第14話 絶望 〜昔は毒草と間違えられた〜

今週の水やりを終え朝の収穫もした。少し緑の多いトマトも収穫した。なぜそんなことをしたか。答えは単純だ。売りに行くためである。


本来は誰か業者が買いに来るのだがこんな辺鄙なところには誰も買いに来ない。買うものがあることすら知らない。なので今回自ら野菜を運びこのトマトの美味しさをわかってもらう。そうすれば味をしめた業者が買いに来てくれる。


村まではここからどんなに急いでも2日はかかった。荷物があれば4日はかかるかも知れない。しかもほとんど寝ずに歩いてやっとであろう。村に着いてから売り込みをして帰る。往復で最低でも1週間はかかるであろう。


その間にできたトマトは皆ダメになるだろう。しかしそれでも行かなくてはならないのだ。もう土地を買ってから2年半は経っている。急いで稼がないとこの土地はなくなってしまうのだ。それにたったの一週間程度ならば問題はない。


そう思い収穫したトマトをカゴに詰め傷がつかないように自分の服をクッションの代わりにした。多少ゆれて傷がつくだろうがそこは諦めるしかない。荷物を揃えたタローは最後の確認をする。


「よし…これで問題はないな。じゃあ行くか!」


タローは小走りで村の方角へ走って行った。これから始まる夢のような生活を現実にするため。





タローが村に出発してから2日後。タローは汗だくになりながら走り続けていた。足もフラフラで今にも転びそうだが何としてでも転ぶわけにはいかない。タローは一番近くの農家まで行きそこで村まで送ってもらおうと思い向かったのだが留守であった。


そこはメェーガと呼ばれる綿毛用の家畜を飼っている畜産家だったのを家についた時に知った。今は別の放牧地に行っているらしく誰もいなかった。アテが外れて若干落ち込みはしたが諦めず走り続けた。


さすがに2日間寝ずに走り続けたせいでかなりきついので今日の夜は一度寝て体力を回復させまた明日走り出そう。そう思い今はひたすら走り続けた。


モンスターも滅多に出ない安全な道なので今まで何の問題もなく移動できている。ただ安全過ぎてモンスターを狩るハンターなどもいないのが困る。そういった人に村まで送ってもらうなど通りすがりの馬車に乗せて貰える事などまで一切ないのだ。


今日まで人間に誰一人としてあっていない。こういったところを走るのは青春っぽくて良いのだがそれは荷物がない時にしたいものだ。





「はぁ…はぁ…はぁ…。も、もう無理。」


あたりが徐々に暗くなってきた頃、野営にちょうど良さそうな岩場を見つけ久々の休息をとる。タローは荷物を降ろすとちょうど良さげな岩に腰掛ける。しばらくは息を整えるのに必死だがしばらくすると自らの足を確認する。


タローの足は普段の倍以上に膨れ上がっている。かなり無茶な移動をしたため血液が下に溜まり足が腫れ上がってしまったのだ。座るのもまずいと感じたタローは地面に座り込み今まで頑張ってくれた足のマッサージを始める。


「この調子であと2日はなんとか頑張ってくれよ。」


必死に祈るようにむくんだ足のマッサージを続ける。これほどの腫れではかなり足も痛いはずだ。しかしタローはトマトを届けるためならば何としてでも頑張るしかない。脚を揉む腕もほとんど力が入らない。肩からは荷物を背負い続けたせいで血が滲んでいる。満身創痍だ。


「さすがに腹も減ったな…飯食うか。」


飯と言ってもトマトしかない。少し多めに持ってきてあるので幾つか食べても問題はない。トマトを入れてきたカゴに手を伸ばし中を見る。


「え…う、嘘だろ……」


本来トマトの移送はまだ赤くなりきらず緑が多いものを輸送し輸送中に赤く熟させる。しかしタローは完熟したものを運んだためほとんどのものが移動の衝撃に耐え切れず潰れてしまったのだ。


本来途中で気がつくようなことなのだがタローは一心不乱に走り続けたためそれに気がつかなかったのだ。タローは潰れたものを取り除いていく。傷の小さいもの、問題ないものをより分けていく。結果持ってきていたトマトの半分以上がダメになっていた。


「う、嘘だろ…こ、これって夢だよな…」


この世界においてはどんな作物も馬車か人力で運ぶ。そのため果肉の硬い作物が主流である。果肉の柔らかい作物は主に王都など人の集まる地域のそばに作られ痛まないように運ばれる。


しかし遠方で作られた痛みやすい作物を運ぶ方法もある。その運搬方は特殊輸送作物に選ばれ特別な技術を持った輸送隊に運ばれる。トマトもその特殊輸送作物の一つであった。


「特殊輸送作物って…そんなのBランクファーマーからじゃないと依頼できない…」


特殊輸送作物の運搬は誰でもできるものではなくギルドを通して依頼しその上で審査を合格したものだけが運搬できる。本来Bランクファーマー以上の資格が必要でEランクのタローは運搬を依頼できない上育ててもいけないのだ。


タローがなぜこんなことになったかというとパイアの実の影響が大きいだろう。パイアの実はトマトによく似ている。だがパイアの実は硬く輸送も馬車や人力で問題ないのだ。そのせいもあって人力で運べると勘違いしてしまったのだ。


しかしそれでも収穫の際や食べた時に気がついておかしくないはずである。それでも気がつかなかった理由それは


「こんなことにも気がつかないなんてどんだけ浮かれてたんだよ俺は…」


タローはトマトを収穫し食べてから今までずっと浮かれていた。浮かれて金のことしか考えていなかったためそんなことにも気がつかなかったのである。だが気がついたとしてもどうしようもなかった。気がついてももう育ててしまったのである。どうしようもない。


タローは潰れたトマトを手に取る。あんなにも美味しくあんなにも素晴らしいトマトが今では憎たらしくてしょうがない。ヤケクソとでも言わんばかりにトマトに食いつく。傷がなかったものもすべて食い漁る。そして食べきった時糸が切れたかのようにその場で気絶した。


翌朝、いや正直なことを言えば朝ではなく昼である。タローは目を覚ました。その目には生気が感じられない。タローは目の前に散乱したトマトを見て昨日のことが現実だったと再確認する。


タローは村へは行かず元来た道へと引き返す。カゴも持たず何も持たずにただ元来た道を歩く。その様子はまるでゾンビのようである。





タローが歩いてからどれほど時間が経っただろう。体は途中で転んだのか泥にまみれところどころ血が出ている。今にも死にそうなタローの目の前によく見覚えのある場所が見えてきた。自分の農場である。


そこには赤々と熟れたトマトが綺麗に並んでいる。その光景が憎たらしい。憎たらしくてたまらない。一つ一つ踏み潰してやりたい。こんなにあっても自分には何もできないのだから。


だがそれでも腹の虫はなる。腹が減ったから食わせろと言わんばかりに。そんな自分の腹を殴りつける。ほとんど力も入らず弱々しい腕で殴りつける。1度殴るたびに涙が溢れてくる。辛く悲しくどうしようもない思いが溢れてくる。



タローが声も出さずに泣いていると森の方からガサガサと音がする。タローは涙を拭き森の方角を見る。


そこにはまるで秋の穂を思い浮かべるような黄金色に輝く毛並み。獰猛のように思えてどこか知的な眼を持ったタローよりも圧倒的に大きい狼がなぜかバケツを咥えていた。



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