第5話 農地へpart2
翌朝。ジェイクがタローを起こしに来てくれた。起こしに来たジェイクも「まだ…寝られるのですか…」と揶揄にも似た驚きの声をあげた。
それに対して恥ずかしそうに昨日の夜は農地が楽しみで寝られなかったことを告げるとジェイクは「ああ…」と納得していた。おそらくタローのように楽しみで寝られないという者がいるのだろう。
急いで着替えを済ませたタローはジェイクとともに朝食をとることにした。
「昨晩は…疲れていたので…伝えませんでしたが…今日の予定を伝えます…」
タローは食事を止め話を真面目に聞こうとする。昨日さんざん寝ていて酷い印象しか残っていないので名誉挽回を試みているのだ。
「今日は…朝早くに出る予定でした…ですが昨日のモンスターとの戦いで…皆疲弊していたので…少し遅らせました……なので今日は夜も…少し移動をするので…目的地から…少し離れた地点まで…移動する予定です…何事もなければですが…」
ジェイクはそこまで話したところで食事を再開した。
「わかりました!ちなみに俺にできることはありますか?」
ここで名誉挽回できると思い意気揚々とジェイクに尋ねる。タローの顔はやる気に満ち溢れている。それを見たジェイクは口の中身を飲み込んだ。
「…特にないですね。」
「………」
タローの開いた口がふさがらない。しかしジェイクはお構いなしに食事を続ける。タローは諦めて食事を再開した。
「それでは…出発しましょう…忘れているものは…ないですね?…」
「だ、大丈夫です…」
急いで自分の荷物を運んだ後何か手伝うことを探しに行ったタローだったが、気がつけば他の者は全員荷物を運び終えていて最後に来たのがタローであった。
「では…出発しましょう……」
はっきり言ってここまで何もできていないタローは意気消沈している。本来タローは依頼主であるので何もする必要はないのだが勝手に何かしなくてはいけないという気に溢れているのだ。
タローの近くにはジェイクも座っている。ジェイクはあまりしゃべらないので馬車の中はまるで無人のようだ。そんなジェイクに何度も話しかけているタローだが軽くあしらわれてしまう。
タローはそのうち諦めて窓の外の景色を見始めた。人の気配がほとんどない開けた草原と木々だけである。農地が増えてからこういった場所は減ったのだが今でも残っているんだな、という感想くらいしか出てこない。
しばらくするとモームの群れが見えてきた。何もない草原かと思ったら牧草地ということだったのである。
モームは体高2mほどになる4足歩行の魔獣である。モームの乳は健康にもいいとカールのところで働いていた時もよく飲んでいた。肉もよく食べたものである。ただ肉は何処か乳臭くタローはあまり好きになれなかった。
そんなことを考えながらほのぼのしていると軽い眠気がきた。陽気な天気で気温も程よい上に馬車のこの振動で眠気がグッとくる。しかし今日はもう寝ないと誓ったタローは眠い目をこすって軽く頬を叩き自分に喝を入れる。
このままただの寝坊助野郎と思われないためにもここは頑張るしかないのだ。
「……お昼です…」
完全に寝ていた。お昼ご飯まで用意してもらう有様である。タローはあまりの恥ずかしさに顔が赤くなっているがジェイクは何も言わない。それが逆に恥ずかしさを増すことになる。
昼食の間会話は一切なかった。昼食はどこか停車して食べるわけでもなく進みながら食べる。宿で簡単なものを作っておいたものを食べているのだがタローはこの沈黙と恥ずかしさで何も味がわからなかった。
食事後今度こそ寝ないようにしているタローだったが食事による満腹感によってさらに眠気が増している。寝ないように何とか起きようと頑張るタローは頬を叩きすぎて顔が真っ赤になっている。
「…寝てしまって…構いませんよ…」
見かねたジェイクが声をかける。しかしタローは首を横に振ってそれを拒む。しかし声も出さないくらいに眠くなっている。
「そう…ですか…では私は寝ますので…」
そう言うとジェイクは本当に目をつぶり眠り始めた。それを見たタローはつられて眠ってしまった。
タローが起きた時外はまだ明るかった。今度はそんなに長時間眠らずに済んだのだと一安心したタローはジェイクと目があう。どうやらジェイクの方が先に起きたようだ。その上何か寝る前と何かが違うような気がするがタローは何かわからない。おそらく寝起きで頭が働いていないのだろう。
「お、おはようございます。」
「…おはようございます……」
ジェイクの表情は驚いたようなどこか安心したような表情である。タローは今なら全く眠くないのでジェイクとコミュニケーションを取ろうと会話の内容を考える。
「いやぁ今度はよく眠れたみたいです。もう眠気もなくてスッキリしていますよ。」
「それは…まあ…よかったです…」
どことなく歯切れの悪い答え方である。そのことに疑問を感じながらなんとか会話を続けていく。
「いやあこれなら明日農地に着いてからしっかり働けそうですよ!」
「…「ガタン!」…じゃ…ないです…」
ちょうど馬車の音で最初の言葉が聞こえなかった。タローは「え?」と聞き直す。ジェイクは顔色一つ変えずに再び答える。
「…明日じゃ…ないです…今日…です…」
「え……あ…え?」
タローは混乱する。それもそのはずだ、寝て起きたら丸一日経っているのだ。何度かジェイクに聞き返すが答えは変わらない。タローは頭を抱えて現状を整理する。
「…昨日の夕食の際にも…起こしたのですが…起きませんし…朝食も同様で…」
ジェイクは淡々と応える。タローはそれを聞いてものすごく恥ずかしくなる。いいところを見せようと頑張ろうとしていたはずが結果は移動のほぼ全てを寝て過ごすという失態である。
働いていたときはこんなことはなかったのになぜ今起きるのかと本気で自己嫌悪に陥る。そんなタローを見たジェイクは話を続ける。
「…忘れていたのですが…眠草の睡眠薬は…成分が体内に残留しやすく…数日は睡眠が…安定しなくなります…きっとそのせいでしょう…」
「そ、そうなんですか。」
眠草の睡眠薬のせいだと知って少し安心する。それと同時にそんなものを渡したサチにイラっとしたがサチのことを思い出しかわいいから許そうとすぐに思い直す。男は単純なのだ。
「睡眠薬のせいだとしてもずっと寝たままですいませんでした。」
「…いえ…構いませんよ…楽しかったので…」
タローは一瞬固まる。何せ自分が寝ていた方が楽しいと言われたのだ。かなりショックである。俯いたままのタローを見かねたのかジェイクはため息をつく。
「…黙っていたかったのですが…タローさん…あなた寝ている間…ずっと寝言を言っていましたよ…」
「…え?」
寝言を言っていると言われたのは初めてである。驚きのあまり俯いていた顔をバッとあげる。表情をあまり変えないジェイクが肩を震わせて笑いをこらえている。
「…あまりのことで不覚にも…笑ってしまいました…特に…ククク…トイレの件は最高でした…ぶふっ…」
ジェイクが「トイレの件」と言った瞬間外からもドッと笑い声が聞こえ始めた。一体何を言ったのか訳がわからないが恥ずかしくなる。あの鉄仮面とも思えるジェイクが笑いをこらえきれなくなる話というのが気になる。
その上今まで一度も目も合わせてくれなかった運転手や従者が大笑いしているのが気になる。そこで気がついた。今まで避けるようにされていたのは見ると笑い者にしてしまうからという配慮だったのではないのか。
しかしそんなことよりも何を言ったのかということが知りたい。いや知りたいが知りたくないといった気持ちである。
「…まあ一言だけ…言わせてもらえば…サチさんは…人気ありますので…頑張ってください……ああ…もうつきますね」
「ちょ!ちょっと待って俺何言ったんですか!ジェイクさん!?」
農場につくことを今まで気にしていたタローだったが今となっては今まで何を言ったのかが気になる。そんなことをジェイクと問い詰めているうちに目的地に着いた。
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