思って今日は好きなだけ食っていけ。…くふふふふ』


「貴様ら絶対に人にはいうなよ……それといい加減笑うのをやめよ。」


タローとポチは笑いが止まらない。ここまで笑ったのは久しぶりだと言わんばかりに笑い続けている。ジャックは王族としてここまで人に笑われたのは初めてである。なんとも言えぬ屈辱だが何も反論できない。王族ということを言えばもしかしたら黙らせることができるかもしれないがトマトに見とれて墜落した王子などとそんな恥は晒せない。

ゆえにジャックは二人に旅をしているヴァンパイアということで通している。


二人がやっと落ち着いてきた頃、ようやく夕食が始まる。

献立はガローラバッハローの香草トマト煮込み、バッハチキンにグリーンゼブラのソテーを添えたもの、トマトジュース、さらに今日収穫したトマトを冷やしたものである。


料理のレパートリーが取れる食材が少ないため限られている。肉はポチが時折どこからか採ってきてくれる。残りは森の中から食べられる食材を採るため香草やその辺の野草である。

正直そんなものよりもトマトが美味しいため全て味がトマト味になる。


タローとポチはもうこの献立に慣れているがジャックは違う。今この目の前にあるのはどこの王宮の食事なんかよりもよっぽど価値がある。もう片時も目を離せない。


「じゃあ食べよっか。ではいただきます。」


『うむ。いただきます。』


「ん?なんだそのいただきますとは?」


ジャックは聞きなれない言葉を聞き返す。日本人ならこのいただきますは当たり前だがこの世界においてはタローとポチくらいしかしていないだろうこの挨拶。疑問に思うのは当然である。


「うーん…食事の前の挨拶だけど意味はいまいちわかっていないな。」


『気にするな。ヴァンパイアにはヴァンパイアの作法があろう。それで構わん。』


「いや郷に入っては郷に従え、だ。それにその作法に興味がある。同じことをさせてもらおう。」


そう言うとジャックは顔の前で手を合わせて目を閉じる。タローとポチももう一度手を合わせることにした。


「『「いただきます。」』」


自然と皆から笑みがこぼれる。一緒にすることでただの食事にも一体感が生まれなんだか楽しくなってくる。

ジャックは早速食事に手をつけようとするがどれを先に食べようか迷ってしまう。そんな様子がなんだか面白くてタローはオススメを教える。


「今日のこのトマト煮はうまくできたと思うんだ。是非食べてみてくれ。」


「ほう。ではそれからいただこう。」


ジャックはオススメと言われたトマト煮に手をつける。器を手に持ち顔に近づける。

その香りはなんとも心地よかった。酸味の効いたような香りにかすかに香る香草の香り。思わず唾が出る。


早速フォークを肉の塊に突き刺す。するとその肉はほろりと崩れる。しっかりと柔らかく煮られている。思わず笑みがこぼれる。肉をフォークで持ち上げると肉の上に煮込まれたトマトの果肉が肉に乗っている。


その味はどうだろうか。少し緊張しながら口へと運ぶ。口に入れ1噛みするごとに口の中に幸せが広がる。この酸味に塩加減は最高である。それとなんとも言えぬこの旨味はなんなのだろうか。旨味が普通の肉とは段違いである。普段食べている肉がなんとも味気なく感じるほどだ。


「うまい」


この味を表現するのにこの言葉以外の余計な表現はいらない。うまい、この一言で十分なのだ。


「そうか。そりゃあ良かった。」


タローもこの心の底から言われたこの言葉が嬉しい。なんだかむず痒いが嬉しくて嬉しくてたまらない。気恥ずかしい照れ笑いをする。


「こちらもいただこうか。」


そう言って手を伸ばしたのはバッハチキンにグリーンゼブラのソテーを添えたもの。手にとってわかる他のものとは異なるトマトの色。まるで未成熟の果実のようだ。


「トマトというのは未成熟のものも食べるのか。」


「ん?ああ違う違うそれはそれでいいんだ。その状態で完熟なんだよ。食べるときは肉と一緒に食べるといいぞ。」


『おい、お代わりだ。』


はいはい、そう言って追加をしてやるタロー。ジャックは他にも質問したかったが忙しそうなので諦める。

タローに言われた通りにチキンとトマトを合わせて口に運ぶ。一口食べただけで他のものとはまったく違う味わいを堪能する。このトマトはまるで野菜のようなシャキシャキ感と程よい酸味が効いている。それによりこのチキンの味を引き立てる。この酸味は食欲をそそる。食べるほどに腹が減りそうである。


ここで喉を潤そうと飲み物を手に取る。飲むのはもちろんトマトジュースである。まるで宝石のような色にうっとりする。思わずため息が出る。

しかしいつまでも眺めているわけにはいかない。これは宝石ではなく飲み物なのだ。


一口口に含み口の中で転がす。この甘み、酸味、香り、もうこれは芸術の域である。若干塩を入れてあるのだろうか。それが甘みをより鮮明に引き出してくれる。本来食事中に飲むようなものではないかもしれないがもうこれはやめられない。残りを一息に飲み干す。


幸せだ。今ジャックは幸福の中にいる。永遠とこの時が続けばいいのにと思える。


「最高だろ?俺も初めはそんな気分になったもんだよ。」


「ああ。この世にこれほどの幸せがあって良いのかとさえ思えてくるよ。」


甘美なこの瞬間を味わうこの時のために生まれてきたのかとさえ思えてくる。まだまだ食事は残っている。ならば今はこの幸せを味わおうではないかと食事を再開する。





「幸せだ。これほどまで美味な食事をしたのは初めてだ。それ故気になる。このトマトという食材は聞いたことがない。なぜだ?」


当然の疑問。ヴァンパイアの次期国王とも言われるジャックが今の今まで聞いたことすらなかったのだ。人間の間で秘匿されているのだとしたらこうして今振舞われているのもおかしい。なぜこれほどの食材が出回らないのか気になるのは当たり前だ。


「あー…やっぱり気になるよな。…実はこの作物は移送に特別な処置が必要な特殊運送作物でな。俺のギルドランクじゃあ育てること自体違反なんだよ。だから誰かに売ることもできない。俺とポチ以外で食べたのはあんたが初めてだよ」


こんなことがあって良いのか。ジャックは真剣にそう思った。ここまで素晴らしい作物を育てることができるのに育ててはいけないなどという理不尽があってはいけない、そう思った。

だがそこで閃めく。人間には売れないということは我々で独占できるのではと。


ここの地域で育てられたものがすべて我が元に届けられる。毎日トマト三昧である。今からにやけが止まらない。

そうと決まれば行動あるのみだ。


「売るアテがないといったな?では我らヴァンパイアの国で買い取ろう。」


「国で!?い、いやいや待て待てそんなところに売り出したらギルドにバレる!」


「安心せよ。ヴァンパイアの国においてファームギルドは人間たちとは機関になっておる。そこから人間にバレることはない。それに売るのもツテがあるから心配するな。」


『ほう…良い話ではないか。ヴァンパイアの国は情報が手に入りにくい国だ。ということは情報が漏れにくいということになる。そこならば安心して売ることができよう。それに…その男のツテというのも確かなようだしな。』


ポチにはバレている。ジャックはその観察眼と推察力に感嘆する。しかしどうせ売りに行けばバレることだ。今はタローにトマトを売ってもらうことが何より必要である。


「う、うーん。ポチがそう言うなら俺としても売りたいし是非ともお願いしようかな。」


「そうか!では早速今から行こうではないか!」


ジャックはタローが売ってくれるということで興奮している。いますぐ手を引いて向かうべきだとタローの手を引く。


「ま、待て待て。いまから行ってもみんな寝ているだろ!」


「安心しろ。ヴァンパイアは夜行性だ。庶民は皆昼間に行動しているが王族や貴族は夜間に行動する。」


「え、えええええ!」



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