勝手に記念番外編!

主任、美人上司とダンジョンに潜るのは残業だそうです


 いつもの仕事上がり。

 主任と『KAWASHIMA』を訪れた。


「でも、急に言われても……」


「そこをなんとか! あ、美雪さんもダンジョンに潜れるんでしょう?」


「わたしは受付の仕事があるって……」


 カウンターで美雪ちゃんが、同い年くらいの眼鏡の女性と話をしていた。


「なにかしら?」


「さあ。……美雪ちゃん。どうしたの?」


「あ、マキ兄!」


 すると彼女がこちらを見た。


「ちょっと、大学の友だちにダンジョンの取材をしたいってお願いされてね」


「ダンジョンの取材?」


 すると眼鏡の女性は、名刺を取り出してきた。


「……作家さん?」


「いやいや、そんな大層なものではないですよ! ただ趣味で書いてるだけです!」


 じゃあ、どうして名刺を持ち歩いているのかな。


「はあ。それで、なにを揉めてたの?」


「うーん。作品のモデルにしたいってことで、うちで契約してるプロのひとにインストラクターをお願いしたんだよ。でも急にもう一人か二人、増やしてほしいって言われちゃってさあ」


「へえ。また、どうして?」


 すると眼鏡ちゃんは悪びれることもなく言った。


「ダンジョンを舞台にすると、やっぱりパーティのほうが映えるんですよねえ」


「あー。なるほど……」


 とはいっても、そう簡単にプロ級のひとが捕まるとは思えないんだけどなあ。


「まあ、うまく見つかるといいね。美雪ちゃん。おれたちのクエスト申請を……」


 がしっ。


「……美雪ちゃん。その手を放してほしい」


「マキ兄。今日は、クエストひとつしか余ってないんだよねえ」


 ……そらきた。


「へえ。そうなんだ。でもあるでしょ? ブラッド・ウルフとかでいいから……」


「いやいやあ。それがさあ、ブラッド・ウルフもイシクイもぜんぶ狩られちゃってさあ」


「美雪ちゃん。嘘はよくないなあ。そのタブレット、ちゃんと見せて……」


 クエスト一覧がのったタブレットを、向こうに取り上げられる。


「でも、こっちのクエストを受けてくれたら、今日は入場料、タダでいいんだけどなあ」


「…………」


「お願い、マキ兄! これでわたしの単位が保証されるんだからさ!」


「……いや、講義はちゃんと出ようよ」


 おれはため息をついた。


「主任。どうします?」


「まあ、いつもお世話になってるし、たまにはいいんじゃないかしら」


 まあ、月末だしな。

 おれもタダならタダのほうがいい。


「……わかったよ」


 こうして、取材の名目で眼鏡ちゃんと潜ることになった。



 …………

 ……

 …



「わあ。これがダンジョン! いいですねえ!」


 眼鏡ちゃんがわくわくしながら言った。


「えーっと。おれたちは、脇でそれっぽくしてればいいんですよね?」


「あ、できれば熟練パーティっぽい連携を見せていただけるとうれしいです。あとダンジョンあるあるとか教えてくださるとなおよしです」


 なんという無茶ぶり……。


「ちなみに、どんな作品ですか?」


「いわゆるおれTUEEEです。ご存知ですか?」


「いえ、まったく……」


「ざっくり言うと、主人公がひたすら無双して読者が気持ちーって感じですね」


 ますますわからない。


「……まあ、とにかくおれたちは主人公を立てればいいんですね」


 主人公役として抜擢されたのは、ここで契約している中でもとびきりのイケメンと噂のS氏。

 おれも面識はあるが、一緒に潜るのは初めてだ。


「えーっと。設定としては、まず主人公が、最年少でプロになった天才ハンター。そちらの黒木さんがヒロイン役で、異世界から来たエルフ。そして牧野さんが、主人公に寄生する三下の相棒って感じで」


「は、はあ」


「物語の主軸は、ダンジョンで出会った記憶のないエルフ少女の記憶の手がかりを探す主人公たち。ダンジョンアタックを通して芽生える淡い恋。あ、別場面では同じ高校に通う描写もありますので、できるだけそれっぽくお願いします」


「…………」


 そこまで考えているなら、ちゃんと三人ぶん手配していればいいのに。


「あ、もしかして牧野さんたち、そういうご関係だったりします?」


 ズバリ聞いてくる。


「え!? あ、い、いやいや、ただの同僚です!」


「そ、そうよ! わたしが上司で、牧野が部下なの!」


 不意打ちに、主任も慌てて否定する。

 ……あれ。なぜか思い切り否定されて胸が痛いぞ?


「そうなんですか? よかった。じゃあ、あとでキスシーンもお願いしますね」


 ぶはっ。


「ちょ、主任! どうするんですか!?」


「え、あ、いや、わ、わたしに言われても……」


 おれたちが狼狽えていると、眼鏡ちゃんが付け加える。


「あ、ちなみにキスシーンは主人公と相棒ですので」


 …………。


「「なんで!?」」


 主任とハモッた。


「わたしが好きなんです!」


 即答だった。


「で、でもその、おれTUEEEって、男のひとが読むんじゃないの?」


「大丈夫です! 相棒は美少女っぽい外見なので事故ならオッケーって感じで!」


「あ、え、う、……そ、そう」


「ちょ、牧野! 納得してるんじゃないわよ!」


「だ、だって、なんかこの子、なに言っても通じなさそうなオーラが……」


 はっ。

 そうだ、主人公役のS氏に拒否してもらえれば……!


「あの、Sさんもいやですよね!」


「……いや、おれはべつに?」


 いいのかよ!

 あとポッと頬を赤らめないでくれ!


「じゃあ、さっそくレッツゴー!」


「…………」


 ……帰りたい。



 …………

 ……

 …



 おれTUEEEというのは、とにかく爽快感が売りらしい。

 というわけで、おれたちは最上層のスライムをひたすらハントしていた。


「そう、そこ! もっと主人公と密着して!」


「え、えっと、こう?」


「ぬるいです! いったい学校でなに習ったんですか!」


 少なくとも女性向けカップリングの神髄は習いませんでした。


「……ていうか、さっきからヒロインが置き去りなんだけど」


 出番のない主任が、隅で膝を抱えている。

 どこからともなく、子牛が売られる歌が聞こえてきそうだ。


「いいんですよ! こういうのはサブヒロインのほうが人気出るんで!」


 男キャラをサブヒロインって言っちゃったよ。


「いや、Sさんも腰を押しつけるのやめて……」


「なんのことかな?」


「あの、さっきから、どうしてノリノリなんですか?」


「……実はぼく、前からきみのこと見てたんだ」


 そう言って、腰に手を回してくる。


 ひいっ!


「そう! そこで奪って!」


 なにを!?


 ついと顎を持ち上げられる。


 わあ、さすがイケメン。

 まつげ長えー。


「……おまえを、離さない」


「は、はい……」


 やばい。

 思わずうなずいちゃったぞ。


 雰囲気って怖えー。



「馬鹿なことやってんじゃないわよおおおおおおおおおおおおおおお」



 その甘美な空気が、主任の怒声で砕かれた。


「あ、年増エルフ! なにするんですか!」


「誰が年増エルフよ! もう、黙って見てれば滅茶苦茶じゃない!」


 そう言って、主任が大剣を構える。


「いい!? スライムっていうのはね、こうやって倒すのよ!」


 スキルを発動し、彼女の剣が輝く。

 その光をまといながら、彼女がスライムへと突撃した。


 ――いけない、この流れは!


「主任、足元!」


「え?」


 ずるんっ。


 スライムを踏んづけた主任が、宙に舞う。

 そのまま、バシャーンッと水場へと落ち込んだ。


「主任、大丈夫ですか!」


「……もう、どうしてこうなるのよ!」


 そう言ったとき、ふと水場が揺らめいた。


「……あら?」


 水場の底のほうで、なにかがうごめく。

 それはザバーンッと姿を現した。


「ぎゃあああああああああ! でっかいスライムううううううううう」


「あれは、稀にしか出現しないギガスライム!」


 S氏、ご説明どうもありがとう!


「ま、牧野、助けてよ!」


 ずむずむと取り込まれそうになっている。


「ちょっと主任、動かないで!」


 おれは剣を構えると、そのスライムを見据えた。

 でかくても、スライムはスライムだ。


 やつの弱点は、ひとつ!


「どりゃあああああああああああああああああ」


 おれは跳躍すると、スライムの身体に剣を突き立てた。

 それはスライムのモンスター核を両断する。


 どろり。

 どろどろどろ。


 なんともぐろい感じで、でかいスライムが溶けて消えた。


 残された主任が、ペッペッと吐き出した。


「うえ、気持ち悪い……」


「大丈夫ですか? ほら、手を……」


 差し伸ばして、ふと固まる。

 主任のブラウスが、スライムの液体で透けて……。


「……あひゃ?」


 視線に気づいた彼女が、バッと胸元を隠した。

 その顔は真っ赤で、おれを親の仇みたいに睨んでいる。


「…………」


「あ、あははは。ほら、助けたお礼ってことで……」


「……言いたいことは、それだけかあああああああああああああああ」


 彼女の鉄拳が、おれの左頬に飛来した。



 …………

 ……

 …



 それから数か月後のことだった。

 いつものように『KAWASHIMA』を訪れると、美雪ちゃんが小包を取り出した。


「はい、マキ兄」


「なに、これ?」


「わたしの大学の友だちからだよ。あの取材をしたいって言ってた……」


「あー……」


 目を向けると、姫乃さんからぎろりと睨まれた。


「で、これなに?」


「なんか本ができたから、そのお礼って送られてきた」


「ふうん……」


 なんだっけ。

 確か天才ハンターとエルフと、美少女っぽい男が……。


 あぁ、思い出しただけで悪寒が……。


「……あれ?」


 その表紙を見て、おれは固まった。


「なによ。わたしにも見せなさいよ」


「あ、姫乃さん、ちょ……」


 姫乃さんがその本を手に取って、ぎくりと固まる。



『美人上司とダンジョンに潜るのは残業ですか?』



 なんだ、これ?

 おれが目を向けると、美雪ちゃんがてへっと笑う。


「いやあ、なんかマキ兄たち見てたら、こんな感じのアイデア浮かんじゃったんだってさ。そんで知り合いの担当さんに話したら、あれよあれよと出版することに……」


「ま、待って! おれたち、なにも聞いてな……」


 姫乃さんを見ると、なぜか顔を真っ赤にして固まっている。


「ど、どうしたんで、す、か……」


 そのページを見て、おれは固まる。

 ヒロインのあられもない姿が、可愛らしいイラストつきで描かれている。

 うわーい、スライムでどろどろでちょっとエッチだぞー。


「…………」


「…………」


 おれはそっと、彼女から距離を取ろうとする。


「あ、あはははは。えっと、困りますよねえ。だって姫乃さんの下着って黒なのに、こんなピンク色にされちゃって……」


 ぐわし。


 おれの肩が掴まれた。


「……あ、あの、姫乃さん?」


「…………よ」


「え?」


「なんてことしてくれてんのよおおおおおおおおおおおおおおおお」


「おれのせいじゃな、……ぎゃああああああああああああああああああああ」




 ということで書籍化のご報告でした。


 2017年9月15日、ノベルゼロより発売予定です。

 書店等で見かけましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


 ※公式サイトでは8月15日発売となっていますが、

  諸事情により変更になっております。


  正式な発売日は


  9月15日


  なので、お間違えないよーに!


  買ってね!

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