第18話 襲来 〜昔はとても貴重なものだった〜
森の彼方。何かが空を飛んでいる。大きさは人ほどの大きさ、色は黒、コウモリのような翼を生やした男。
彼の名はジャック・ヴァン・ロード。小言を言われるのが嫌で逃げてきたヴァンパイアの次期国王である。
そんなジャックは今太陽の光の下飛んでいた。
「暑い…暑すぎる。この暑さでは何もやる気が起きん。」
気温はそれほどでもないのだが基本よる活動するためこうした日の光があるだけで暑さを感じるのだ。
だがこの暑さのおかげでこちらには追っ手がこないだろう。今までの経験から得たものである。
ふと何かの気配を感じた。この気配この魔力。間違いないとんでもない強者がこの先にいる。
ジャックは笑みがこぼれる。強者と出会うのは好ましかった。強いものと出会い戦う。ヴァンパイアというのはそこまで好戦的な種族ではないのだがジャックは違う。強いものと戦いたい。それが望みだった。
ジャックが血を飲まない理由。それは単に美味しくないという理由の他に強くなりたくないからである。
もしこれ以上強くなってはただでさえ自分よりも強いものなど自身の父親以外に見たことがないというのにさらに出会うことができなくなってしまう。そうなっては何を楽しみに生きれば良いのかわからなくなってしまう。
一秒、また一秒とジャックの感じた強者との距離が近くなる。そしてわかるその強さが。ジャックの全身に鳥肌が立つ。初めてではないだろうか自身の父親よりも強いと思えるものの気配を感じるのは。
一瞬逃げたいという思考が脳の中に駆け巡った。だがそうはいかないこれほど強きものと出会うためなのだそのためならばこの恐怖心など捨ててやる。ジャックは笑みを浮かべながらその場所へと向かう。
『おい。なぜかはわからんが狙いは我のようだ。少し離れておくぞ。』
「え〜…今収穫中なんだけどな。まあいいやすぐに終わらせてくれよ。」
『うるさいやつめ。まあいいすぐに終わるだろう。』
この二人には緊張感というものはなかった。
「見えた…あれだな。」
遠目に見えた美しい黄金の毛なみ…狼である。しかも大きい。すでにこちらに気がついているようでじっとこちらを見つめている。笑みがこぼれる。もう我慢できない。あれほどの相手ならば初めから全力で飛ばしても問題ない。
自身の内に封印していた魔力を解き放つ。ヴァンパイアとしての力を。まだ血の洗礼をしていないとはいえその力はそこらのヴァンパイアを軽く凌駕する。目標まであと数百m。
そんな時ふと気になる光景が見えてきた。畑である。別にそんなもの珍しくもなんともないのだがそこにある赤い実。おそらくはパイアの実であろうが少し違うように思える。ただわかることはそのパイアの実を何としてでも食いたい。そう思ったのである。
そこに一人の少年がいた。その少年はこっそりとその赤い実を食べていた。見るからにうまそうである。
生まれて初めてよだれが溢れてきた。あの実を食べたいそう思い見ていると…
ドゴン!
そのまま地面に直撃した。
「え!今の何!ポチ!お前何したの!」
『…わからぬ。』
「わからぬってお前…お前の横になんか穴ができてんだけど」
確かにポチの横には大きなクレーターができている。畑から離れていたためトマトに被害はないがもしもあれが畑に落ちていたらと思うとタローはぞっとした。
『本当にわからぬ…我もこのような経験は初めてだ。正直困惑している。これが敵の作戦だとしたらなんとも大胆なやつだ。』
ポチの困惑ぶりにタローも緊張が走る。よほどの敵なのだ。もしかしたらこの畑を守れないかもしれない。
恐る恐る近づく。砂埃をポチが魔法で風を起こし吹き飛ばす。
するとそこには頭から血を流し気絶した吸血鬼がいた。
「……どうする?」
『……このままでは哀れだ。家まで運んでやろう。』
二人の目は可哀想なものを見るそんな哀れんだものだった。
「う…うぐ…こ、ここは?どこだ?」
気がついた時そこはどうやら家の中のようであった。痛む頭に手を伸ばす。なにやら包帯が巻かれているようだったがなにがあったのか思い出せない。
最後の記憶は空を飛んでなにやらうまそうな赤い実を見たことである。それ以降の記憶が全く思い出せない。混乱しているとなにやら視線を感じた。
「あ、起きた?なにがあったかは知らないけどゆっくり休みな。よっぽど疲れていたんだろうね。」
「そ、そうか…」
ジャックは困惑していた。王族などならまだしも一般の庶民はヴァンパイアというものを恐れる。なのにこの少年は恐れるどころかどこか哀れんでいたのだ。もしかしたらこの少年はどこぞの貴族かもしれない。そんなことを考え出すとますます混乱する。
「あ、お腹減ってないかい?よかったらこれ食べるか?」
そう言って差し出されたのはジャックが上空から見たあの果実。思わず唾を飲み込む。しかしこんな見ず知らずの男からもらっていいのか。そんなことを思うと今は我慢しようと思った。
「そんな焦らなくても大丈夫だからね。まだまだあるから。」
我慢しようと思っただけでどうやら体は正直だった。気づけばその少年からその赤い果実をひったくるようにとっていた。
「す、すまない…」
その果実を手に取ると思わずよだれが溢れてくる。この色、この形もうこれは食べてくれと言っているようなものだ。ジャックはそのトマトを持ち外に出る。そのトマトを日に照らすとなんとも言えぬ神々しい赤い色をしていた。実に美しい。永遠と見ていても飽きないようだ。
だがその気持ちを押さえ込み香りを嗅ぐ。
その香りは大地そのものであるようだ。野性味あふれる香りと花のように甘いそんな香り。
もしもこんな香りのする女性がいたらすぐに惚れてしまいそうだ。
そしてついにその果実に食らいつく。王子としては行儀が悪いが本能がかぶりつけと命じていた。その本能のままに食らいつく。
その味は言葉では表せなかった。噛り付いたところから果汁が溢れ出る。一滴たりとも無駄にしないように吸い付く。その瞬間のなんとも言えぬほどの幸福感。甘さ、酸味、香りこの全てがパーフェクト。これほどまでに完成された果実が今まであっただろうか。
一口、また一口自然と食が進む。一口食べるごとに笑みがこぼれる。
この時を永遠と味わっていたいのだが終わりが近づく。残り一口それがいつの間にか食べ終えていた。その果実の食べられないであろう緑のヘタをただ呆然と眺める。
絶望。幸福が強ければ強いほどそのあとの絶望は強くなる。この世の終わり…そんなものを味わった気分だった。
その時肩を叩かれた。振り返るとそこには少年がいた。そしてその少年は赤い果実を差し出してきた。
きっと彼は天使なのだろう。そんな少年から今度は丁寧にありがたく受け取る。そして再び幸福を味わうのだ。
『大丈夫だったか?』
ポチは吸血鬼の男から離れてきたタローに話しかける。その顔は本当に心配そうな顔である。
「たぶん…大丈夫だと思うよ。彼の表情を見てごらん。まるで子供のように純粋な瞳をしているから。あれならきっと立ち直れるさ。」
二人は吸血鬼の男を静かに見つめる。トマトを光に照らし楽しんでいる。その目はまさに純粋な子供そのもの。タローがカゴに幾つかトマトを入れそれを置いておいたので当分は大丈夫であろう。
『そうか…トマトによって救われたのだな。あの男は。』
「うん…やっぱり田中一郎はすごいよ。人を救えたんだから。」
タローの目にはうっすら涙が滲んでいる。トマトによる奇跡を目の当たりにしたのだと本当に感動しているのだ。
『命を救うというのはこんなことなのか…命は奪うだけではないのだな。』
「こうやって命を救うってことはこんなにも素晴らしいんだな。」
二人は完全に思い悩んで衝突自殺しようとした吸血鬼であると思い込んでいる。
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