第35話 『もしも』
「どうにかする、とは言っても。どうしたもんかね」
いつも通りの無計画。
とりあえず二つ返事で頷いてしまった澄人は変わらず、保健室のベッドに横になりつつ呟く。
保健室に現在いるのは天音だけ。涼子、白雪、優斗、にはとりあえず文化祭に戻ってもらった。
藍那曰く澄人はもう少し休んでおいた方が良いらしいが、澄人に付き合わせてせっかくの文化祭を無駄に浪費させるわけにもいくまい。
「……というか天音さんよぅ、別に俺についてなくても良いんだぞ? 文化祭回ってこいよ」
「いえ、澄人くんをひとりにすると無理をしかねないので。監視です」
「さいでっかー」
流石に澄人としても無理をするつもりはないのだが。こうなった天音はなかなか頑固で、テコでも動かないことを知っているわけで。
仕方ない、なんて言いたそうにため息を吐いてから、天井とのにらめっこを再開した。
正直、こうして大人しく考えているより体を動かして考えた方が
しかし、そうはいかないのが現実だ。澄人の表情は渋く、自然、口からは唸り声が飛び出す。
「なぁ」
考えた末、無意識に。
「アインや、その他の人達って……何を思って
澄人の口からは、そんな疑問が吐き出されていた。
天音から疑問の視線が向いたのがわかる。問いかけるようなその視線に応えるように、ゆっくり、ゆっくりと。澄人は考えをまとめながら、吐き出していく。
「俺や白雪、天音は身寄りがないからここにいる。……妖怪と人間の平和を築きたいからってのもあるけど」
『君がここにはいれば君の夢も思うままだ。どう、夢のために戦ってみる気はない?』
思い返すのは澄人が最初に聞いた言葉。
衣食住もついて、夢も叶えることができる。
二度とあんなすれ違いを起こさぬようと願う、澄人の絶好の施設だった。育成学校に入らない理由はない。
けれど、アインはどうだろう。
『妖怪が憎い!! 奴らは悪だ!!』
もし、もしもの話。
「アインが、妖怪が憎いからって理由だけでこの学校にいるとしたら。もし
想像して、ゾッとする。
沢山の妖怪、半妖の死体の真ん中で佇むアイン。
アインは今まで、妖怪殲滅のために人生の全てを投げ打ってきたと思う。あそこまでの執念と、アインの性格からして今まで手抜きも、息抜きなんてものもしてこなかっただろう。
アインにとって、
「ソレを終えた時にアインは、生きる理由失くしちまって……ってのは、考えすぎなのかな」
アインの性格が気に入らない。主張が気に入らない。見下した目が気に入らない。それも全て澄人の本心だ。
しかし生きる理由をなくしたアインは、どうするのだろう、と。
考えすぎだったとしても、ほんの少しだけ想像してしまっただけで、アインをあのまま放置しておくのは気がひける。
人生というものを怒りの感情だけで棒にふるってしまったとしたら。一切幸せになることがない人生だなんてソレは嘘だ。
快楽を得て、好きなものを抱えて、楽しかった、と────笑顔で終えられないなんて人生は、少なくとも澄人は受け入れられない。
目の前でそんな末路を、見てしまっているからこそ。
「……澄人くんは優しいですね」
澄人の言葉を聞いて、天音はいつもの笑顔を浮かべる。
微笑ましそうな、しかし仕方ないと言いたげなその笑顔。
「優しいってそんなことあるか? 今かなり自分勝手なこと言ってた自覚あるぞ?」
「ええ、自分勝手です。澄人くんはエゴの塊です」
「……そこまで言う?」
白雪の時だってそうだった。
殺してくれ、死ぬしかないと懇願する白雪に、それ以外も何か手があるはずだ、俺の手を取れと言葉をぶつけ。
他に手はない、殺してくれ、自分は悪人だと叫ぶ白雪に、お前はそんなやつじゃないと澄人は
自分勝手かもしれない。全て妄想かもしれない。けれど、
「でも、澄人くんは間違ったことをしないので」
隣から見てみれば、それは全て間違ったことではなくて。
常に澄人は誰かのためを思い、叫ぶ。誰かを思いやりすぎるばかりに、酷く傷ついたとしても。
常に叫ぶ言葉は、支離滅裂になったとしても。必ず、誰かのためを思った言葉だから。
天野天音は否定しない。止めもしない。ただただ隣で、ゆっくりと共に歩き続ける。
「……そう、かな」
「ええ、そうです。なので、今回も頑張っちゃいましょう」
苦笑を浮かべる澄人と、微笑を浮かべる天音。
和やかに進んでいくそんなひと時も、長くは続かなかった。
◇◆◇
何故、何故、何故、何故、何故だ。
何故オレがこんな目で見られなくてはならない。オレが間違っている? そんな馬鹿なことあるか。
オレは全て正しいはずだ。オレは間違ったことは言ってないはずだ。
妖怪は憎い。妖怪は危険だ。殺すべきだ。なのに、なのに────
「やめろ、そんな目で見るな……」
思考が逝かれていく。幻覚だとわかっている────けれど、たくさんの人が、オレの事を批難の目で見つめているようで。
おかしい、おかしい。こんなはずじゃなかった。化音澄人さえ居なければ、今頃オレは祓魔師育成学校のトップに立っていて────
「アイツがいるから、おかしくなったんだ」
そうだ、全てあいつが悪い。あいつの存在が邪魔だ。でも妖魔にでもならない限り、殺すのは不可能で。
あまりのめんどくささ、厄介なあいつに唾を吐きかけたくなる。近くにあいつが居ないんで、手頃な地面に唾を吐きつけた。
何でオレはこんなことをしている。何故こんなことになったんだ。
繰り返し繰り返し繰り返される同じ質問。答えは出て居たとしても、繰り返し繰り返さねばオレの頭が落ち着かない。
その答えではダメだ。状況を打開しなければならない。オレはヴァームレス家の長男だ。落ちこぼれなんて許されない。こんなはずじゃない。
何故戦果をあげられない? 最初の抜刀はオレが飾るはずだった。何故、妖魔がオレの元へやってこない────?
「ああ、ああ。そうか、そうだ。わかったぞ」
ああ、わかった。オレになくて、アイツにあるもの。アイツにあって、オレに足りないもの。それは戦果だ。信頼だ。そりゃあ、戦果をあげなきゃ信頼なんてものはついてこない。当たり前だ。
そうだ、オレには戦果が足りない。結果が足りない。結果を生めば、自ずと信頼なんてついてくる。後から後から付いてくる。
今のオレにはそれが足りない。妖魔でも出てきてくれれば、それをオレが殺せば、オレは────
「────オレ、は?」
オレは、何だ?
オレは、何のために戦っていた?
何のためにここに来て……何故、妖怪が憎かったんだったか。
『緊急、緊急!! 楓町中央街道に謎の生命物体が現れました!! 繰り返します、楓町中央街道に謎の生命物体が────』
思考を遮る、サイレンの音。
ああ、来た。とうとう来た。そうだ、妖魔さえきてくれればオレは、オレは────!!!!
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