第9話 育種 〜ナス科ナス属〜

タローが家に戻ってきたのは正午ごろであった。途中かなり道に迷って時間をロスしたのだが途中で食料を見つけていた。


だが今は食事よりもタナカに言われたことをやろうと思っていた。帰る途中で小川に戻りバケツに水を汲んで運んでおいた。ゴブリンに壊されなくてラッキーである。


家の中にある小さめの器に水を張りそこへトマトの種をつける。それを放置したら次に土である。赤土は畑にあるものを細かく砕きそれを持ってきていたビニールシートの上にばらまく。


次に腐葉土であるがこれも問題はない。森から土を貰えばいいだけである。腐葉土も同様にビニールシートの上にばらまくが木の枝や大きい葉が目に入ってくる。


「ポットにも使うなら土は細いほうがいいよな…」


本来は土ふるいで大きいものは取り除くのだが持っていなかったため手作業で仕分けをする。途中でばらまいた土を動かしながら満遍なく天日干しにしていく。

丸一日そんなことをしていると次第に暗くなってきた。


「夜のうちに何かあると嫌だな…」


何もないとは思うのだが土をひとまとめにして家の中に入れるほどの徹底振りである。今日森の中で採ってきたものを食べているがトマトの方が気になってしまって食事が進まない。


早めに食事をすませると天日干しした土を育苗トレーに敷いていく。その後植え替えるポットにまで土を詰め込み本当にやることがなくなったので眠りについた。


翌日今日も朝日とともに目をさますと早速行動を開始する。日当たりの良い家の目の前に昨日のうちに土を入れたトレーを並べそこに水に漬けておいたトマトの種をまいていく。


一粒たりとも無駄にはできないと一粒ずつ丁寧に蒔いている。種まきをしたら次は覆土である。細かくした土を満遍なく撒くのだがタローは真剣になりすぎて一粒ずつ土がかかっているかチェックを行っている。


覆土した土を鎮圧する作業では手の甲でまるで赤ちゃんのほっぺたを触るように土を押さえつけているのだが、途中でこれでは意味がないと思い出しもう少ししっかりと押さえつけた。


最後に水撒きをするのだがここで水の強さが強すぎると種が土から出てきてしまうと思いジョウロではなく指先に水をつけそれを土に弾いてかけていった。


本来ここまで慎重にやる必要はないのだが、タローは神の作物はこのぐらい慎重にやらなくてはいけないのではと思い懇切丁寧に作業を行っている。


この簡単な作業だけで数時間もかけたタローは鳥に襲われるかもしれないと育苗トレーを覆うように棒と透明のビニールでトンネルを作ってやった。ただし全て覆ってしまうと温度が高くなりすぎると思い下だけは開けて風を通してやった。


これまでの作業を全てこなして時刻は正午にもならないくらいである。作業を終えたタローはふと思う。


「…あれ?こんだけ?」


神の作物だからもっと大変だと思っていたのだが予想以上に簡単で拍子抜けである。今まで育ててきたさき持つとなんら変わりない。手が空いてしまったのでどうしようかと思ったタローの目の前に今まで育てていた作物たちの枯れ果てた姿が目に入った。


昨日一回も水やりをしなかった作物たちは完全に枯れてしまった。時間もあるのでそれらを全て回収したのち森へ食料を調達に行った。




種まきから4日後ほぼ全ての種が発芽した。はじめのうちは雑草かと思ったが他にも生えてくるとこれがトマトなのだと確信した。


ここで慌ててはいけないと思い水やりを始める。初日のように指先でやる…ということはせずに育苗トレーより大きく底の深い器を用意しそこに水を張って育苗トレーを浸けて水やりをする。


リカルドのところでも行っていた底面潅水という水やりの仕方である。これならば種が浮かび上がることもないと思い出し実行している。

ただ二日目まではこの方法を完全に忘れていたため指先で水を弾いていた。


水やりも今のうちは楽で生活に必要な水を含めて1日2回水を汲みに行けば十分なのだ。その分食料調達に行く時間が増えて多少だが体に力が戻っている。




芽が出てから数日後育苗トレーでは狭く感じてきたので一本づつポットに移し替えてやる。根を傷つけないようにかなり慎重にやったせいでかなり時間はかかったが一本たりとも無駄にすることなく移し終えた。


今回ポットに移し替えたトマトの苗は全部で117本。種を何粒蒔いたか数えていないがかなりの割合で発芽したとタローは歓喜していた。


植え替えてからさらに数日。大きさが規定に達したのではないかと思い結晶をトマトの苗のある場所まで運ぶ。すると結晶が輝き出した。数秒ほどの輝きののちに結晶から画像が投影された。


『ミッション・トマトの苗を規定の大きさまで育てろ……成功!』


成功。その言葉を見た瞬間タローは歓喜のあまり雄叫びをあげた。タナカ・イチローに認められた気がしたからだ。かの農業神に認められるなどこの世界ではタローただ一人そう思うと喜びを通り越した何かが溢れてくる。


『おっほん。ここまではクリアしたようじゃな。次の指示に入るぞい。今お主の目の前には規定の大きさまで育ったトマトの苗がある。この苗をポットに植えられた状態で30cmほどの大きさまで育てるのが次の指令じゃ。』


タローはふとトマトの苗を見る。ここまで成長させたのだ。失敗させるわけにはいかない。そう思い気を引き締めるために自分の頬を叩き気合いを入れる。


『まあ難しいことはないから安心せい。まず水やりじゃが芽が出てそこまで成長したのならばこの先は水をやりすぎないようにするのじゃ。あまりやりすぎるとひょろひょろした弱い苗になってしまうからのぉ。朝と夕方にやれば十分じゃが…できれば土の様子を見て乾きが目立つようなら水をやれると良いな。』


「土の乾きを見ながらか…大丈夫だ。俺にだってそのぐらいの経験はある。」


『次に成長してきたらじゃが支柱を作り支えてやることが必要じゃ。そのままでは倒れてしまうからな。支柱とトマトの苗を紐でくくれば良いのじゃが決してきつく結んではいかんぞ。』


「支柱で支えてやるか。つる系じゃないのにそんなことをするのか…」


この世界において支柱で作物を支えるという概念は珍しい。つるが伸びるものは支柱を立ててやるが、トマトに似たパイアの場合支柱などなくても木のようにまっすぐ育つからだ。

風の強い地方などでは支柱をよく使うと聞いたことがあるがリカルドのところではほとんど使用しなかった。


『最後にこれも重要なのじゃがトマトには脇芽が生える。ここに……すまんがそれを渡してくれ。…それじゃなくてそれじゃ。そうそう、すまんの。それじゃあ続きを始めようかのぉ。このトマトの幹じゃな。ここから葉がこのように出ておるのじゃがこの葉の付け根の部分。ここから生えておるこれが脇芽じゃ。今回はこれを全て摘み取ってもらう。』


脇芽というのは聞いたことがなかったがトマトの苗も投影されていたのでわかりやすかった。それと今回の映像で確信したのだがこの映像は撮影者が一緒にいる。

タナカ・イチローは謎の多い人物でずっと一人で作物を育てていたと言われていたが誰か相棒がいたようだ。


『ちなみに余談じゃがこの脇芽の初めの一本を残して育てる方法を二本仕立てと呼ぶ。三本からは…まあ大体多本仕立てとひとくくりにすることが多いかのぉ。とまあ今回必要なことはここまでかのぉ。それではトマトの苗を30cmまで育てた時にまた会おうかのぉ。』


映像の投影が切り替わる。映像には『ミッション・トマトの苗を規定の大きさまで特定の条件のもと育てあげろ。(条件・一本仕立て)』と書かれている。


「大丈夫だ。ここまでやってこられたじゃないか!これから先もうまくいけるはずだ!」


タローは土の乾き具合を見て問題ないと感じると自分のための食料を集めに行く。これから忙しくなると考えたら少しでも自分に肉をつけようと思ったのだ。



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