第11話 植え付け 〜Solanum lycopersic〜
『さて、ここまでが苗の下準備じゃ。こうしてやった苗はそのままにしておくと痛むのでなるべく早く畑に植えてやる。根を一塊にして植えずにほぐして育ちやすいように植えてやるのじゃ。植えるための高畝を作り、支柱もちゃんと立ててやるのじゃぞ。』
目の前で実演されるタナカ・イチローの農業方法。はっきり言ってこんな方法知らない男がやっていたら笑いというより農業をバカにしていると怒りに満ち溢れていたと思う。
『次に植え付けからの育成方法じゃが肥料は液体肥料を使う。この農法では作物に必要なギリギリの肥料だけを与える必要がある。本来有機肥料を使うのじゃが有機肥料は長期にわたって効果をもたらすため栄養のバランスを計算できない。じゃが液体肥料ならば即効性が強く長期にわたって影響をもたらさないからのぉ。』
「育つのに必要なギリギリの栄養を与えるか。液肥を大量に用意しておいてよかった…」
液肥だけならばこの農地に来る際に無駄に持ってきているので丸々一年使っても問題ないほどある。
『液肥を混ぜた水やりは1週間に一度で良い。水やりもその時以外には必要ないのぉ。おっとそうじゃ、この農法では尻腐れが起きやすいんじゃった。畑にはカルシウム系の肥料を多くやっておく必要がある。カルシウムは水に溶けることで摂取されるからこの農法ではカルシウム欠乏が起きやすいのじゃ。』
「カルシウム?って確か液肥に入っていたよな…神々の世界の液肥には入っていないのか?」
地球にもカルシウムの液肥は存在するが他の肥料と比べ多量に必要というわけでもない上値段も張るので粉末状のカルシウム系肥料が使われる。
『さて一度にやる肥料の量じゃが…そこは自分でなんとかせい。』
「ええええええ!!!!」
ここで見放すというのはなんということだ。一番大事な部分を教えてくれないというのはあまりにもひどい。タローはもう涙目である。
『正直なことを言えばそちらの世界で育てておると作物が変質してのぉ。ワシの知っている配分ではうまく育たんのじゃ。じゃからそこは頑張ってくれ。』
この世界の魔力によって大きく変化した作物はタナカ・イチローの予想とは大きく違う変化を起こした。それによって従来の肥料配分では育たないため自分の目で判断が必要なのだ。
『脇芽は今まで通り摘み取るんじゃぞ。ああ、もしも脇芽が大きくなった場合は一番上の葉だけを残し日陰に植えてやるとそこから新しい芽が育つぞ。あまりそれ目的で脇芽を育てるのはよくはないがまあ少しなら問題ないじゃろ。さて、後の細かいことは問題が起きた際に問題の箇所にこの石を持っていけば儂の知っている限りは答えよう。では健闘を祈る。』
画面が切り替わる。その画面には以前と同じようにミッションが出ている。
「『ミッション・トマトを一定以上の品質で収穫せよ』か。ここまで来たのか…今までは簡単だったけどここからは難易度がまるで違うぞ。」
今までは指示通りにやっていればよかったがここからは自分で考える必要がある。タローは気合いを入れて作業を開始する。
「まずは植えつける畑をどうにかしないとな。」
タローはここ最近新しい畑を作るかトマトの世話をしていたため前に耕したガッチガチの畑はここ最近手付かずだった。とはいえ雨も降っていないし踏み固めてもいないため畝を作ってやるだけで十分な柔らかさにすることができた。
少し間を持たせた畝は1a(10m×10m)の畑に左右を少し幅を開けても10本できた。そこでタローは気がつく。
「そういえば植える間隔ってどの程度開ければいいのか聞いてない…」
リカルドの農場にいた頃と同じように畝を作ったのはいいが植える間隔など他にも聞きたいことがどんどん出てくる。今までは大体の説明でも既存の知識で補えたがここから先は未知の領域が多い。
タローは不安になったが『問題が起きた際に問題の箇所にこの石を持っていけば儂の知っている限りは答えよう。』というタナカ・イチローの言葉を思い出し結晶を取りに行く。
「植える間隔はどうすればいいのでしょうか。教えて下さい。」
タローは結晶に向かってお願いをする。すると再びタナカ・イチローの映像が投影される。
『ふぉっふぉっふぉっ。これを見ているということは早速試したということじゃな。細かい指示などもこういう風に使うと良い。まさかとは思うが植えた後ではなかろうな?』
わざと細かい指示は一度に出さずにその都度指示を受けることによって教えることで忘れても平気という安心感を与える。そういった意味もあったのだとタローは素直に感心する。
『植え付けじゃが畝は高畝…とは言ってもそこまで高くする必要はない。基本的に水はやらないようにするからのぉ。畝の幅は収穫のことを考えてある程度空けてやった方が良いのぉ。まあ…畝が40cm、間の道が60cmといったところかのぉ。収穫のことを考えてもう少し開けたかったら開けて良いぞ。苗は40~50cmほどの幅で構わん。』
「合わせれば1mか…今作った畝がちょうどだな。苗幅を50cmにしたらこの畑だけで200本のトマトの苗が植えられるな。」
今あるトマトの苗は117本、この畑なら十分に植えられる。タローは早速植え付けを始める。
「ほ、本当にいいんだよな…いやいいんだ。こ、これで、でもやっぱり……」
タローの最初の難関。それは苗の根鉢を崩し綺麗に洗う。簡単なことなのだが今までの固定観念のせいで背徳感というか罪悪感というかなんとも言えない気持ちに襲われている。
10分後やっとの思いで一つ目の根鉢を洗い終えた。しかし次の作業が最難関である
「う、うおおおおおお!!!俺はやってやるぞぉぉぉぉ!!あああああ!」
ジョキ。
先ほどの作業で慣れたのか今回はすぐにやることができた。トマトの根を半分ほど切り、切られた根を見たときタローは軽く老けこんでいた。
タローは震える手で根を切られたトマトの苗を植えていく。
タローはやっとの思いで1本植えたが残り113本ある。残りの苗を見たタローは半ばヤケクソ気味に残りの作業をこなしていった。
110本のトマトを植え終えた頃。残り4本のトマトの苗の隣には死にかけの老人…もといタローが横たわっていた。
残りの4本を植える前に倒れたタロー。やらなくてはいけないのだがここまでの作業で、もうタローの精神は限界である。もう無理か、そう思った時にとあることを思い出し飛び起きる。
「栄養豊富な土でも普通のトマトならできると言っていたよな!じゃあ普通のトマトも作っちゃうか!」
確かにタナカ・イチローはそう言っていた。タローはそのことを思い出し、土を入れ替えた畑にトマトの苗を植えていた。タローのその表情はとても和やかな嬉しそうな表情だった。
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