第31話 『姉弟』

「……すっごいなぁ」

 強い日差しに焼かれながら、宮咲みやさき 優斗ゆうとはひとり呟く。

 鼓膜を揺するのは蝉の合唱より大きな客寄せの声。文化祭というもの参加したことない優斗はどこもこんな感じなんだろうか、と小首を傾げるが恐らく違う。なんというか、気合の入れ方がおかしいというか。客を巡って喧嘩でも始めそうである。

 通り過ぎる生徒たちに色々なチラシを押し付けられながらも、校門前で佇む優斗。なにやら定期的に視線を巡らせていて、誰かと待ち合わせしているような。

「おーい、優斗!」

 ふと、そんな優斗を呼ぶ声がした。

 客の波を掻き分けてこちらに歩み寄ってくるのは、優斗のよく見知った顔。むしろ顔を見ない日の方が少なかった姉────宮咲 白雪だ。

「あ、姉ちゃん…………姉、ちゃん?」

 呼ぶ声に応え手を振るが、名前を呼ぶ声が疑問形になるのも仕方あるまい。

 よく見知った顔。よく見知った顔なのだが、別人のような……というかあまり身内として隣を歩きたくないというか。

 姿を現した白雪はメイド服を身に纏い、左手にはたこ焼き。口元にソースをつけながら浮かべる笑みは、楽しそうなのだがなかなかに混沌としているというか、なんというか。

「久しぶりだね、優斗」

「久しぶりって言ったってまだ一週間くらいしか経ってないよ」

「毎日顔合わせてた頃に比べたら久しぶり、だよ」

 言いながら、白雪の口元を拭ってやる。

 さて、何処から突っ込むべきだろうか。少し見ないうちにただでさえ多かったツッコミ所が増えている姉に、思わず苦笑とため息をひとつ。

「な、何さ優斗。急にそんな顔して」

「いーや。それで姉ちゃん、なんでメイド服なの?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 優斗の質問からノータイムで偉そうに仰け反る白雪。それでも左手のたこ焼きを落とすことなく、器用に手の角度を変えてるんだからちゃっかりしている。

「なんと、アタシの組の出し物はメイド喫茶なのでした!」

「……いや、見ればわかるけど。あと提案者は姉ちゃんでしょ?」

「さ、流石……そこまでバレるなんて」

 仰け反っていた背中を戻し、苦笑を浮かべる白雪。頰を指先でかくその表情は楽しげで、ほんの少し間抜けさ────放っておけないと思う面が増した気がする。

 とはいえ、平和に毎日を満喫しているということだろう。別の普通校へ入学した優斗としては、姉が離れた場所でも平和に暮らしている、というのはとても嬉しいことであって。


「楽しそうだね、姉ちゃん。良かった」


 思わず、安堵の笑みを浮かべた。

 呆気にとられたように白雪はまばたきを繰り返し、一瞬笑みを浮かべる。が、しかし、

「そういう優斗はどうなの。学校、どう? いじめられたりしてない?」

 すぐにその笑みは歪み、眉がハの字に寄せられた。

「大丈夫だよ、なにも困ったことなんてないさ。むしろ僕としては、心配性すぎる姉ちゃんの方がすこーし困るくらい」

「なっ……はいはい、そーですかそーですか」

 対して呆れ気味に優斗は言うと、白雪のたこ焼きをひとつつまんだ。


 ────僕も、育成学校に入学させてくれれば良かったのに。


 ここ数週間抱き続けている文句をたこ焼きと共に嚥下する。

 祓魔師育成学校極東第二支部────そこへ入学する条件は、基本、年齢が十六歳以上であり、高校へと入学できる資格があることが必須事項となっている。

 だが一部例外も認められていて、両親が居ない、家がない等や妖術魔術等でトラブルを抱えている場合、補欠生徒としての入学が認められている。

 補欠生徒は上記の入学条件に至るまでの訓練が義務付けられているが、妖術や魔術の問題を抱えながら普通の学校で生活したり、天涯孤独でなんの意味もなく生きていくよりはマシだ、というのが世間的な認識だ。しかし、


『ダメ。優斗は普通の学校に行って』


 あの事件が解決して、優斗たちが自由を手に入れたあの日。

 自分も育成学校に入学する、と言った優斗に、白雪はそう言い放った。

 何でだ。意地悪だ────なんて、言うほど優斗は子供ではない。

 白雪のその言葉が、他ならぬ自分のために言われたことはわかっている。だからこそこう、複雑な気持ちになっているわけで。

 姉の白雪とは違って自分に流れる妖怪の血はひどく薄い。妖術を使って高めようにもそもそもソレが使えるまでに達しておらず、それこそなにも言わなければ普通の人間と同然だ。

 故に、普通の学校に通って、普通の生活を送るのが一番良い。そんなのはわかっているけれど、できれば白雪と同じ学校が良かった────同じ場所に立ち、同じ景色を見たかった。なんて、複雑な感情。

「で、何処から回ろうか。何見たい? 地図、あるよ!」

「何で僕以上にウキワクしてるの……」

 しかしそんな感情も、白雪の楽しそうな笑顔に鳴りを潜める。

 確かに白雪ひとりでは不安だし、心配で心配で仕方ないけれど。


『友達ができたんだ。すっごく、いい人たち』


 そう語った白雪の顔は、とてもイキイキしていて。

 僕なんていらないかもなぁ、なんて。らしくないが、思ったことを覚えている。




 たこ焼きに焼きそば。お好み焼き、焼き鳥、綿あめ。

 とりあえずお腹が空いたから、という優斗の言葉に、食べ物の屋台を見て回る。

 学園祭ではなく、まるで夏祭りのようだった。流石、楓町で一番のイベント、とまで言われるだけある。様々な鼻腔をくすぐる食べ物の香りを追うだけでもかなり楽しめた。

 食べ物類の屋台はグラウンドに集中していて、そこはまさしく激戦区となっている。

 声を上げる店員の生徒たちも必死で、見て回るお客達も何処が一番美味しそうか、と見比べるので必死。全員が全員一丸となって楽しんでいるようで、見ているだけでも微笑ましい。が、しかし、

「……どれも美味しそうだな。何にしよう」

「いっそ全部買うとか」

「姉ちゃんそんなに食べきれないでしょ……」

「や、そうなんだけど」

 ここまで数があれば本格的に迷うというものである。

 変わらず屋台を見比べて視線を巡らせていると、ふと、人だかりが目に入る。

 屋台の周りを徘徊しているものとは別だ。人だかりはグラウンドの端っこに設けられた特設ステージ────確か名前は第二ステージだったか────の周りにできており、何やら興奮気味に声を上げている。

「姉ちゃん、アレ何?」

「んー? ……知らないな。なんだろ、アレ。第二ステージなんて目立ったことしなかったと思ったけど……先生達のライブもメインステージの方だったろうし」

 メインステージというのは校門付近にでん、と構えていた物だとさっき地図を確認した優斗は記憶している。

 なら、彼処では何をしてるんだ? と。興味深げに眺めていると、


「あ、あれ? アレ澄人じゃ……」


 ステージの上で右手を高々にあげる男の名を、白雪は苦笑まじりに呼んだのだった。


 ◇◆◇


『っさぁゲリラ的に開催された祓魔師育成学校最強決定戦! 現在澄人選手は五人抜き! 妖力を使わぬルールだとしても、この男に敵うものは居ないのかー!?』

 涼子のハイテンションな実況が響き、ステージの上で澄人がため息を吐く。

 なんだかんだで乗せられてしまった澄人は、ノリでステージに上がってきた生徒────そのことごとくを打ち負かしていた。

 ……いや、澄人本人も予想外というものである。流石に自分より強い奴ばかりだろう、なんて思っていたものだがを現実というのはわからないもんだ。

 ちなみにステージ端には保健室のアイドル(自称)こと藍那が控えていて、怪我の心配もいらない。

「……一回戦ったら終わってくれると思ったんだけどねぇ」

『いいえ現実はそう甘くはありません! 育成学校学食一年無料券を掲げて、何故あなたを対戦相手に担ぎ上げたのかわかってないでしょう?』

「……一応聞いておこう。何でだ?」

『名前がそこそこ有名で一番「あっ、俺/私でも勝てるかも?」ってなりそうな人だからですよ!!』

「このアマ……」

 さぁ疲れ始めた頃ですよー!! なんてちゃっかり次の対戦相手を募集し始めた涼子に、澄人は引きつった笑みを浮かべる。

 流石に疲れてきた……が、ここで手を抜いて負けるわけにもいかない。メイド服を着るだとかそんな羞恥プレイはごめんだ。

 それだったら対戦相手が出てこなくなるまで戦うのみ────いっそ飯のタダ券までもらってしまおう、という魂胆だ。

 軽く屈伸運動を繰り返し、やんわりと足にたまった乳酸菌を押し出していく。ステージの上から見る客の群れにももう慣れたもので、冷静に誰が見ているのか考えられるようにもなっていた。


 ────そして向けられるのは、純粋な好意の視線。


 否定的な、悪意的な視線こそは今まで幾度も向けられることがあったのだが、こんな視線を向けられるのは初めてだった。

 観客の全員が澄人のことを怖がることなく、貶すことなく、逃げることなく、口々に「すげー」や「つえー」などと呟いている。

 もしやこれも涼子の狙いなのでは? とは思わないでもないが。考えすぎということでその思考は頭の隅に追いやる。

『さぁ、さぁさぁチャレンジャーは居ませんか!? このままでは育成学校最強は澄人選手に決まってしまいますよー!! あと食券も澄人選手の手にィ!』

 未だ煽るような、マイク越しの涼子の声。

 静まることない歓声の中、


「……ふむ、そうか。ではオレが出よう」


 涼子の言葉に、応える声がした。

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