第41話 『お節介焼き始めました』

 楓町が全て見下ろせる部屋。町の中で一番高いと謳われる祓魔師育成学校極東第二支部、校長室に、電子音が響いた。

 柔らかな椅子に腰掛け、何やらファイルを眺めていた校長────牧瀬 拓真は眉間にしわを寄せ、音の元であるスマートフォンを手に取る。

 画面を眺めること、数秒。憂鬱げにため息を吐き出しては、画面を操作して耳に当てた。

『私だ。報告書、読ませてもらったぞ。一体なんなんだアレは……?』

 スピーカーの向こう側から聞こえた声は機嫌が悪そうで、牧瀬の眉間のシワが更に深いものになる。

 聞こえてしまうからか、ため息は吐かないものの『めんどくさい』とでも今にも言いそうな。しかし電話を取ってしまったからにはどうにかしなければ、とも言いたげだ。

「なんなんだ、と言われても困ります。報告書に書かせていただいた通り、『アレ』は唐突に現れました。しかも目撃した裂け目、、、は、妖怪の世と人の世を繋ぐモノとは違う。何処か、私たちがあずかり知らぬところから」

 アレ、というのは先日楓町の中央街道に現れた二体の巨人のことだ。

 突然現れ、人々を襲った巨人。時に捕食し、時に握り潰し、叩き潰し、いくつもの人生を踏みにじった巨人だ。

 第二支部から飛び出した生徒によって鎮圧、並びに市民の避難を済ませたことにより被害は最小限に抑えられた。

 死体もほぼほぼ綺麗なもので、現段階でも第二支部では巨人の研究が進められているが、正直わかっていることの方が少ない。

『見知らぬ……』

「ええ。体を形成している成分も、身体から放っている異様なチカラも……人間の体や、妖力や魔力に似ても似つかないモノで、何が何だか。とりあえず私たち第二支部の中では〝ヒズミ〟と呼ばせています」

 ヒズミ。突如時空の裂け目から現れ、人々を殺し回った不思議な生物。

 その身から放つ不快な力に当てられれば、ある者はソレを恐れ、ある者は殺意を煽られ、やがて戦意を消失する。

 わかっていることはたったそれだけ。どのような周期で現れるのか、何が原因で現れたのか────未だわからず、楓町に不安は尽きない。

『……本当にわかっていないんだな。なら、何かわかったら随時報告するように。奴らは再びいつ現れるかわからない……それまでに、対策を取らねばなるまいて』

「わかっています。では、またその時に」

 再び画面を操作して通話を終了すると、同時に牧瀬は大きなため息を吐く。ついでにメガネを外し眉間を揉みほぐしてやると、大きく首を左右に振った。

 その行為からはひどい疲労感が見て取れる。

 まあ無理もあるまい。睡眠時間皆無のままヒズミの研究、それから嫌いな人間への電話の対応。疲労感も生まれるというもの。

 メガネをかけるとスマートフォンを机の上に投げ出し、背もたれに背中を預け、


 そして耳に届く騒がしい、文化祭の賑やかな声の数々にすら、大きく舌打ちを打った。


 ◇◆◇


 この気持ちをどこにぶつければ良いんだろうか。

 冬香自身、人付き合いが苦手な自覚はあった。距離の取り方が苦手な自覚はあったのだ。

 故に彼には近寄りすぎないようにしていたつもりで。彼にだけは決して、嫌われたく無いから。なのに。


『第三班は、終わりにしよう』


 それが裏目にでるだなんて、思ってもみなかった。

 酷く空きすぎた彼と自身の距離。手を伸ばしても届くことなく、今更走っても追いつけない。

 あの言葉を放たれた時、何も言うことができなかった。後悔しても、今更遅いと言うのに。


 視線は自然と俯き、ため息が漏れた。


 身体が重い。せっかくのメイド喫茶だと言うのに、笑顔を浮かべる気にすらなれなかった。

 手に持ったおぼんですら鉛のよう。身に纏ったドレスだって、重すぎて拷問を受けてるみたいだった。

 頭を支える首が痛い。もうどれだけの時間こうしていたんだろうか。時間の感覚すら忘れる時の中、


「どうかしましたか、冬香ちゃん?」


 救いを差し伸べる、暖かな声が聞こえて来た。


 ◇◆◇


 場所は校舎裏。文化祭が開かれてるにもかかわらず人気ひとけが一切ないそこに、天音たちは今居る。

 つい昨日澄人が混乱を一旦鎮めるために地面を殴りつけたのと同じ場所だ。地面には大きくクレーターが出来上がっていて、その周りに『立ち入り禁止』とビニールテープが張り巡らされている。

 そんな所にメイド服姿の少女が三人いる、というのはなかなか奇妙な光景であった。

 校舎に背中を預ける形で、天音、白雪、冬香の順番で並んで腰を下ろしている。

「で、何があったんですか?」

 長く続いていた沈黙を、天音が質問で終わらせた。

 各々の手には缶のオレンジサイダーが握られていて、白雪は冬香に横目で視線をやりながら開封する音だけが響いて。

 言葉をまとめかねているのか、再び沈黙が続く。

 質問をされた冬香はゆっくりと口を開き、


「……じつは、第三班は解散ってことになったんすよ」


 言いながら、悲しげな視線を地面に突き刺した。

「解散って、なんで。アインくん以外のメンバーは納得したの?」

 次に口を開いたのはサイダーを飲み下した白雪だった。

 しかしそう疑問を抱いて居たのは白雪だけ。


 天音は知っている。第三班のギスギスした空気を。


 しかしギスギスしているのはアイン以外の班員だけ。澄人がアインに言った通り、アインは周りが見えていなかった。

 ……否、周りを見ていなかった。

 周りも見ずにひとり突っ走り、周りを置き去りにしていく。気づけばアインと仲間たちの距離は、声も届かぬほど離れていて。

 気がつけば、班員からアインに向けられた視線は、ひどく冷たいもので。

 しかしアイン自身は、気づいていなかった。

「私は納得できなかったっす。でもあの人ってすごく頑固で……一度決めたことは、絶対に曲げなくて。そんな所も、魅力だとは思うんすけど」

 ようやくそれに気付かされた。澄人の拳に思いっきり殴り飛ばされ、ようやく仲間たちの方を向いて。

 もう誰も、付いて来てはいない事に。

「……それでいいの、冬香ちゃんは? もうこのまま解散で、離れ離れで……」

「良いわけないじゃないっすか。でも、先輩が決めたことなら尊重したいのも事実だなって、思って」

 冬香の声音はとても複雑なものだった。

 アインの思いは主張したい。けれど、自分にも思うところがあって。

 彼を主張するのなら、自分の想いなんてものは押しつぶさなければいけない、なんて。言いたげな視線と声音、表情。


「良いわけないですよ」


 その全てが、天野天音は許せない。


「良いわけ、ないです。なんで澄人くんのおかげでマシになったと思ったらさらに状況が悪化してるんですか? 馬鹿なんですか? 馬鹿なんでしょう」

 息つく間もなく浴びせられる罵倒。面食らっている冬香だけを置き去りに、状況は進んでいく。

 また始まった、と言いたげな白雪の表情を横目に天音は立ち上がり、座り込んでいる冬香を見下ろして。

「誰だって意見は尊重されなくちゃいけません。確かにそうです、アインくんの意見だって尊重されるべき────しかし、冬香ちゃんの意思だって、意見だって、想いだって主張されるべきです。誰かのためにねじ伏せるなんて間違ってる」

 指を突きつけ、天音は強く言葉をぶつける。

 放っておけない。自分の思いを無念に散らすなんて、そんなのはダメだ。

 年頃の女の子の恋心────ソレだって、尊重されるべき立派な思い。思い半ばに散っていくのは許せない。

 冬香本人は気づいていないようだが。察しがついていた天音は居ても立っても居られないというか。


「行きましょう、アインくんの所へ」


 完璧なお節介なのだが。そんなお節介に救われる人間も、この世の中にはいるというわけで。


 ◇◆◇


 第三班の一件と、歪と呼ばれるようになった巨人、文化祭。

 慌ただしくも、色々な形で、色々なことが収束へ向かっていく。

 未だ片付けきれない問題は山積みに。上記にあげたもののいくつかも、今は丸く収まりきらないかもしれない。けれど、今は取り敢えず────という形で。

 そんな終わりのひとつ。片付けが済み、仕掛けの始末と銘打たれたイベントのひとつ────キャンプファイアー。

 夏にも関わらず煌々と燃える炎に集まり、音楽に合わせて踊り回る生徒を遠目に、澄人と天音は眺めていた。

 場所は広いグラウンド。その隅っこで、校舎に背中を預け、もたれかかるように。

 澄人は疲労困憊の様子で。天音は、それを横目にクスクスと笑っている。

「えらく疲れてますね」

「そっちはえらく楽しそうですね……まあでもそうか、冬香の一件は片付いたか。よかった。気になっちゃ居たんだよ、アイツ」

 どうやら冬香の様子に澄人も気づいて居たらしく、ほっと胸を撫で下ろした。

 等の冬香とアインはというと、炎の周りで踊るひと組と化している。踊る、と言うには些か不恰好で、アインが振り回されすぎな気もしないではないが。

「……気づいてたのにお節介を焼かないなんて珍しいですね」

「放っておいてもおまえあたりがどうにかするかなって思ったんだよ。それに、あの格好、、、、じゃ恥ずかしくて無理だわ、アホ」

 澄人が思い返すのは自身のメイド姿。あんな形だったとはいえ、勝負に負けたことには負けた、だとか強く主張してきた天音が無理やりメイド服を着せる一幕があり。

 それからというものの、澄人は大人しく、周りは違和感に笑いを堪えきれなかったとかなんとか。

「じゃあ常にメイド服を着せておきましょうか。澄人くんが無駄にお節介を焼いて、怪我することもないでしょうし」

「そりゃないぜ……舌噛み切って死ぬ自信がある」

「じゃあ死ね」

「あれぇ、辛辣……」

 辛辣ながらも、言葉の裏側には優しさが見え隠れしている。

 それがわかってか、澄人は天音へこれ以上何も言い返さない。澄人自身、最近無理がすぎる自覚もあるものだし。

「……で、澄人くん。身体の調子はどうですか? どこか、おかしくないですか」

「……? いや別に、なんもおかしくないけど。むしろ良すぎるくらいで」

 小首を傾げながらも、腕を開閉しつつ。自分の調子を確かめながら、澄人は応えた。

 しかし天音が心配するのも無理はない。白雪の一件の時の『始祖還り』に加え、今回の異様な妖気のような何か。


「そう、ですか。なんともないなら良いんですが……」


 そんな天音の心配は、遠からず本当のことになってしまう。


 しかしまあ、今は楽しいひと時に身を任せ、炎の周りで踊るとしよう。

 平和を謳歌し、のんびりと。異常が来る、その時まで。

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