第10話 育苗 〜アンデス山脈の高原地帯出身〜

指令を受けてから1週間後の朝。タローは土の様子を見ながら水やりが必要か確認する。


「この土の状態なら…まだ大丈夫だな。」


最初の2、3日は水を本当にやらなくてもいいのか不安でしょうがなかったが順調に成長を続けているトマトの苗を確認できるとホッと一安心し空いた時間を自分の食料探しに当てた。


その甲斐もあってタローのあのミソボらしかった体つきも大分良くなり今では貯蔵用の食料まで採取している。余裕が出てきたため次の問題を解決する作業に今日から当たるつもりだ。


「この畑じゃあ無理だろうなぁ…」


問題。それはこの畑である。せっかくタナカ・イチローからトマトの種を授かっても育てることのできる畑がなくては意味がない。タローが買った土地のどこを取っても栽培に適したような土はない。


そうなると方法は一つ。森から土を運ぶしかない。森に勝手に畑を作らないのは、もしもの時ギルドにバレてに撤去されても文句が言えないからだ。まあ今まで一度もギルドの人間が来たことはないのでそこまで心配することではないのだが。


タローは森に一番近い土地をスコップを使って掘り起こしていく。だが相変わらず硬い土で一向に作業が進まない。

トマトの様子を見ながら穴を掘り、自分の食料を探す。タローにとって久しぶりのハードワークであるが食事をきちんと取れるようになったため体の調子がだいぶ戻ってきていた。そのため何とかこなせている。




タローが穴掘りを始めてから数日後トマトの苗に気になる点を見つけた。


「葉の生えている付け根になんかちっちゃな葉みたいなのがあるな?…これが脇芽なのか?」


タローが見ているのはトマトの苗の中でも一番よく成長していたものであった。確かに小さい葉が生えていた。しかしそれが本当に脇芽か分からなかったためその時はほおっておいた。


そこから1週間後。小さい葉だと思っていたものはタナカ・イチローの映像に投影されていた脇芽の大きさほどまで成長していた。大きさは3〜4cmほどだがトマトの生えたての頃のようなトマトの芽のようであった。


「これが脇芽でよかったんだな。不安だったからそのまま放置していたけど、今日からはこんなに大きくなる前に摘み取らないとな。」


タローは脇芽を丁寧に取り除いていく。大きいものから小さいものまで35本ほど摘み取れた。


摘み取ったトマトの脇芽を見ていると何か妙にもったいなくなってきた。そこでまるで子供のおままごとのようにトマトの育苗に使用した育苗トレーに残っていた土に突き刺していく。


全て刺すと最初の頃のトマトの苗が懐かしくなってくる。今ではここまで成長したトマトの苗を思うと感慨深くなる。なんとなくついでに水まで上げてみることにする。水をあげ終えた頃不意に何やっているんだろうと一連の自分の行動の無意味さに呆れてきた。


その後はいつも通りトマトの苗に水をやり畑に穴を掘っていく。だが翌日もタローは汲んできた水が少し余ったからとトマトの脇芽を植えた育苗トレーに水をかけていた。




数日後何の問題もなくトマトの苗がいくつか規定の大きさに届いたように思えてきた。ここまでトマトの種を蒔いてから2月かからないくらいである。タローは家の中から結晶を持ってきた。


家から出たときである。ふと何かが目の端に入った。タローはその何かを振り返って確認する。そこにはトマトの脇芽を刺した育苗トレーがあった。そこにはトマトの脇芽があった。


何もおかしいことはない。一瞬そう思ったがすぐにおかしいことに気がつく。なぜならそこに脇芽があったからだ。そこにあった脇芽は摘み取った時と同じように青々しい姿であった。


全部がその状態ということではなく半数以上は枯れている。数えてみると12本は元のように青々しい姿で多少成長しているようにも思えた。


「え?え?これってどういうこと?…」


タローは訳がわからない。しかし苗が増えたということに歓喜していた。このことがどういうことなのかもわからないが自分で考えてもしょうがないと思い結晶を使い規定の大きさに成長したトマトの苗を結晶に認識させる。すると結晶から再び映像が投影される。


『ミッション・トマトの苗を規定の大きさまで特定の条件のもと育てあげろ。(条件・一本仕立て)……成功!』


「よし!」


タローがガッツポーズを取っていると映像が切り替わる。


『ここまでは順調に来れたようじゃな。順調で何より何より。ではここからの指令に入るぞい。この先は栄養豊富な畑に植え替えて水をやり脇芽をとりながら育てる……』


タローはものすごく気落ちする。それもそのはずである。タローが今日まで土を入れ替えたのは幅1mの長さ10mほどでしかないからだ。この大きさではいまある苗の半分ほどしか育てられないからだ。


投影されているタナカ・イチローは何かためを作った後にニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。


『…と言いたいところじゃがそれでは普通のトマトしかできん。今回教える方法は特殊な育成方法じゃ。用意するべき畑は石ころの混ざっておるような栄養もない乾いた畑じゃ。』


「は?え…ええ!?!?」


タローは喜びと驚き、疑いを込めたような何とも言えない顔つきになる。自分が今までトマトを育てるためにいい土に変えようと必死に努力して入れ替えた森の土よりも元々あったこんなふざけた土の畑の方がいいと言ったからだ。


『この方法はな…少々特殊でのぉ。わしも初めて聞いた時は理解できんかったが試してみたらそりゃあうまいトマトができたんじゃ。この農法はいろんな呼び名があるがここは【永田農法】と呼ぼう。この農法を確立した永田さんに敬意を込めてのぉ。』


「な、【永田農法】だって!?タナカ・イチローが敬意を込めるなんてナガタ…大賢者ナガタとは一体どんな人物なんだ。」


タローは全身に鳥肌が立っている。農業神が敬意を込める人物…いったいどれほどの偉人なのか想像もつかない。大賢者などどいったが本当にそれでいいのかも怪しい。もしかしたらタナカ・イチローと同じような神々の一人なのかもしれない。タローはまだ誰も知らない神の名を聞くことができたと歓喜に震えている。


『さて…では【永田農法】について簡単に説明しようかのぉ。この農法では植物の生命力を利用して作物を育てる。植物本来の力を引き出して育てるこの農法はこの特徴から【ルーツ農法】とも呼ばれる。』


「植物本来の…力…」


植物本来の力を引き出して育てる農法など聞いたこともない。作物を育てるのに必要なのは豊富な栄養に適切な気温、水分。これ以外にありえないと今まで教わってきた。今までの農業の根本を覆すような大事件である。


『説明ばかり長くなっても仕方ないから本題に入るとするかのぉ。まずは植えるトマトの苗じゃが土を綺麗に水で洗い流すのじゃ。』


「………は?」


もう驚きすぎて思考が停止している。なぜなら土を洗い流すなどあってはならないことだ。昔、学生時代の頃に植え替えをする際に根鉢をボロボロに崩してしまい土がほとんど崩れてしまったことがある。


その際の担当の教師にどれだけ怒られたことか。一人実習から外れ説教を永遠とされ続けたことを思い出す。


そんなタローの回想を無視して投影されているタナカ・イチローはトマトの苗を綺麗に洗っていく。タローはその映像を見ながらなんとも言えない声を出している。

1分ほどで土は綺麗に洗い流された。残っているのはトマトの苗についている真っ白な根である。


『ここまでやったら次に……あれ…どこにやったかのぉ。お、そこにあったか、すまんのぉ。では次にこの根をこの辺りで…切る!』


タナカ・イチローは根を3分の1ほど切り取る。その映像を見てタローは危うく失神しかける。今回の映像ではもう何が何だか訳がわからない。根っこを切るなんて言語道断。さすがのタローもそんなことはしたことがないし根を切る人間など見たことも聞いたこともない。


だがタナカ・イチローは切り足りないかと言わんばかりにさらに少しだけトマトの根を切り取る。これで元の半分の長さの根を切り取った。タローはそれを見て現実なのだとはっきり理解する。もうタローからは言葉も何も出てこない。

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