閑話 ヴァンパイア 〜学名の意味は食べられる狼の桃〜

漆黒に塗られたおぞましくもどこか美しい城。その内装は白と黒を丁寧にあしらわれた細やかで絢爛豪華なものである。そんな城では今まさに舞踏会が開かれている。


しかしその舞踏会はどこか普通のものとは違う。それは床で踊る者に加え空を舞いながら踊る者がいることだろう。


彼らは吸血鬼、その中でも血の力がひときわ強い貴族たちヴァンパイア達の舞踏会である。

しかしそれでもおかしな部分がある。それは机を埋め尽くすほどのパイアの実である。


パイアとは今では世界中に広まった作物であるが発祥はこのヴァンパイアの国である。当時は毒を含んでいたため誰にも見向きされなかった。だが当時そんなパイアの実に注目した人物がいた。


その人物は人間の血を飲むのが苦痛で嫌で嫌でしょうがなかった。ヴァンパイアとは言っても他のものも食すことができる。だが血を飲まないとヴァンパイアとしての力を発揮できなかったのだ。


その人物はパイアの原種を改良に改良を重ねついに食せるパイアの実を完成させた。そのパイアの実は食すことで人間の血を飲んだのと若干劣るものの同じ効果を得ることができた。

その人物はパイアの実を食べ多くのヴァンパイアを倒しのちにヴァンパイアロードになった。


そんな理由もあってかこうして毎年城で舞踏会を兼ねたパイアの品評会を行っているのだ。


余談だがパイアと名付けられたのはパイアの実を売り出した際に名前がなくヴァンパイアが育てた実として売られていた。そこからヴァンパイアの実、パイアの実と短く省略されその名で世界に広まった。


今では世界中で育てられているがやはり本場であるヴァンパイア国産が一番うまいとされ市場で高値での取引がされている。


しかし技術も農業も日進月歩。うまいと言われたからと調子に乗っているとあっという間に追い越されてしまう。そのためこの品評会では各パイア農家が必死に毎年研鑽を重ねている。ここで認められると貴族として位をあげてもらえるのだ。


「まずい…」


とある審査員のダメ出し。その言葉を聞いた農家は顔面蒼白である。この農家ですでに5件目であるがそのどれもがまずいの一言である。


その審査員は全てのパイアの実を試食する。その全てを口に含んだ後吐き出している。本来そんなことはするべきではないのだがその審査員だけは許された。結果的にどれもまずいだったが4件だけ無言であった。残しの審査員はその4件を必死に食べ比べその中から大賞を決める。


その審査員の名はジャック・ヴァン・ロード。この国の次期国王である。

ジャックは全てのパイアの実を食べた後すぐに退席した。なんともつまらないと言わんばかりに。


広間を出て自室にもどる。すぐさま執事がワイングラスに入った一杯の赤い飲み物を用意する。ジャックはワイングラスを執事から受け取ると月明かりに照らし色合いを確認する。その色はまるで血のように赤黒くとろみがついている。


グラスの中でその液体を二、三度揺らしたのちに香りを楽しむ。

だがここで顔をしかめる。おそらく気に入らなかったのだろう。執事は表情を変えないがその額にはうっすらと汗が滲んでいる。


香りを嗅いだ後少しだけ口に含む。口の中で転がし味わっているのだろう。しばらくするとハンカチを手に取り口に入れた分を吐き出す。お気に召さなかったようだ。


「坊っちゃま。これでもダメですか…」


「ダメだ。なぜこんなものを飲まなくてはならぬ。おそらく極上の生娘の血であるのだろうが雑味がひどい。酸味に苦味に塩加減に香り…どれを取っても最悪だ。…まあ先ほどのパイアの実よりかはマシだがな。」


大きくため息をつくジャック。それにつられるかのように執事もため息をつく。


「今の血は周辺国で一番美しいとされる姫の血ですぞ。これを一杯分買うのにどれほどの金額を国王陛下が払われたことか…。それにもうじき成人の儀を執り行うのに血の一杯を飲まないとは貴族連中に侮られますぞ。」


「そんな奴らは放っておけそんな奴らは血を飲もうが飲むまいがただの雑魚だ。」


ヴァンパイアは血を飲むことでその真の力を発揮すると言われる。だがジャックは未だその血を飲まない。様々な理由があるのだが最も大きな理由がまずいという理由だ。


「退屈だ…城を出る。しばらくしたら戻る。」


「坊っちゃん!!」


こうして飲まなかった時はいつも小言を言われ続ける。ならば落ち着くまで城の外に出ていた方が安全だ。とはいえ城下町も周辺も下手をすれば追っ手が来る。なので適当に空を飛び続けることにした。


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