第13話 収穫 〜和名は唐柿、赤茄子〜

トマトの色が変わり真っ赤に熟した。収穫である。

最初に収穫できるまで熟したのは土を入れ替えた方に植えたトマトである。【永田農法】の方のトマトはあと1日といったところであろうか。まずは結晶に確認を取ってみる。


「この『トマト』は収穫しても良いでしょうか。それとこれはミッションを達成できていますか?」


タローの手の中で結晶は光り出す。映像が投影されるがミッションは成功にはならない。だが映像が切り替わりタナカ・イチローが現れる。


『これを見ているということはまだまだということじゃな。しかし収穫まではたどり着いたということになる。それに関してはおめでとう。さて今そこには赤く熟れたトマトがあるな?もちろんそれも十分うまいぞ。じゃが本来作りたいトマトはそのトマトよりもうまいぞぉ。頑張って作るんじゃな。』


映像はそこで消える。とりあえずこれでも十分食べられるということだ。では収穫を開始する。

とは言っても今回収穫できるのは3つだけである。タローは手を震わせながらそのトマトをそっとつかみハサミで切り離す。


切り離された時ずしっと重さが伝わる。片手に収まるほどのちょうど良い大きさである。かぶりつきたくなるのを必死にこらえ残りを収穫する。


収穫を終えると急いで家までトマトを運ぶ。そして一個を残し汲んできた水に入れてトマトを冷やす。


タローは手に取ったトマトを注意深く観察する。真っ赤に熟れたそれはまるで炎のようである。それでいてツヤがある。香りもほのかに漂ってくる。なんとも言えない香りである。今日まで耐えてきたタローの腹は早く食えと言わんばかりにぐーぐー鳴っている。涎もいつの間にか口から溢れてきた。タローは意を決心してトマトにかぶりつく。


かぶりついた瞬間タローの思考は停止した。まずこの形を見ていてすでにわかったことだがみずみずしいだろうこのトマト。しかしそのみずみずしさはタローの想像をはるかに超えていた。さらにかぶりついた瞬間口の中に溢れ出したトマトの果汁。その味とはなんたることや。甘み、酸味、香り、この全てが完璧であった。これほど完璧なものがこの世にあっても良いのだろうかとも思った。


タローはハッと我に帰りかぶりついていたトマトを噛み切る。そして咀嚼することで今まで感じていた味がまた変わったように思えた。そしてその食感はどういうことなのだろうか。野菜のようにシャキシャキ感もあると思えばゼリーのようにプルプルしたものまである。


タローは気がつけば泣いていた。それはこの世に生を受けたこと、今までの人生、そしてタナカ・イチローと出会いトマトと出会ったこと。すべてに感謝をしていた。


タローは持っている右手のトマトから果汁が垂れていることに気がつく。その果汁を急いで舐めとる。そして残っているトマトにかぶりついた。1噛みするごとに味わえる満足感と幸福感。気がつけば持っていたトマトは食べきっていた。


タローはもうないのかと一瞬悲しくなる。だがすぐに冷やしているトマトを思い出す。本当は冷えるまで待ちたい。だが我慢なんてできるはずがない。一つ取り出してかぶりつく。まだ冷えてはいないが十分うまい。最後のは冷えるまで待とうと今食べている一つをゆっくり食べる。それでも食べる手が止まらず結局全て食べきってしまった。


「冷えたのはまた今度だな…」


幸せそうなタローはこの幸福感をしばらくの間楽しみその後仕事に戻った。






翌日、今度は【永田農法】で作られたトマトの収穫に至った。今日の収穫数は5つ、そのうち3つは【永田農法】のトマトである。若干小ぶりであるがさほど気に成るほどでもない。


早速結晶で確認してみる。すると映像が投影される。ミッションは…失敗だ。昨日と同じ映像が流れそして終わる。タローはこれじゃあダメなのかとショックを受けるがまだ上があるんだなと嬉しくもあった。


小ぶりなトマトは確かに昨日のものと比べれば確かにうまかった。しかしそれほど気に成るほどでもないと思えた。


それから数日間収穫し結晶に確認するが結果は全て失敗。どんどんとうまいトマトができているのは確かだ。だがそれでも足りないらしい。もうタローはどうしたらいいのかわからない。


そして収穫が始まってから1週間その日は訪れた。




「はぁ…もうどうしたらいいんだよ。これ以上うまいトマトなんてあんのか?」


タローはトマトの片付けをしていた。それは実験していたもののうまくいかず枯れてしまったものだ。あまりにも栄養が足りなかったらしい。ダメになった30本を片付けている時それは目に入った。



その一本はもうダメなように思えたがよく見るとしっかりと成長を続け、実をつけていた。

それは本当にたまたまである。一度だけ間違えた分量の液肥を与えていたのだ。その時は多くやってしまったがそれ以外は元の少ない液肥を与えた。


そのミスによってそのトマトの苗は順調に成長し今実をつけている。ほんの数個しか実をつけていない上に実も他のものの半分しかない。しかしタローはそのトマトの実を見た瞬間強烈な空腹とよだれが溢れてきた。タローは直感的に察し結晶を使った。


『ミッション・トマトを一定以上の品質で収穫せよ……大成功!』

今まで見たことのない大成功。タローはそれにも驚いた。だが映像が切り替わってさらに驚いた。タナカ・イチローが笑顔で拍手していたのだ。


『見事!見事じゃ!この映像を見ているということは最高品質のトマトを作り出したということじゃ。まあおそらくはたまたまじゃろうな。じゃがそれでもおめでとう。お主の目の前にあるのは儂の高品質のトマトと同等のものじゃ。他のものに比べ小かろう、苗もひどく弱々しかろう。』


その通りである。もう枯れかけのようなトマトの苗、小さい実。しかし他のものとは比べものにならないような力強さを感じる。


『収量も少ない。じゃがそれでいいのじゃ。それを目指すのじゃ。この世界の摩訶不思議な力で普通よりもその状態のトマトを作るのは難関じゃ。儂でもなんども失敗した。じゃが上を知ったらもうそれしか作りたくなくなる。その上を目指す。それでいいのじゃ。上を目指せねば見えてこぬものもある。上を目指すためにお主にこれを授けよう。』


結晶が手の中で光輝き出す。思わず目を瞑る。しばらくし光が消えた頃目の前に袋が浮かんでいた。


『そこにあるのは新しき種と収穫物のランクを調べる道具じゃ。それを使いさらなる上を目指すのじゃ。その種を育て収穫した時にまた新しい報酬を渡そう。健闘を祈る。』


タローは今もらった袋の中身を調べる。そこには小分けにされた種が4つさらに銀色に光るブレスレットが入っていた。そのブレスレットには幾つかの宝石がはめ込まれており魔力を感じた。


タローは一瞬躊躇したがタナカ・イチローからもらったものであるつけないわけがない。少し大きいかと思ったが腕に通した途端収縮しタローの腕にぴったりはまった。はめた途端結晶から映像が投影される。このブレスレットの使用方法だ。


「え、えっと…使用するときは一番大きな宝石に触れ魔力を通す。消す時も同様か。ランクはG〜Lまでの11段階か。SSSの上まであるとは恐れ入ったよ。作物の場合は形、色、重さなどその作物に必要だと思われる項目から仕分けされA、B、Cでさらに分けられるのか。味は11段階でその他に3段階ってことはうまくても形が悪ければAのCになるってことか。」


タローは早速今回一番よくできている目の前にあるトマトを収穫し鑑定する。見るからにうまそうなそのトマトは小ぶりだが形はいい。


「結果は…SS-Aかこういう風に出るんだな。ということはこれめちゃくちゃ最高のトマトじゃん!上から3つ目とかこの上があることにも驚きだけど俺がこれ作ったっていうのも驚きだわ。」


タローはそのトマトにかぶりつく。他のトマトに比べて皮が随分と硬い。しかし少し力を入れてやると一気に噛み切れ中から果汁があふれてくる。


その味は今までのトマトとは比べものにならなかった。まず甘さだがまるで極上のフルーツ。タローが食べてきたどんなフルーツよりも上質で甘く美味。しかしただ甘ったるいのではなく程よい酸味がその味を何段階も上に上げる。そしてこの香り。一生嗅いでいてもいいと思えるこの香りはどんな花よりも香り高くこの味のハーモニーに素晴らしくかみ合っている。


タローはあっという間に食べきってしまう。そしてこのトマトを食べたことを後悔する。それはこれほどまでのトマトを食べると今まで食べたトマトではきっと物足りなくなってしまうからだ。


「がんばるかぁ…」


タローはまたこのトマトを食べるために今日も必死に努力する。その表情は苦しく辛いというよりも頑張ればまたあのトマトが食べられるという希望に満ちたものだった。








獣は餓えていた。何日か前にゴブリンが現れたがそんなものは食べない。オークも人間もエルフも。そんなものを食べるやつらの気が知れない。どんなに餓えていようがその獣には誇りがあった。


ただの獣とは違う。誇りを持ち全てのものがひれ伏す存在。そんな獣は食事にも気を使うのだ。ただ気を使いすぎて死ぬかもしれないがその時はその程度の存在だったと諦めるだけだ。


その時どこからか匂いがした。甘美な…己の空腹を満足させるに足り得る獲物の匂いが…



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