異世界最強は勇者?魔王?いいえ農家です。〜一流農家を目指す少年〜
@MOZ_nou
第1話 農家になりたい少年
「……以上をもちまして第87回パーライト王国付属農業学校卒業式を終わります。」
長々しい学校長のスピーチもこれで終了だ。パーライト王国最高の農業専門学校そこを今年度最優秀…とはいかず最下位の成績で卒業。卒業後はBランクファーマーであるリカルドの元で数年間農業を実際に行い、その後ファームギルドから農地を借りる予定である。
まだまだ本当の農家になれるまで時間はかかるがそれでも第1歩くらいは踏み出せただろう。夢はそんな簡単には叶えられるものではないのだ。それでも叶えられる可能性は出てきた。ゆっくり進んでいこう。
この少年の名前はローランド・セキサン・タロー15歳。城内のごく普通の家庭に暮らしていた。彼が農業をやろうと思った理由は彼のお爺さんのお爺さんまでが農家だった。そして今は没落してしまった農家としての地位を再び取り戻そうと思ったのが主な理由である。
まあ単に農家に憧れていたということもあるが、前者の理由の方がなんとなく格好が良いので聞かれた時はそちらを答えている。
「おーいタローやっと終わったな。他の奴らとはこれで当分お別れだけど、お前はまた春からよろしくな!」
タローが卒業したこと、これからの未来のことを想いふけっていると急に後ろから一人の少年が飛びかかってきた。
「きゅ、急に飛びかかってくるなよイチ。せっかく人がいい感じに想いふけっていたっていうのに…。お前との腐れ縁もまだ続くのかよ。」
「つれねーこと言うなよなタロー。それとお前が想いふけるとかかっこつけんなよな。」
彼の名はガイランド・ハル・イチ。タローと同じく今期この学校を卒業する。タローとイチは子供の頃から家も近所ということもあってとても仲が良い。
ちなみにイチの成績は最下位のタローに次ぐブービー賞である。担任の先生からはそんなところまで仲を良くする必要はないとよく呆れられていた。
「俺が想いふけたってといいだろ別に…それにこれで俺たちも立派な農家の一員になれるんだ。」
「そーだなー…なんだか長いようなあっという間のような感じだったな。」
二人はいつも一流の農家になると誓い合っていた。その夢の第一歩をお互いに踏み出したのである。
「…まあどっちも農地を持つのは厳しいかもしれないな。無理になったら俺が雇ってやるから安心しろよ。」
「このやろう…お前が路頭に迷っても助けないからなイチ。」
イチはタローより一つ順位が高いからと最近よくこの話を振ってくる。いい加減飽き飽きしたものだが順位がこんなにも低い二人が二人とも農地を持つのはかなり難しい。
実際この学校の卒業生でも半分以上が自分の農地を持つことを諦め他の農地持ちの農家のところに就職している。二人とも農地を持てない可能性の方が確率的には圧倒的に高いのである。
農地を持つというのはそれだけでステータスになる。一定面積以上の農地を所有すると爵位が与えられ爵位を与えられた農家を百姓貴族と呼び、人々は羨望の眼差しを向ける。
タローとイチもそんな百姓貴族になるのが夢なのである。
「おっと、こんなことでふざけている場合じゃなかった。今日は家でお祝いするけど明日は暇だろ?これから色々必要になるのだろうし買い物一緒に行こうぜ。」
「買い物か…。金の問題もあるけど確かに色々必要だな。明日の昼からならいいぞ。」
農業用の作業着などなら学校指定のものを当分は使うことを義務付けられているので問題ないが一人暮らしのために色々とものを買い揃えなければならない。
「よし!じゃあ決まりだな。明日昼飯食ったらお前の家まで迎えに行くわ。」
イチはそう言うと迎えに来ていた家族の元に去っていった。
「俺も帰るかな。」
タローの家族は卒業式を観に来なかった。両親ともに来たがっていたが仕事が忙しくてしょうがなかった。まあ見に来られるのも恥ずかしかったのでこないでくれた方が助かったと言えるだろう。
しかし他の家族の様子を見ると今更ながら来てくれたらよかったかもしれないなどと考えてしまう。
「おかえり〜!どうだった?」
帰ってきて早々母親が飛びついてきた。恥ずかしいのでやめてほしいと何度も頼んだはずなのだが未だにやめてくれない。
「んぐ…どうも何も普通の卒業式だよ。それといい加減離れてくれない……」
思いっきり抱きつくので息ができなくなる。そろそろ本当に息ができなくて気絶する…という寸前で解放される。
「農業学校だし他のところより普通ではないはずだけどなぁ〜…。まあいいわ!今夜はご馳走用意しておいたから着替えて来なさい。お父さんもじきに帰ってくるはずよ。」
「はいはい。その前にばあちゃんにも報告しとくよ。」
「そうね、」と返事をした母はまた台所に戻っていく。俺はそんな母を見送った後ばあちゃんの元に行く。
「ばあちゃん。俺今日卒業したよ。」
「はい?どちらさまですか?」
こちらを見ながら本当に誰だかわからないように見つめるタローの祖母。タローが小さい頃に祖父が亡くなってから徐々に記憶が混濁するようになった。
「俺だよ。タローだよ。孫のタロー。」
「タロー…タローさんはもっとお年を召していますよ。」
まだわからないようだ。日によって記憶力に変化があるのだが今日は特にひどいようだ。おそらく今間違えているのはタローのひいじいちゃんのタローだろう。
タローの名前はひいじいちゃんからもらったものである。そのせいでばあちゃんはこうして記憶の混濁がひどい時は俺とひいじいちゃんがごちゃごちゃになる。
こうなってしまってはどうしようもない。話続ければ稀に記憶が戻るときもあるのだがこうなってしまっては面倒なので適当に話してから終わらせている。
ばあちゃんと話し終えたタローは服を着替える。ちょうどその頃父親が帰ってきた。急いでリビングに行くと食事の準備が済んでいる。母が頑張っただけあってかなりのご馳走だ。
「父さんおかえり。」
「ああ。…卒業式どうだった?」
父は優しいが寡黙な人だ。普段はファームギルドの職員をしている。父も昔は農家になろうと奮戦していたが才能がないと早々に諦めた。それでも農業に関係した職業に就きたいという思いからギルド職員になったのだろう。
「母さんと同じこと聞いているね。普通の卒業式だよ。」
思わず笑ってしまった。そんな俺を父は少し恥ずかしそうに笑いながら「行けなくて悪かったな」とバツが悪そうに言う。
全く気にしていないと言ったら嘘になるのかもしれないがこなくていいと言ったのはタロー自身なので「気にしないでよ」とこちらもバツが悪そうに言う。
そんな二人を見ていた母はやれやれといった表情を見せた後「食事にしましょう」と二人の話を終わらせる。
そこに祖母を呼んできたら楽しい食事の始まりだ。
卒業し楽しい食事をした翌日の昼、イチが家まで呼びに来た。昨日言っていた買い物のことだろう。ちょうどいい時間だ。
着替えも済んでいたので早速イチとともに町まで買い物に行く。
「さーてどこからいこうかねぇ…服に靴に雑貨とか必要なものが盛りだくさんだな。」
「イチ…先に言っとくが俺は金のこともあるからお前に付き合ってそんなにたくさん買う気はないからな。」
「あいかわらずの倹約家だねぇタローは。けどこういう時は使っとかないとダメだと思うぜ?」
タローの倹約っぷりは学生時代から有名だった。家が特に貧しいわけではないのだがそれでもタローの倹約っぷりはすごく、他の貧しい家庭よりも倹約していた。
「俺としてはそんなにバンバン金を使うお前らの方が信じられないけどな。俺は早く農地を買いたいんだよ。」
タローの倹約の理由それは農地を買うこと。本来学生から農地を買うのは就職してからお金を貯めて5年後にやっと最低ランクの農地を買えるだけの貯金が貯まるのだ。それをタローは子供の頃からずっとお金を貯め続けていたのでかなり貯まっている。これはなら就職後2年で農地を買えるだろう。
「うーん…俺ならじっくり金を貯めてから中級農地を買うけどな。まあそこは人それぞれだから俺は何も言わないけど。ただ道具とかはちゃんとしたの揃えたほうがいいと思うぞ」
珍しく真面目な顔をするイチ。確かに変なものを買ってすぐにダメにするよりかいいものを買って長く使い続けたほうが結果的にお得だったりする。あまりにも正論すぎてタローはぐうの音も出ない。
そんなタローが何か反撃する前に通りのざわつきを感じたイチが移動してしまう。
タローは何か言うのを諦めイチについていく。
通りに出たイチとタローはざわつきの原因を探す。どうやら通りのずっと向こう側からくる人物が原因のようだ。
その人物はつなぎに長靴、軍手をしており首にはタオル、頭には麦わら帽子をかぶっており身につけているもののほとんどが土で汚れている。
「おいイチあれって…」
「ああ…間違いないな。あれはお上りさんだ。」
通称、地球でのお上りさんとは田舎者が都会に来た時にそれをあざ笑う蔑称である。
「あの顔についた土。微妙な汗。あれは本物か?」
「俺のイチレーダーでは本物という反応だな。わざとくさい感もあるが本物のお上りさん…田舎者だ。」
ゴクリと喉を鳴らす。このイチの表情。どうやら間違いはないようだ。つまり…。
「「か、かっこいい…」」
二人のお上りさんを見つめる目は羨望の眼差しである。お上りさんがこちらに近づいてくると女性たちの黄色い声も聞こえてきた。
「ど、どうする?俺ら挨拶とかしたほうがい、いいのかな?」
「きょ、きょきょどるなよ。は、恥ずかしいだろ。というか俺らがあいさつする意味なくないか?」
「お、お前だってそうじゃんかタロー。だ、だって俺らこれから農家で働くんだぞ。同じところだったらあいさつしたほうがいいだろ。」
「す、するならお前だけしろよ。お、俺は無理だ!」
二人はお互いに見合った後ため息をつきあいさつをしないでただ眺めるだけにした。通り過ぎるまでずっと眺め続けた後二人は興奮状態で買い物を始めた。
「俺らもいずれ立派なお上りさんになってこの通り歩こうぜタロー!」
「当たり前だ!どっちが早くできるか勝負だな!」
二人はお互いに笑いあい約束をした。
余談だがこの興奮のせいでタローの財布の紐が緩み買い物が終わってから後悔することになった。
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