第5話 答え合わせ
あれから5年。俺は大学生になり、あの神社へは飛行機を使わなければ辿り着けない場所で暮らしている。思い返せば色々な事があった気がするが、こうやって何とか日々を過ごしている。
吉岡夫妻の娘、ミーちゃんの名前が吉岡 見南世、ミナヨだったということはあの時だって知らなかった訳ではない。ただ、あのときの彼女とミーちゃんをまさか繋ぎ合わせることなど思いも寄らなかっただけだった。
あのお祭りの日の前日、確かに俺はミーちゃんの家の前を通った。バスケの試合に行く事を話すと、ミーちゃんは「ガンバッテネ」とたどたどしく声をかけてくれたことを覚えている。思い出してみると、あのお祭りの日に吉岡夫妻に尋ねられたのは確かこんな内容だった
「ミーちゃん、見かけませんでした?」
吉岡さんとうちの母さんは昔からの知り合いで家族ぐるみの付き合いをしていた。ミーちゃんをみる人がいないときは、よく家に来て遊んだものだった。重い心臓病があり、本当に信頼出来る人にしか任せられない、そういうことで良く家を利用していたのだ。まだ喋り方も覚束なかったミーちゃんだったが、俺の話を聞くたびに笑顔を返してくれた。ミーちゃんは俺に懐いてくれていて、よく「大きくなったらゆうちゃんとけっこんするの」と言ってくれていたらしい。ミーちゃんについて思い出せるのはせいぜいそんなとこだった。
ミーちゃんはお腹の中にいるときから心臓の病気があることが分かっていた。手術は最低でも3回、全てが命がけだった。20歳まで生きられる人はほとんどいないということを、俺はあの後母親から聞いて知った。あのお祭りの夜のすぐあと、ミーちゃんは最後の3回目の手術をするために、大きい病院へ入院する事になった。付き添いのために、吉岡さんもしばらくはこの地を離れる事になった。お見送りの日にはノーテンキなうちの母さん含め、俺だってあまり大事(おおごと)には考えていなかった。「頑張ってね〜待ってるよ」そんな事を言っていたと思う。
でもミーちゃんは帰って来なかった。手術は何とか乗り越えたものの、その後の感染症のコントロールがうまくいかず、ミーちゃんの心臓は動くことを諦めた。もうあの笑顔を見る事は二度と無かった。
俺はその話を母親経由で高3の12月に聞いた。確かに悲しかったが、俺には受験もあったし、そのまま実家から遠く離れた大学に通う為に一人暮らしをするようになると、ほとんどミーちゃんの事を考える事は無くなっていた。
この中秋の名月を見上げながら、一つ、俺はたわいもない物語を考えてみた。
あの日、手術を前に親に連れられてミーちゃんはお祭りにやってきた。そして何かのきっかけに両親とはぐれ、そのまま本堂に向かう。そこでミーちゃんは何かを願ったはずだ。月にかかった雲は晴れ、魔法の光を照らし出し、その後俺が現れる。そこには月の光に照らされている間だけ、心はそのまま、容姿だけ来るはずのないミーちゃんの未来の姿があった。月が再び雲に隠れるようになると魔法は溶け、その気まぐれな奇跡はあたかもまるで最初から何事もなかったかのように、終わりを告げた。
これはあくまでも俺が思いついた、単なる空想物語であるし、都合が良すぎることもわかってる。誰かに信じてもらおうなんてことも思っちゃいない。でもそう考えると全てのつじつまがあってしまうのが怖い、それだけだ。真実は闇の中、まさにそんな言葉が俺の頭の周りをぐるぐると周っていた。ただ一つ、真実を知っているあいつだけを除いて。
俺はツインタワーに切り取られた、夜空に浮かぶ満月をもう一度見つめた。そして最後にこう呟いてみる。
お月さんよ、あんたはあの時全てを見ていたはずだ。なのに何であの時教えてくれなかったんだ?
風に押された夜の雲が満月を半分程隠した。そのせいであたりは一瞬暗くなる。でもその後ただちに風が吹き、満月は再びぱっちりと目を開けた。それはまるで俺にウインクでもしているかのように。
今日は中秋の名月。神社ではきっと今日も、毎年のようにお祭りが賑やかに行われている事だろう。
(了)
話はこれで終わりになります。ただもしお望みであれば、特別章も併せてご覧ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます