第12話 開花 〜元は観賞用〜
トマトの植え付けが終わってから1週間。タローは久しぶりに水やりをしていた。こんなに水やりをしなくていいものかと内心ヒヤヒヤしていたが今の所問題なく育っている。
タローは水やりをする際に10本ずつ違う濃度の液肥を与えている。それはどの濃度が正解かわからないため10本ずつで実験しているのだ。この作業も週に一度でいいのでトマトの様子を観察したりしていてもかなり暇な時間が出てきている。
「これでおしまいだな。脇芽もまだ問題ないしこのままいけそうだな。」
タローは水やりを終えると別の場所に移動する。そこは土を入れ替えたところに植えたトマトの苗だった。
「うんうん!今日もいい調子だな。」
こちらのトマトの苗はタローの今までの知識通りに育てているので難しいことを考えずに育てることができる。こちらのトマトの苗と【永田農法】のトマトの苗ではすでに違いが見えてきた。それはこちらのトマトの苗の方は成長速度が早い。
単純に考えて栄養の問題なのだがタローはこの結果に満足していた。自分のやり方は間違っていない、今まで教わったことは正しいと証明されているように思えたからだ。案外タローという人間は古い考えの持ち主で新しいことを否定したいのだ。
1週間後タローは再び喜んでいた。
「花だ!花が咲いたぞ!」
トマトの苗が花をつけ始めた。本来もう少し早くから花をつけるのだが栄養素や環境などによって若干遅れたようだ。
「何か特別なことがあるかもしれないかもしれないな。結晶に聞いてみるか。」
ここ最近は結晶をずっと持ち歩いていたタローは懐から結晶を取り出す。
「花が咲きました。何かありましたら教えてください。」
すると結晶が光り出し映像が投影された。
『花が咲いたようじゃのぉ。特に気をつけることはないのじゃが受粉だけはきちんとした方が良いかのぉ。とは言っても虫や風による受粉で十分じゃがのぉ。気になるなら刷毛を使って雌しべと雄しべを受粉させるか軽く指で叩くだけで良いからのぉ。』
その言葉を聞いて少し安心したが一応やっておこうとタローは実行に移す。刷毛はないので指で軽く叩こうそう思い手を伸ばした時映像から続きの話が流れる。
『指で叩く際は本当に軽くやらんと花が落ちるから気をつけい。受粉がうまくいかんと奇形ができるからのぉ。奇形じゃあ今回のミッションはクリアできんぞ。』
その言葉を聞いた瞬間タローの動きが止まる。その額には冷や汗が浮かんでいる。
「か、軽くってどのくらいだ…?ど、どのくらいですか?教えてください。」
結晶は反応しない。そのくらい自分でなんとかしろということなのだろう。タローは泣きそうである。下手に強くやったら花が落ちるし弱すぎては意味がない。かといってやらなかったら奇形ができるかもしれない。そんなことを思うとどうしようもできなくなる。
「お、男はど、度胸だ…」
声を震わせながら震える手で花の付いている房を叩く。花は落ちずうまく受粉ができたように思えた。タローはその調子で全ての花の受粉を行った。
「だいぶ差が出てきたな。」
タローの目の前には【永田農法】で育てたトマトが並んでいる。11通りの液肥の分量で育てているトマトは今にも枯れそうなものから花をつけ良い成長具合のものまで様々だ。今からでも全てのトマトに十分なだけの液肥を与えたいがどの状態がタナカ・イチローの望んでいる結果になるかわからないためこのまま育てるしかない。
「受粉もしたしこれ以上何をしていいかわからないしこのまま放っておくか。」
本来は状態を見ながら肥料の量を変えるべきなのだがタローにはそこまでの知識はない。なのでこのまま放っておくのが一番なのである。
タローはこの時忘れていたのだが今までまともに育たなかった畑でここまでよく育った作物は初めてである。トマトの生命力の凄まじさを垣間見ているのだがタナカ・イチローの今までの農法の凄さでそこに気がついていない。
タローは家の横の日陰に腰を下ろす。
「順調に育っているな。それにしてもこんな方法は初めてだな。」
タローが見ているのは育苗トレーに植えられたトマトの脇芽である。何本か枯れているがそれでも80本近くが育っている。
以前育てていた脇芽はすでにポットに移し替えられ順調に育っている。この調子ならもうじき畑に移せそうである。
以前育てていたものが12本新たに80本を育てている。このままいけば種で植えたものよりも脇芽からのものの方が多くなりそうだ。
「これを永遠と繰り返せばここは巨大トマト農園になりそうだな…考えただけで笑いが止まらなくなりそうだ。」
そんなにうまくいくものでもないのだがタローは今から金勘定を始めている。満足いく結果になったのか悪そうな笑みを浮かべている。
数日後、花が落ちその下から小さな実が出てきた。その実は日を増すごとに大きくなっていく。タローはその実見るたびに嬉しそうに笑っている。
今までより一層注意深く観察を続け万が一に備える。だが問題もなく順調に育っていきついに実が色づきだし収穫を迎えた。
とある森の中。ゴブリン達は以前小川で逃した人間を追いかけて森の中をさまよっていた。小川で待ち伏せした方が早いのだがそこまで頭の回らないのか何日も森をさまよっている。
その時どこからか何かの歩く音が聞こえた。きっとあの人間だ。そう思ったゴブリン達は音の方へ走っていく。ゴブリン達は走りそして音の発信源にたどり着く。たどり着いてしまった。
ゴブリン達が空腹でなければ気がついたかもしれない。もう少し慎重だったら気がついたかもしれない。しかし既に遅かった。
ゴブリン達は音の発信源を見た時にはこの世から跡形もなく消え去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます