第32話 『力と技術の差』
『……おまえもさあ、もう少し気を抜いたらどうだよ』
先程教師────真岸と言ったか────に投げかけられた言葉。それが頭の中をしつこく反響して離れてくれない。
学校は文化祭一色だった。青春だとか、和気藹々だとか、アイン自身が一番嫌いな色で染め上げられている。
────不快だった。
視線を巡らせれば生徒たちの平和ボケした笑顔が見える。
視線を巡らせれば妖怪が校内を歩き回っている。倒すべきはずの敵が、ノコノコと。
耐えられなかった。噛み締めた奥歯は常に不快な音を立て、歩く足は自然早足になっていく。
しかしその早足も人混みに遮られ、抜け出したいのに抜け出せない不快感が余計に機嫌の悪さに拍車をかけた。
「どいつも、こいつも……浮かれやがって」
ボソリと吐き出す言葉は、周りの喧騒に溶けていく。
耐えられない。一刻も早くここから帰りたい。そう思ったのだが、
「はいはーい! 第二ステージで祓魔師育成学校極東第二支部、最強決定戦を開催中です! 是非是非腕に自身がある方、ご参加ください! 賞品は────」
鼓膜を揺さぶる声。聞こえてきた言葉に頰を吊り上げ、口元を笑みに歪ませる。
なんだ、奴らにしては良いことも考えるじゃないか。この鬱憤を晴らすには、ちょうど良い────・・・・
◇◆◇
『おぉっとここで思わぬ乱入! 選手の紹介をさせていただきますッ!! ここに現れし
ステージに上がるアインに、分厚く重なった声援が降りかかる。
アインの視線は過度に煽るような解説を続ける涼子、観客には目もくれず、ただただ唖然としている澄人に突き刺さる。
口元には不気味な笑みが浮かべられていた。まるで、澄人の不安を具現化したような────何処か危ない雰囲気を纏っていた。
『しかし相手は
実戦成績一位。その単語を聞いて、アインの表情がほんの少し暗い色を帯びた気がした澄人。がしかし、首を傾げる澄人を他所に、
「さっさとルール説明でもしたらどうだ。オレとしては、今からオレに負けるやつのデータなんてどうでも良い」
何処かイラついたような声音で、アインは横目で実況席の涼子を睨みつけた。
『……はっはーん、そうですかそうですか。そりゃあそうですね? アイン選手はこれでもかってほどに澄人選手に目をつけている。そりゃー調べきったデータなんて今更並べても退屈なだけでしょう』
しかし実況の涼子、負けてはいられない。何かが逆鱗に触れたのか饒舌に、さらにアインを煽り倒す。
アインの表情は変わらない。だがしかし、奥歯を強く噛み締めた音を、澄人は聞き逃さなかった。
「なーに煽ってくれてんだよ小島……やりづらいったらありゃしねえ」
「やりづらいも何も、全力でかかってくれば良い話だろう。たかが〝敵〟の、くだらない感情だ。気にすることなぞあるまい」
ヤケに棘のあるものいいだった。……いや、いつものことではあるのだが。
数秒、二人の間に沈黙が流れる。痺れを切らした涼子は再びマイクを取り、高らかに謳い始めた。
『っさぁそれでは初めていただきましょうか! ルールは簡単、相手が気絶するか「参った」と言うまで戦っていただくだけ!! なお妖術、魔術の使用は禁止。相手を殺すような怪我もお控えください! ってか「あ、ダメ。これ俺死ぬ」ってなる前にギブギブしてくださいねぇ!!』
そして同時に上がる歓声。歓声はステージを包み込み、ボルテージを上げていく。
『それでは、開始ィ!』
開始の合図。どこから持ってきたのかゴングが鳴り響き、歓声も再び熱さを増す。
二人は同時に構え、お互いに睨み合うことで開戦。澄人は腕をだらん、と垂らしたままのいつもの構え。対するアインは成績上位者らしく、脇を締め、両の拳を握り、胸の前で構えるコンパクトな構えだ。右半身が半歩前に出ていて、いつでも澄人の攻撃を受け流せるように構えられている。
乾く唇を舌で潤し、澄人は長く息を吐く。腰を軽く丸めたまま、相手に強く出れずにいた。
「そういや、お前と手合わせすんのは初めてだったな」
「……そうだったか」
「おうさ。お前、研修期間の時から俺のこと避けてたし。ヤケに目つけてる癖に、少しだけ寂しかったぜ」
「御託は良い。さっさとかかってきたらどうだ」
……会話で油断を誘う作戦は失敗。ダメ元だったが故に悲しくはないのだが。
なら、
「じゃあ、行かせてもらおうかね────!!」
容赦は必要ない、と。強く床を蹴り飛ばした。
特設ステージは澄人の脚力によって歪み、揺れを生む。しかし流石育成学校産といったところだろうか、数秒揺れただけで事は済み、軋む音すら立てることはない。
「そ、りゃ、あ!!」
ステージを揺らすほどの跳躍、数歩の助走を乗せて、いつの間にかアインの真横に現れた澄人は拳を放つ。
妖術も何も纒わぬ純粋な
「……単純だな。まるでイノシシだ」
拳を受け止め、力を流す。
同時に腕をひっ掴み、相手の力を利用するだけで、澄人の体を投げ飛ばした。
宙を舞い、床に叩きつけられる澄人。しかしすぐに受け身をとって状態を立て直し、再びアインとの距離を無に変える。
次は左拳。アインの顔面を的確に狙った一撃だ。
それも腕に弾かれることで無効化され、澄人の足元がフラつく。
アインはその隙を見逃さない。膝を勢いよく突き上げることで腹部に強打を喰らわせる。背中へと衝撃が伝わり、思わず澄人は唾液をまき散らした。
「キ、ツ」
噎せながらもなんとか飛び退くことで後退。アインと距離を取りつつ呼吸を落ち着け、構えを崩さぬ相手を睨みつけた。
ここまで澄人が勝ち上がってきたのは、〝戦場をくぐり抜けた〟ことから生まれる経験という力と、純粋な力の暴力だ。
しかし、それで勝てる相手ではない。その自覚が澄人にはあった。
……しかしどうするべきか、なんてらしくもなく思考を回しても、打開策は生んでくれない。
「攻撃は当たらない。受け流されておしまいだ。気に食わねぇ……俺には、これしかわからない」
なら、簡単なことじゃないか。
「当たるまで繰り返す! 試行数の暴力と俺の粘り強さを思い知れ!」
再度、跳ぶ。次は強烈な回し蹴りだった。
風を裂き、音まで纏う回し蹴り。常人なら骨の一本でも持っていかれるだろうソレを、アインは手のひらで脹脛を突き上げるだけで対処する。
逸れた足は明後日の方向へ。自然と蹴りが外れた澄人の背中はガラ空きになり、そこに駄目押しの拳が放たれた。
ミシリ、と音を立てる背骨。一瞬飛ぶ意識。
床を跳ねる衝撃に助けられて意識をたぐり、床を転がりながらすっかり離れたアインを見つめる。
「くそ、強えな……」
圧倒的だ。圧倒的だった。到底敵わない。敵わないのはわかっている、けれど────
◇◆◇
七月二十四日。
あの時、あの後。校長室での一件を後にしたアインはシェルターに向かって。
そこで見たのは地獄絵図であった。
血の色で染め上げられた一室。そのど真ん中には叫びを上げ、地面に倒れこむ化音澄人の姿があった。
あちこちに転がっているのは死体だ。
どれも悪趣味に殺されたソレは異彩感を放ち、吐き気を催す。
ソレを見て、アインが抱いた感情は怒りでも憎悪でも嫌悪でもない。
ただただ、〝殺さなくては〟という感情────それだけであった。
使命感すらも感じるその感情。それをなんとか抑え込み、拳を強く握り締める。
仮にも同じ学校の生徒だ。殺してしまっては、後の祓魔師人生に亀裂を生んでしまう。
殺したい。殺す。殺すべきだ。殺してやる。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
何度も何度も繰り返し、心の中で吐き出すだけでなんとか今まで解消してきた。
けれど、それも今日までだ。
────とうとう、チャンスが巡ってきた。アインは、その口元に笑みを浮かべる。
まるで目当てのものを手に入れた子供のような。純粋で、酷く歪な笑みを。
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