10-2.過去の栄光をひたすらよいしょされる場にいなければならないの刑に処す


「じゃあ、再会を祝して乾杯だ!」


 ピーターの音頭で、おれたちは乾杯した。


 彼はイシクイの串焼きにかぶりつきながら、感嘆の声を上げた。


「この酒場は本当にすごいアメイジング! くせの強いモンスター食材を、こんなにおいしく食べられる場所は世界でもなかなかないよ!」


 川島さんは厨房の中で、ふっと満足げに笑う。

 おれはナッツをつまみながら、ビールを飲んだ。


「でも、まさかおまえらのパーティが来るとは思わなかったな」


「そうだね。イタリアでダンジョンの攻略途中だったから本当は断ろうと思ったんだけど、マキノに会えるかもって思って来ちゃったんだ」


「あのハンチング帽の男と、三人でやってるのか?」


「いや、あと三人いる。でも、イタリアではいくつかのパーティでチームを組んでいたから、全員が抜けることはできなかったんだ」


「そういえば、ロック・ドラゴンはまだ討伐できていないんだったな」


「そうなんだよ。ドラゴン族では小型だから、いけるかと思ったんだけどね。もう少しのところで逃がした。いまは捜索しているところだ」


「あぁ、あのダンジョンは霧が出る季節だったか」


 確かにその状況では、主催者を出し抜こうと考えるやつもいる。

 そいつらの見張りの意味もあるんだろう。


「……それでも連れて来たってことは、あの男が?」


「うん。彼がうちの鑑定士アドバイザーだ。さすがに『トリビア』ほどじゃないけど、優秀なやつだよ。名前はマイク。また明日、紹介するよ」


 カクテルに口をつけながら、主任が言った。


「日本語、お上手なんですね」


「あぁ、勉強したからね。マキノとパートナーになるためには、必要なものだった」


「じゃあ、こいつとパーティを組むために日本へ?」


「そうさ。両親は反対したけどね。それでもぼくは、マキノのスキルを学ぶこと以外は考えられなかった」


「そこまでして?」


「当然さ。彼はぼくにとって、最初で最後のヒーローだったからね」


「…………」


 なんだ、このつるし上げ。

 自分の過去の武勇伝を他人が語る場にいるなんて、なんて羞恥プレイだ。


 というか、どうしておれの知り合いは、こうもおれの過去を暴露したがるんだ。

 おれの知らないところで、どんどん主任に要らない情報が入っている気がする。


 ……できれば、あいつのことは知られたくないんだけど。


「ピーター。あんまり恥ずかしいことを言うな」


「なんで? 謙虚なのはマキノのいいところだけど、行き過ぎは皮肉だ」


「……すぐに、おまえが追い抜いたろ」


 ピーターはむっとした顔で応えた。


「だって、あれはマキノが悪いんじゃないよ。ぼくはあのときの再戦の約束を、まだ諦めていないんだ」


「同じことだよ。時代に乗り遅れたおれに、おまえたちと戦う権利はない」


 ピーターは微妙な顔でおれを見つめている。

 そんな顔を向けるのはやめてくれ。

 これは、おれの紛れもない本心なんだ。


「……万能型オールラウンダーでその、マスター・クラスになるのは、そんなに難しいことなんですか?」


 ふと、主任が言葉を挟んだ。


「難しいなんてものじゃないよ! マキノが成し遂げるまで、万能型の記録保持者レコードホルダーはゴールドの下位だったんだ。それを大きく塗り替えただけじゃなくて、まさかマスターにまで上り詰めるなんて。まさに夢をみているようドリームだった!」


 しかし、彼の情熱がいまいち主任には伝わっていない。


「あれ。いまのじゃ、わからない?」


 おれはため息をついた。


「……そのひと、初期講習受けてないんだ」


「ワット!?」


「いろいろあってね。まあ、だから説明するなら一からしなくちゃいけないんだけど……」


 おれは頭の中で考えた。


「ハンターは攻撃や防御など、専門職に特化するのが強いのはいまも昔も変わりません。そしてダンジョンを攻略する際には、それぞれの専門職が集まってバランスを取ります」


「あら。でもそれなら……」


「そうです。万能型というのは、パーティの中においては『永遠の二番手』なんです。なんでもできるけど、あくまで補助的な役割なんです」


 それまで沈黙していたキャロルが、口を開いた。


「万能型は、パーティの骨。『未踏破エリア』攻略には、必ず必要。でもランク戦だと、弱い」


「どうして?」


「簡単な話です。なまくらの剣と極限まで研がれた剣、ぶつかれば後者が勝つ。つまりランク戦ではパワー負けするんです。だから人気がないし、やれるひとも少ない」


 ハンターなんてやっているひとは、だいたい目立ちたがり屋だ。

 縁の下の力持ちなんて、好き好んでやるひとは少ない。


「……なんか、そう聞くとすごいですね」


「そうさ、マキノはすごいんだよ! 本当なら、今回の未開拓ダンジョンの調査だって、ぼくらよりも彼のほうがずっと適任なんだ」


「…………」


 いまの言葉に、ふとなにかが引っかかった。


 そういえば、と思う。

 ピーターの連れてきたもうひとりのハンター。

 名前はマイクだったか。


 ――また明日、紹介する。


「…………」


 本来、未開拓ダンジョンへの調査は五人以上で臨むのが基本だ。

 それなのに、こいつらは三人しかいない。

 それがずっと引っかかっていた。


「そういうことか……」


 つまり残りのメンバーは現地調達するということだ。

 そしていま、あのダンジョンに入れるやつは――。


 ピーターが身を乗り出すよう顔を近づけてきた。


「マキノ。きみの力を貸してほしい」


 その言葉は予想通りのものだった。


「……リハビリ中の引退者ロートルよりも、自分のパーティ・メンバーを呼んだほうがいいと思うけどな」


「ミユキチャンから聞いた。あのダンジョンは『超危険区域』の可能性があるんだろ?」


「だったら、なおさら連携の取れたやつのほうが……」


「なおさら、きみ以外には考えられない」


 ピーターは強い口調で言い放った。


 ……なるほど。


 やはり、こいつの狙いは――。


「――きみの『全治癒ワイルド・ヒーリング』が必要だ」

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