第27話 『その視線は』

 祓魔師育成学校、地下一階。地上の音も光も届かぬそこに、乾いた足音が響く。

 鉄の檻とぼんやりとした人影────それから、牢獄。それだけがこの階層の全てだった。育成学校の生徒が捕まえた犯人を警察に引き渡すまでそこに隔離し、捉えておくための場所だ。

 本来六人まで捉えておけるそこには、今はひとりだけ。

 氷でできた手枷を嵌められ、ただただ壁を眺めるだけの男────名を、奥里 宗次郎。祓魔師育成学校校長暗殺事案を起こした張本人だ。

「なんだよ、また来たのか宮咲ィ。昨日も話した通りな……」

 聞こえて来た足音に、ため息まじりに奥里はだらだらと吐き捨てる。しかし檻の目の前まで歩いて来た人影に目を丸くして、薄い笑みを浮かべた。

「あーら、人違いかよ。なんだ、なんか用か?」

 淡い明かりに照らされて現れたのは、思い浮かべる制服を着た黒髪の少女ではなく金髪の男。

 後ろ髪を背中まで伸ばし、それをひとつに結わえている男だ。顔には不機嫌さ溢れる表情を貼り付けていて、奥里を睨みつけている。

「貴様、『クスリ』を所持していたらしいな。何処からそんなもの手に入れた?」

「おいおい、名乗らずにいきなり本題か。失礼なやつだな」

「……貴様のようなロクデナシに名乗るほど、オレの名前は安くない」

「へいへい、そうかよ」

 金髪の生徒の冷たい態度に、奥里はもうひとつため息。ため息に対して返されたのは舌打ちのみで、いよいよコイツとは相性が悪いらしい、と首を鳴らした。

「昨日も別のヤツに話したけど、誰にもらったかとかそういう記憶はねーよ」

「ホントに記憶にないのか? 思い出せ。記憶操作、催眠の類は何かを思い出す────引っ掛かりを感じるだけで案外解けるものだ。貴様の足らない頭でもそれくらいできるはずだろう!」

 焦ったような、荒げた声が辺りに響く。

 生徒の拳は強く握られ、視線に籠っているのは殺意だった。ただならぬ質量のソレを目の当たりにして奥里は苦笑を浮かべ、やれやれと首を横に振る。

「何でそんなに必死になってんだよ、オマエ。もう少し落ち着いたらどうだ?」

「────ッ、落ち着いて居られるか。貴様が思い出すだけで、ただそれだけで犯罪者のひとりを捕まえられるんだぞ!? 妖怪も、犯罪者も、この世から全てなくさなくちゃならない!!」

 握られた拳は鉄格子へと叩きつけられた。声と同様荒げられた息と、鉄格子が奏でる騒音。それだけが鼓膜を揺らし、諦めたように生徒は踵を返す。

「おいおい、そんな思い詰めてると擦り切れちまうぜ?」

「余計なお世話だ。なんでこんな奴を長い間育成学校ココに置いておかねばならんのだ……だからクスリは嫌なんだ。クソ」


 早足に立ち去り、階段を登り始めた少年────アイン・ヴァームレスは一体何を思うのか。

 浮かべる表情はただただ、ひたすらの怒り。奥歯は強く噛み締められ、視線はまだ見ぬ敵を、倒すべき敵を睨み付けている。


 ◇◆◇


「身体ベタベタする……マジに気持ち悪ィ」

「ご、ごめんて澄人、天音ちゃん……」

 ボヤきながら楓町商店街を歩く澄人と、その隣を顔をしかめながら無言で歩いていく天音。二人を見ながら謝り倒す声は白雪のもので、頭を下げすぎて髪はボサボサに乱れていた。

「……流石に不注意でしたよ、白雪ちゃん。もう怒り疲れましたし、何か言うつもりはありませんが」

 吐き出される天音のため息。怒り疲れた、と言う単語から先程の地獄────一時間半に渡る天音の説教。文化祭当日は白雪には客寄せしか任せられない、と決定した瞬間である────を思い出したのか身震いをして、白雪の笑みが引きつった。

「まぁともあれ、やることなくて暇な時間にひとっ風呂浴びれるのはいいんじゃねぇかな。罪の味ってやつよ」

「そうそう、罪の味! すごくいいと思うの」

「白雪は少し反省しような?」

 澄人の助け舟に乗る形で白雪が調子を取り戻すが、澄人に冷たい目線で見られる形で再びテンションが冷え込む。どうも現在白雪の味方は居ないらしい。仕方がないことではあるが。

 口をもごもごと歪ませて反省する白雪を眺め、苦笑を浮かべる澄人。そんな澄人の肩を、誰かが叩いた。

「よぅ、澄人。こんなとこで何してんだ、サボりか?」

 振り向けばよく見知った顔。親しげに笑みを浮かべるのは、新川克己だった。澄人が振り向いたのと同時に掌に違和感を覚えたのか眉間にしわを寄せ、

「おう、克己。……サボりではねぇよ、ここのおバカさんが俺に頭からコーヒーやらパンケーキやらぶっかけやがったからな、銭湯に向かうとこだよ」

「ああ、なるほど……」

 合点がいったのか思わず苦笑。当の白雪は肩をビクッと跳ねさせ、軽く澄人の背中を軽く小突いた。

「パンケーキにコーヒーってーと、文化祭の準備か。お前らは何やんの?」

「メイド喫茶です。澄人くんがメイド服を着て、『お帰りなさい、ご主人様♡』してくれるんで期待しておいてくださいね」

「お、そいつは期待だ。行かねぇとな」

「サラッと嘘ついてシレッと信じてんじゃねぇよやるわけねぇだろ!?」

 克己と天音が澄人をいじり、澄人が怒鳴って白雪が吹き出す。平和な光景でとても暖かいのだが、みんなが笑顔なのはいいことなのだが自分が餌にされるのは解せない澄人である。澄人が揶揄う側に回れる日はいつだろうか。

 数秒笑い声が辺りに響き、澄人は長くため息を吐く。克己が落ち着いたのを見計らって、ふと疑問を投げかけた。

「そういや、そういう克己はここで何してんだよ。暇なのか?」

「暇じゃねー……って言いたいとこだけど暇なんだよなぁ。今日はもう講義もねーし極潰死に行ったんだけど、大将に『たまには姉さんとゆっくり過ごしてこい』だとか言われてな。つっても姉ちゃんまだ仕事中だし、どう時間潰すか迷ってたんだよ」

 大学生は意外と暇なんだ、と付け足す克己に、澄人は呑気なもんだとため息を吐く。

 そういえばここから極潰死はかなり近く、帰りに澄人たちを見かけて声をかけたという形だろう。克己の表情からは、暇すぎて気だるさまでもが滲み出ていた。

「……じゃあなに、銭湯一緒に来るか? 男湯ひとりじゃ退屈だし」

「そりゃあ名案だ。名案だけども、その哀れみの視線を向けるのはやめてくれ」

 ご機嫌な様子で手を叩き、澄人と肩を組みながら歩き出す克己。それを見る視線はとても冷たくて。


 毎日ひとりずつ幼稚園児を誘拐するほど暇なんだものな、と。澄人は思ったのだが、あえて言葉を飲み込んだ。

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