第30話 『メイドイン恵』

『っさぁそれではこれより、第一回祓魔師育成学校極東第二支部、文化祭を開始いたしまーす! みっなさーん、楽しんでくださいネ♡』

 ヤケにハイテンションなアナウンスが流れ、立て続けに校内で歓声が上がる。

 祓魔師育成学校極東第二支部。初の文化祭だ。

 客引きの声は互いの客を取り合うが如く飛び交い、お客である楓町の住民はその迫力に思わず苦笑を浮かべている。

「……いやぁ、すげー迫力。なんつーか、必死だ」

 そしてまた澄人も、廊下で苦笑するうちのひとりであった。

 澄人たちにてがわれた第六教室────今やメイド喫茶へと変貌を遂げたそこの前で、澄人はひとり腕を組み、呆然と他のグループを眺めている。

 澄人たちのメイド喫茶のご近所さんといえば、お化け屋敷にかき氷屋、ポップコーン屋。既に澄人の手にはご近所さんのポップコーンが入ったカップが握られていて、のり塩味に舌鼓を打っている。

 別に文化祭が乗り気でないわけではない。だがしかし、予想以上の迫力に押されているというか。

「なんですかなんですか澄人選手。客引きに参加しない、と?」

 そんな澄人を煽る声がした。

 ちらり、と視線を肩越しに背後にくれてやる。途端、視線がガッチリと絡み合ったのは奇妙な集団だった。

 ホームビデオ越しに澄人を見つめる少女と、マイクを持ったハイテンションな少女。それからカンペ────と思われるもの────を手に持ち佇む少女だ。カンペの子はホームビデオの子と同じような雰囲気を漂わせていて、姉妹か? なんて澄人は小首を傾げた。

 ついさっきの煽るような声は、どうやらマイクを持ったハイテンション女から放たれたものらしい。

「えーっと……君たちは?」

「なっ、なななっ!! わたしたちをご存じない!? ショックです……わたし、とてもショック……」

 澄人の小首を傾げながらのひとことに、ハイテンション女はマイク片手に項垂れる。しかしそんなのも束の間、一気に調子を取り戻すように顔を上げ爛々と目を輝かせると、澄人にずずぃ、と寄った。顔が近い。

「聞いて驚け見て驚け! 遠いものは目糞鼻糞かっぽじり、しかとその目、耳にやきつけよ!」

「汚ねえ口上だな……」

 澄人の茶々はものともしない。ハイテンション女は口上を唄い続け、ビシッと澄人に指を突きつける。

「我は祓魔師育成学校二年第八班、そして放送委員委員長、小島こじま 涼子りょうこ! もう覚えましたね!」

「…………」

 廊下に流れる微妙な空気。確かにインパクトは強いし名前も覚えたのだが、

「あ、あとカメラを持ってる無口な子が松白まつしろ さきで、カンペの子が美樹みきです。双子です」

「自分以外は紹介雑かよ……」

 なんというかまぁツッコミどころが多く、上下するテンションに正直ついていけない。

 紹介を受けた咲、美樹が順に頭を下げ、数秒微妙な空気が流れる。同時に何やら涼子が片手を挙げ、

「はいカメラ止めろー。これ以上録画しても多分面白くないから」

「ほんとお前の落差なんなの?」

 突然浮かべていた────否、貼り付けられていた笑顔が落ち、ため息が漏れた。

 同時に胡散臭かった(澄人談)敬語も何処かへと消え、口調が崩れていく。

「いや、落差ってーか切り替えだよ、切り替え。わたしはスクープ、面白いことにしかキョーミないの。ここにとりあえずきた理由は、現在祓魔師育成学校で一番の戦歴を叩き出してるキミを、カメラに収めたかっただけ。つまりは取れ高よ取れ高!!」

「…………」

 とうとう澄人はツッコミを放棄して、大きくため息をひとつ。まあ騒がしいのが静まってくれるのならそれに越したことはない。とりあえず現実から目を逸らすべくメイド喫茶に目を向けたのだが。


「あら、澄人くんはメイド服着ないんですか?」


 背後から聞こえた、よーく見知った声。

 ギギギ、と音まで聞こえてきそうな鈍い動きで背後に振り返ってやると、そこにはエプロン姿ではなく私服を身に纏った新川 恵が居た。

 服装はと言えば、白いノースリーブのニットに紺のスカート。他に目につくものは肩からぶら下げられた茶色い、小さな革の鞄だろうか。

 いつもとは違う、なんとなく大人っぽい恵に澄人は思わず息を飲む。

 言葉を返せずにいる澄人に恵は小首を傾げ、いつもの柔らかい笑みを浮かべながら問いかけた。

「どうしたんですか、澄人くん。いつもはもーっと口が軽かったと思ったんだけど」

「ああいや、いつもと格好が違ったから驚いた。克己は一緒に来てないんですか?」

「克己? 克己はグラウンドにたこ焼き買わせに行かせました」

 サラッと笑みのまま克己をパシッた事実が告げられた。澄人の脳裏には思わずパシらされる克己が過ぎり、弟は姉に逆らえない厳しい現実リアルにそっと黙祷。克己が恵に勝てる日は来るのだろうか。

「で、で、で。澄人くんはメイド服、着ないんですか? 先生期待してるんだけどなー? 似合うと思うんだけどなー?」

 話を逸らせたか、なんで思ったがそんなことはない。すぐに恵は両手を合わせながらゴマをすり、澄人との距離をじわり、じわりと詰めていく。

「いや着ませんよ……むしろなんで俺が着ると思ったんですか」

「克己が言ってたから?」

「あいつ後で絶対殺す」

 どうやら恵の根拠のない謎の期待は克己のホラから来てるらしい。澄人は拳を握りながら出会い頭に絶対一発殴ることを心に決めて、詰め寄る恵から距離を取った。

「……で、着ないんですか? 絶対似合いますよ澄人くん」

「着ません」

「可愛いと思うんだけどなぁ……」

「可愛くないです」

「いやいや、絶対可愛いって────」

 会話を交えながらも続く攻防戦。距離を詰められては離し、詰められては離し、と繰り返しているところで、


「────食べちゃいたいくらいに」


 冗談とも本気とも取れない恵の言葉に、澄人の背筋がぞくりと震えた。

 同時に高鳴る胸。視界に映る艶かしい唇は舌に舐め上げられ、本当に、言葉通りに食われてしまうんではないか、なんて錯覚に襲われる。

 唇から視界を上げれば楽しそうな、いつもの恵の笑みが見えてその背後には引きつった笑みを浮かべた天音が見えて一瞬にして澄人は現実に回帰した。この間二秒。


「ずぅぅぅいぶんと楽しそうですね二人とも。客寄せも放棄して教室の前で桃色な雰囲気を漂わせるだなんて、なにか良いことでもあったんです、カ?」

「やばい、これ割と本気で怒ってる時の天音だ────!?」


 思わず勢い良く、まさしく脱兎のごとく戦線から離脱を図る澄人。しかし勢い良く跳んだ背後には美樹、咲の姿が。避けて通ればそこには人混み────まさしく、打つ手なし。澄人の逃げの一手は完璧に阻止されたことになる。

「なんで逃げるんですか澄人くん。なんかやましいことでもあるんですか澄人くん。ほら吐いて楽になれよクソ猫」

「いや逃げるよね怖いよね背後から立ち込めてるの殺意だよね俺これ殺されるよね!? というかまだいたのか放送委員トリオそこを退け!!」

 叫ぶ澄人と天音の距離は埋まっていく。ついでに天音の背後には楽しそうな、『計算通り』とでも言いたげな恵の姿。恵に文句のひとつでも言ってやりたいのだがここで恵を構うのは逆効果だと見た。

「………………で、いったいなんの話をしていたんですか、恵さん? すごーーーーーく楽しそうでしたけど」

「澄人くんにメイド服を着せるって話してた」

「すごーい! それは名案ですね! 客寄せもできないお友達にはなかなか良いお仕置きじゃないですか!!」

 澄人の笑顔が一気に引きつる。


 ────マズい、この二人に手を組ませてしまった。このまま話が進むとマズいぞ。


 ガンガンと警報の鐘を鳴らす本能に従い、打開策を練るべく高速で頭を回転させる。

 何か、何か、何かないか。連中が何か話を前に進める前に、何か打開策を捻り出さなくては……!!

「っさぁ、さぁさぁ始まりました祓魔師育成学校二年第六班の修羅場展開! もうひとりのチームメイト、宮咲 白雪選手がここに居ないのが残念ではありますが、この小島 涼子、今年一番の取れ高を記録しております!!」

 そんな思考をかき乱すのは涼子の謎の実況。いつの間にやらカメラは再び回り始めていたらしく、ノリノリで涼子は実況を続け、天音たちを焚き付けていく。

「おいこら小島!! ちょっと今は状況が悪化しそうだから黙っててくれない!?」

「おーっと、おっとっと? 良いんですか澄人選手、わたしにそーんな口の利き方をして。わたしは今、この状況の、打開策を握っているというのに」

「なん……だと……?」

 涼子を怒鳴りつけた澄人だが、続けざまに放たれた言葉に、澄人は掌を返し黙り込んだ。

 途端涼子は嫌な笑みを浮かべて恵と天音の視線までも集めると、懐から何か紙切れを取り出し、声高々に叫ぶ。

「ここに御座いますは、この後開かれる『祓魔師育成学校極東第二支部最強決定戦』の参加チケット!! どーです? もしここで澄人選手が優勝できなければメイド服、優勝すればメイド服免除、というのは。なかなかに面白いでしょう?」

 面白いでしょう? と聞かれても。思わず応えることなく黙り込み、なんとも言えない感情に口元を歪める澄人。そんな澄人を差し置いて一番に声をあげたのは天音だった。

「……面白いですね、乗りました」

「いや、俺やるとは言ってないんだけど……」

 澄人の異論も知らんフリ。視界にすら澄人を入れることなく、涼子が差し出した参加券を見つめていた。

 変わらず口元を歪める澄人。無理に決まってる、と否定しかけたのだが、

「あらあらぁ? 怖いんですか澄人選手。怖いんですか? 怖いんですね?」

「んなわけあるか怖くねぇよやってやる」

 こんな簡単な挑発にすら乗ってしまうあたり、単純極まりない。

 澄人たちの、初の文化祭。楽しくも賑やかでもあるのだが、思わぬ方向へと進んで言ってしまうのだった。

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