第2話 一人立ち

「た、貯まったぞぉぉ!」


農業学校を卒業してから2年と少し。当初考えていただけの金額を貯めるまでに至った。ここまで何と長かったことか。


農場主のリカルドさんは父と同じく寡黙な人だったがだいぶ良くしてくれた。おかげでここで色々なノウハウを学ぶことができた。


「お!タローもう貯まったのかよ。まあお前頑張っていたもんな。」


今月の給料をもらいベットで興奮していたタローに声をかけてきたのは2年先輩のウッド。部屋代を安くするために2人一部屋の相部屋となっている。ウッドはタローと同室の住人である。


「はい!いやぁ…ここまで頑張った甲斐がありましたよ。」


最初の1年は農地での実習が主だったが2年目はほとんどが販売取引の方に回されていた。最近は土を触っていなかったのでずっと鬱憤がたまっていたのである。


「よく頑張ったな。……金が貯まったってことはやっぱ独り立ちするのか?」


タローに質問をするウッドの表情はどこか暗い。そんなウッドを見てもタローは「はい」と自信を持って答える。

ウッドはそんなタローを見てさらに表情を暗くさせる。何かを言おうとしているがなかなか言葉を出せない。それでもやっとの思いでウッドは話を切り出す。


「…あ、あのな。正直なことを言わせてもらう。独り立ちはやめておけ。お前じゃあ無理だ。」


ウッドはものすごく気まずそうな表情をしている。タローはそれを聞いても怒りも悲しみもしない。ウッドがなぜこんなことを言うのかはよくわかっている。しかし自分の夢に信念を持っているのだ。今更諦める気はさらさらない。

そんなタローを見てかウッドはさらに続ける。


「農地を持ちたい。それは誰もが思い描く夢だ。俺も何人もの先輩たちがその夢に向かってここを出て行った。そしてそのほとんどがここに再び戻ってくるか最悪死んでいる。」


農家を目指すものの実情をウッドはよく知っている。もちろんタローもそのことは知っている。

農家を目指して実際に農家になったものの多くは様々な土地に行く。その新しい土地で一旗上げるわけだがその土地に問題があるのだ。


良い土地というのはほとんどが今いる農家の所有地になっている。それでも残っている農地というのはほとんどが2種類に分けられる。それは畑に適さない土地かモンスター被害が大きすぎてまともに農業ができない土地である。


前者ならただ諦めて戻ってくるだけ、後者なら戻っても来られずにその土地で最期を迎える。


稀に農地を手放した農家から良い土地を買い取るチャンスが回ってくるがそんなことは滅多にない。


「俺はさ…お前がすげえいいヤツだとわかっているよ。そんでお前がどれだけ土地持ち農家に憧れているかも知っているよ。だけどお前に死んでほしくないんだよ!もし運良くいい土地が回ってきてもゴブリンとかは来るんだぞ?お前…ゴブリンにも勝てないじゃんかよ…」


今働いているリカルドの農地は比較的安全な農地である。しかしそれでも月に一度くらいはゴブリンが現れるのだ。その度に農民一丸となって退治するのだが、その際にタローはゴブリンに殺されかけている。とっさに助けに入ったウッドのおかげで怪我もなく済んだがそれからはゴブリンが来ても後方支援することになっている。


「…もう……勝てますよ。」


「嘘が下手すぎるぞ。それにお前のスキルって完全に農業向きじゃなくて商売向きじゃんか。確か…他言語翻訳だったか?」


スキル。それは生まれた時に授かる才能というべきだろう。誰もが必ず一つは持っており将来の職業に多大な影響を与える。ちなみに成長によって得られることが極々稀にある。


「お前のスキルじゃあどんなに頑張っても取引はうまくできるけど作物の育成、魔物との戦闘には役に立たないぞ。」


農家として成功しているものの全員が農業に関係する何らかのスキルを持っている。実はこのスキルの影響が農業学校で万年最下位をとり続けた大きな要因とも言える。タローの頑張りのおかげで何とか退学にもならずに残っていただけであるのだ。


タローが1年前から販売取引を主にやらされている理由の一つとも言えるだろう。ゴブリンとの戦いで死なせるわけにはいかないというリカルドの優しさも理由の一つではある。


「…確かに俺には才能も何もないかもしれません。だけど農家になるのは俺の夢なんです。もしここで何もせずに諦めたら俺一生後悔します。俺は一生後悔し続けるくらいなら夢のために死んだほうがいいです。」


タローの真剣な眼差しを見てしまったウッドはこれ以上は何も意味がないと悟り説得を諦める。ただ一言「死ぬなよ」とだけ言ってから寝た。


そんなウッドにタローは「死にませんよ」とだけ言い明日に備えて寝ることにした。






翌日。タローは給料をもらう際に辞めることを伝えていたリカルドに最後の挨拶に行った。

リカルドは相変わらず寡黙だったがたった一言「いつでも戻ってこい」とだけ言った。


リカルドも今までこの農場から独り立ちしていったものたちを知っているから止めるかと思っていたタローにとっては驚きだった。

荷物をまとめ一度も振り返らずにリカルドの農地を去ろうとする。


そんなタローにドロップキックをかましてきたやつがいた。あまりにも急のことだったので受身も取れずに顔から地面に倒れこむ。


「俺に何も言わずに去るなんて寂しいじゃんかよタロー!」


ドロップキックをしてきたのはイチだった。最近でも交流があったのだが去ることを伝えていなかった。


「痛えじゃんかよイチ。わざわざ伝えなかったのに誰かから聞いちまったか。」


「ウッドさんから聞いたわ!そんなことよりなんで俺に言わねえんだよ!」


イチの表情は怒り半分悲しさ半分といったところだ。そんなイチの表情を見たタローはため息をつき言いづらそうに喋り始めた。


「お前に会うと決心が揺るぎそうな気がしたんだよ。まあ実際に今揺らいでいるし。……ここの農場は居心地いいしいい人多いし良いことづくめなんだよ。俺が本当に農家になれるのかもこの農地で働くうちに無理なんじゃないかって思ってきた。けどやっぱりあきらめたくないから…」


昨日の夜ウッドに言われた「死ぬかもしれない」という事実。そんなことはタローが一番よくわかっていた。夢のために本当に死んでもいいのかと迷いもした。

しかしそれでも決心したのだ。その決心も一番の親友と話したら揺らぐかもしれない…そう思い話さずに出て行ったのである。


そんなタローの表情を見たイチは何かをぐっとこらえて言った。


「へっ!何弱気になってんだ!俺はな…これだけ言いたかったんだ!」


イチはにかっと笑い親指を立てた。


「待ってろよタロー!すぐに追いついてそのまま追い越してやるからな!」


そんなイチの顔を見たタローは決心がついた。ずっと共にいた親友。そんな親友がすぐに追いつくと言っているのだ。だったら追いつかれないくらい頑張らなくてはいけない。


「追付けるもんなら追いついてみな!俺はずっと先で待っているからなイチ!」


それ以上言葉はいらなかった。イチもタローも今のお互いの道に向かって歩き出した。



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