第37話 『ムカつくアイツ』


「クッソアイン何してやがる……!!」

 人の流れが落ち着いた校舎内を駆けながら、澄人はこの場にいないアインに毒を吐く。

 人を避けつつケータイをポケットから取り出して、何度もかけ慣れた番号のリダイヤルを押した。

 画面に踊るのは『真岸』の文字。数回無機質なコール音が響いた後、

『おい澄人、今おまえ何して……』

「真岸先生、今空いてる手が空いてる班とか把握してるか!?」

 質問にも答えず、焦った様子で聞き返す澄人に、受話器の向こうで真岸が息を飲んだのがわかる。

 あの常に気だるげな澄人がここまで焦っているのだ。何かマズイことが起きたと理解したんだろう。

『一班、四班と……手前テメェたち六班だけだ。どうした、なんかあったか』

「なんかもクソもねぇよ、アインのクソ野郎がチームメイトひとりすら連れてかずに中央街道に行きやがった!」

『────────』

 真岸が思わず沈黙する。

 気持ちはわかる。澄人だって、冬香本人からその話を聞いたとき、思わず聞き返してしまったものだ。

 基本、祓魔師は団体行動が義務付けられている。人間ひとりでは基本、どのような妖怪にも敵わないからだ。

 訓練期間中に耳にタコができるほど言われた規則。それを破ってまで、何故アインはひとりで飛び出したのか────。

『アイツ、最近どこかおかしかったからな……ヤケに澄人に固執してるというか、なんつーか。手前なんかしたか?』

「なんか心当たりが多すぎてなんとも言えねぇよ。半妖ってだけであの有様だからな!!」

 階段を駆け上がった。滑る足をなんとか踏ん張って堪えながら、人混みを掻き分けながら廊下を駆けていく。

「とりあえずあんがと真岸先生、まだやることあっからとりあえず切るわ!!」

『え、はぁ!? おま、いつも突然だ────』

 電話を無理やり切り、握りしめたまま駆けていく。

 こんな切り方を今日だけで二回もするなんて澄人本人も思ってなかったらしく思わず苦笑して。


 そして、たどり着いた先は放送室の扉の前だった。

 ノックをする間も惜しくて分厚い扉を押し開き、中に足を踏み入れる。


「は、あ、あぇ!? 澄人くん!?」

「悪い小島、前もって連絡するべきだった。ちょっと放送機器借りるから!!」


 戸惑う涼子に構わず、矢継ぎ早に答えを浴びせながら部屋をズカズカ進んでいく。

 そして放送機器────そのスイッチを入れて、


「二年第一班、第四班、それから天音と白雪は校門前に集合────何も聞かずに、俺に力を貸してくれ! か弱い一般市民と────」


 高らかに、力強く、


「────とあるバカを助けにいく!!」


 叫んだ。


 ◇◆◇


 駆ける。


 駆ける。


 駆ける。


 息を乱し、唾液を飛ばしながら、獣のように駆けていく。

 否、現状アインは、名誉と栄誉を求める獣であった。

 腰に携えた退魔刀の重さが心地いい。これがこれから、自分の栄誉の助けになると考えると可愛く思えてきた。


 しかしそんなアインの前身を、止めるものがあった。


 咆哮だ。聞くもの全ての戦意を奪い取る、咆哮。


「────は?」


 戦意を奪い取る────それはアインも例外ではなくその場に立ち止まり、天を仰ぐ。


 目に映ったのは大きなヒビ。ヒビは空に入っていて、それよりも目に入って離れてくれないのはまっくろな巨人だった。

 口を大きく開いて、笑みを作る巨人だ。

 アインは今ほど、視力がいいことを恨んだことはない。

 見えてしまった。見えてしまったのだ。口の中から飛び出た片腕が。歯に挟まった、体の一部のような何かが。

 歯には血液が付着している。それら全てが、こいつが、今しがた、人を食い殺したと語っている。


 それでも進んだのは幸か不幸か。アインは歩みを止めず、ただただ進んでいく。


 中央街道に出た。街をつなぐ、十字路。

 たくさんの背の高いビルが立ち並び、ここからなら楓町の東西南北何処へでも行ける。そんな場所に、異物が立っている。


 ビルよりも高い巨人。それが二人。

 それが織り成す、地獄絵図。


 鼓膜を揺さぶるのは阿鼻叫喚。

 視界に広がるのは地獄そのもの。


 たくさんの人が死に、たくさんの人が食われ、たくさんの人が叫ぶ。

 そこへアインは、ひとりでやってきた。


「ぁ、あ……?」


 自分の無力さに膝を折る。

 自分ひとりで、こんなのどうすることもできっこない。

 目の前で今食われたあの男と同じように、食われることしかできっこない、と。

 足が震える。膝が笑っている。

 それでも逃げ出さなかったのは、アインのプライドか。


「こんなん、じゃ────」


 誰かに攻められている気がする。

 周りで死にゆく人々に。血眼で睨みつけられ、呪詛を吐かれている気がする。


『お前のせいだ────お前が願ったから、こうなった。おまえが願ったからだ。おまえが全部全部悪い』

「ちがう、ちがうんだ────オレは────」


 確かに自分の活躍の場を願った。アイツをねじ伏せるために、アイツを殺すために、アイツを引きずり下ろすために。

 けど、願ったのはこんなんじゃない。こんな地獄を願ったわけじゃない。


 涙を流す。恐怖に、動けない自分の情けなさに、声をあげて。


 額を強く地面に叩きつけた。それでも恐怖は胸から消えず、流れる涙は止まらない。


「オレの、せい、じゃ……」


 泣き叫ぶアインの声をかき消すように、


「俺はアイツをぶん殴る!!」


 ムカつくアイツの、声がした。

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