第34話 『即決』
「ごめんなさい、ホンットごめんなさい!」
澄人が目を覚ましてすぐに聞いたのは、そんな焦ったような声。
視線を巡らせてやるとよく見知った保健室で、そこのベッドの上で寝かされているのがわかる。
ベッドの近くには白雪と天音、それから白雪の弟が────確か優斗だったか────、それから涼子の姿。
焦ったように謝り倒していたのは涼子だ。視線は常に澄人の顔を見つめていて、表情は浮かない。
申し訳なさそうな涼子に澄人は苦笑する。それから少し痛む身体を起こし、涼子に向き合った。
「謝ることねぇよ、変に突っかかって来たのは向こうだし、食い下がったのは俺だ」
「だけど……」
「だけど、じゃないよ。気にすんな」
再び頭を下げようとする涼子を、澄人はゆっくりと静止する。
体の痛みがほぼほぼ消え去っているのは藍那の仕業だろうか。あとでお礼を言っておかねば、なんて思う表情は渋い。
数秒の沈黙が流れて、周りの面々の表情を伺う。
メイド服を身に纏っている天音も、白雪も、澄人と同じように、渋い表情を浮かべていた。
「いやぁ、何なんだろうな。俺たちはこれ、どうするべきなんだろう」
「どうするべき、というと?」
ふわふわとした澄人の物言いに、天音が小さく聞き返す。
天音の問いかけには澄人はほんの少しの苦笑を浮かべて、
「いやぁ、アインをどうにかしないわけにいかないだろ」
「え、澄人さん……あれだけされて、まだ関わろうって言うんですか?」
震えた声で言ったのは、白雪の隣に立つ優斗であった。
優斗はこあの光景を見ていたのだろう。アインのあの戦闘能力、軽蔑の目、浴びせた数々の罵声────その全てを知っているからこそ、優斗の表情は不安げだ。
関わらないほうがいい。もう近づかないほうがいい。そうは思ってはいるものの、優斗の口から言葉は出てくれない。
「そう、だね。もう一度会って見たほうがいいかもしれない……きっと、あの子は訳ありだ」
代わりにゆっくりと、思い返すように呟いた白雪。
白雪の目はどこか遠くを見つめている。白雪が思い返しているのはアインの数々の罵声か────はたまた、
「あの子、罵声を浴びせる度に何かを思い返して辛そうな顔をしてた。きっと、過去に何か……妖怪がらみであったんだと思う」
澄人が見ていたのと同じ、罵声に隠れたアインの苦しみか。
白雪の意見には澄人……いや、澄人だけでなく天音も同意だ。あそこまでの憎悪を向ける過去が、アインにはある。
そしてそれを、あちこちに当たり散らそうとアインは突っ走っているのだ。ならほんの少しでも止められるのなら、手遅れになる前に止めるしかない。
「そうだな。俺も、同じこと思ってた。だからこそこう、放っておけないと言うか────」
前に進み始めた澄人たちの会話。
その会話を、ガラリ、と。引き戸が開かれる音が遮った。
◇◆◇
妖怪の危険性。それを存分に主張してから、ステージを降りていく。
これでオレの目論見どおりなら、第六班の居場所は無くなるはずだ。普通の人間が、人殺しを抱えておける心の余裕があるわけがない。
だというのに、
「────────」
向けられた視線は批難の視線だった。
何故そんなことをするんだ、何故そんなことを言うんだ、あそこまでする必要はあったか? と言わんばかりの、たくさんの視線。
────何故、と問いたいのはこっちだ。何故貴様らは、そんな視線をオレに向ける?
オレは間違ったことを言っていない。オレが全て正しかったはずだ。
オレの何が悪い? オレの何が間違っていた? 全て真実を言ったまでじゃないか。
なのに何故この仕打ちなのか。何故、何故、何故?
アイツらは危険だ。アイツらは死んで然るべきだ。
全部悪いのは妖怪の方じゃないか。全部悪いのはあいつらの方じゃないか。
何故オレ達人間が連中に気を張らなくちゃいけない。この世界を牛耳っているのは人間の方じゃないか。
世界の隅で丸まっていればよかったんだ。表になんて出てくるなよ────
「おい、おまえ」
ふと、呼ぶ声が聞こえた。
声の方へとゆっくり視線を向けてやる。
ステージの傍ら。人が集まらないそこに、声の主は立っていた。
ほんの少し茶色に染まった髪と、あまり良くない目つき。年はひとつか二つほど上だろうか。
どこかで見たことがある顔なきがするが、覚えていないということはすごく印象の薄い出会いだったんだろう。
「なんですか?」
「あぁいや、ほんの少し気になったもんでね。何でそんなに、妖怪憎しって叫んでんのかって思ってな」
……探りを入れられている。
見た所妖怪ではないし、怪しくはない。本当に興味本位、といったところだろうか。
しかし、
「初対面の相手にそこまで言う必要はないですよね。なので、教える気はありません」
怪しくないが、しかしそれだけでは相手に自分の身の上話をすることにはならない。
突然話しかけてきた目つきの悪い男に背を向けて、歩き出す。もう話すことは何もない。
「まーなんだ、そんなに妖怪は悪いもんじゃねぇよ。半妖も」
歩く。耳に届く男の声は耳障りで、聞こえないふりをする。
「俺も少し前まで怖がっちゃいたけど……そんなに、怖がるもんじゃねーぞ」
聞こえない、聞こえない。
オレの使命は、
◇◆◇
引き戸が開き、現れたのはカチューシャとメガネの女子生徒。
白雪たちと同じく、メイド服を見にまとっていることから澄人たちと同じく文化祭のグループだということがわかる。
少女は俯き、数歩澄人たちへと歩み寄る。
少しの沈黙が続いて、痺れを切らして口を開いたのは澄人だった。
「えっと……
「
茶化したような澄人の言葉に、冬香が唾を飛ばしながら叫ぶ。
何やらまとっていた陰鬱な空気も一瞬で吹き飛び、冬香は小さくため息を吐いた。シリアスムードが続かないとか、とかなんとかついでに文句を吐いた気がするが澄人はあえてスルーしておく。
「……盗み聞きしてたみたいで悪いんすけど、あれっす。まだアイン先輩をどうにかしようって思ってくれてるんなら、頼まれてほしいんすけど」
「まぁこのタイミングで入ってくるってことは、そういうことだわな」
薄々気づいてはいた。
この部屋に入ってきた時の表情と、文化祭の準備の際────初対面での、あの言葉。
冬香は、アインの異常に気づいている。気づいた上でこうして見捨てず、誰かに縋りつこうと歩み寄ってきたのだ。
「……それで、頼みたいこととは?」
未だ俯き、床とにらめっこしている冬香に、天音は問いかけた。
「頼みたいことってのはモチ、アイン先輩のことっす。アイン先輩、ここのとこずっとおかしくて……あんなに、ずっと殺気立ってるような人じゃないのに」
「確かに、あの殺意は尋常じゃなかったかも」
冬香の言葉に、白雪が苦笑まじりに頷く形だ。
死ね、殺す、死ぬべきだ。繰り返し主張するアインは、実際正気の沙汰ではなかった。
妖怪憎しと呪詛を吐く人間は今の世界も少なからずいるが、あそこまで過激なのは初めてで。だからこそ、澄人たちは異常性を感じてどうにかせねばと思ったものだが、
「そのアインを正気に戻してほしい、ってことでいいんだな。でもさ、他のアインの仲間たちはなんも言ってねーの? あそこまでならどうにかしようとするもんじゃね?」
澄人の問いかけに、冬香の肩が跳ねる。
痛いところを突かれた、とでも言いたげな表情。居心地が悪そうに冬香は口元を歪めて、「それが」と前置きを挟んでからゆっくりと話し始めた。
「……ウチら第三班の仲間もどうにかしようと思ったんすよ。でもウチらの言葉は届かなくて……他の仲間たちも、呆れてる始末で。だから、澄人先輩の言葉なら届くかな、って。良くも悪くも、アイン先輩は澄人先輩を意識してるんで」
「悪くとしか意識されてない気がするんだけど」
「そ、そんなことないっすよ!! めっちゃ良い方向にも意識してますって!!」
冬香の必死なフォローにも澄人は死んだ目。確かにアレだけのことがあれば悪い風にしか意識されてないと感じていても仕方ないだろう。
まぁともあれ、
「と、ともあれ。アイン先輩にあんなことされたあとに、こんなこと頼むのは失礼だってわかってるっす。けど、先輩たちにしか頼めなくて……」
必死に頭を下げ、冬香は言葉を待つ。
断れるのも覚悟していた。長考だって覚悟していた。何か条件をつけられても仕方ないと思っていたのだが、
「よしわかった」
「承りました」
「乗りかかった船だもんね」
なんの条件もなく、即答で。
「え、えぇ……」
困惑する冬香を他所に、話は進んでいく。
……なんともまぁ、なんというか。これが祓魔師育成学校極東第二支部、二年第六班であり。
お節介焼きの集団の、いい所でも悪いところでもあった。
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