第26話 『後輩と宙を舞う円板』

「……あれ、それでなんて言ったんだっけ?」

 スラスラと語られていく過去。澄人の話し方が上手いのか、はたまた白雪が聞き上手なのか。話にのめり込んでいた空気が途端に崩れ、思わず白雪と天音がずっこける。天音はジト目で澄人を睨みつけたのだが、図太い澄人は気にしない。

「忘れたんですか、澄人くん。自分で言ったことなのに」

「いや、すまん……俺も妖力使ってたしちょっと記憶飛んだのかもわからん」

「ホント仕方ない人ですね、澄人くんは……まあ、ともあれ」

 大きくため息をひとつ。澄人から白雪に視線を移し、しばらく見つめ合った。

「私たちは問題を起こした班です。今も変わらず、白い目で見られることが多々ある。澄人くんが動き回って、功績を残したとしてもです。しかも、二人とも半妖……私たちと一緒にいると、どうなるかわからない。何があるかわからない。それでも、私たちと、一緒に来ますか?」

 言葉の終わりと同時に、目線が俯く。答えを待つ天音の肩は震え、拳が強く握られていた。

 澄人は何も語らず、白雪をじっと見つめている。澄人もほんの少し怖いのは一緒だ。しかし白雪のことを本当に大切に思ってるからこそ、面倒ごとに巻き込むのは嫌だ。

 しかし一言『班から抜けてくれ』と言えないのが二人の臆病なところだろうか。それがわかっていてか白雪は、


「……いや、なんでそんなこと今更聞くの?」


 大きくため息を吐き、目を細めて二人を睨みつけた。

 不器用な連中だと思う。奴隷にとられていた自分の方が人間関係に器用なのはどういうことかとも。

「なんでって、そりゃあ……育成学校にいるなら、こんな面倒な班にいなくとも」

「いやいやいや。アタシ、育成学校に入りたかったわけじゃなくて澄人たちの仲間になりたかっただけ。本気で平和を願う二人と、一緒になりたかっただけだよ? なのになんで、たかが昔に問題を起こしたってだけで仲間やめなくちゃいけないのさ」

 言ってしまえば、そんな問題どうってことない。なぜ二人はそんなこと気にしているのだろうか。

 色々な言葉がこみ上げる。どう何を言えばいいのかわからない。

 数秒の沈黙。挙句白雪の口から出た言葉は、


「馬鹿じゃないの?」


 という、端的な言葉で。

 澄人と天音は安堵する。後になって見捨てられる恐怖を知っていて、ソレを恐れていたが故に。最後になって裏切られるのなら、今のうちに離れておいて欲しいなんて思っていた自分たちが恥ずかしくて。

 同時に、白雪は少しだけ寂しかった。

 自分はそんなに信用がなかったのかなぁ、と。そりゃあ、最初から付き合ってきた仲間に比べれば怖いのはわかっている。

 でもだからこそ、二人とのこの溝を埋めなければ、と。改めて拳を握り、決意する。

 あとは笑い声が響き、誕生会は平和に終わった。

 そして次の日、文化祭準備────最後の日。


 ◇◆◇


 教室を見渡してやると、もう既に殆どの準備が終わっていた。

 部屋の中央に並んでいたはずの机たちは、綺麗に一人席、二人席、四人席と別けられ。その上にはピンク色のシーツが被せられ、窓から入り込む風になびいている。

 机の目の前でドヤ顔を浮かべるのは白雪の仲間達の半妖だ。未だに名前を覚えきれていない澄人は右手を挙げてお礼を零すだけに留め、そしてメニューに目をやる。

 メニューには様々な料理が並んでいる。しかも写真付きで、なかなかの高クオリティ。

 ……ページの端っこにぐだねこがだらぁん、と居座っていたりとか、『オススメ♡』のような文字が足されているあたりは文化祭クオリティといったところか。前者の犯人はおそらく天音。いや、十中八九天音とみた。

 ここに書かれているメニューは全て、値段は決まっているらしい。試食会もあとほんの一時間で行えるらしく、いよいよ澄人は仕事がなくなってしまった。

 設置されている四人席に腰を下ろし、長く息を吐く。天井をぬぼーっと眺めることで暇を潰していると、


「暇そーっすね、澄人センパイ?」


 メガネをかけた少女がぬらり、と。視界に映り込んだ。

 栗色の髪が特徴的な少女。短く切りそろえられた髪は癖っ毛なのか外に跳ね返り、前髪は戦闘時の澄人のようにカチューシャで上にまとめられ、ほんの少し広いデコに思わず視線が吸い寄せられる。

 瞬きを数度繰り返し、上体を起こす。椅子を整えて付き合ってやると、メガネの少女は苦笑を浮かべた。

「誰だお前、って顔っすね?」

「ああいや、すまん。ここにいた人だってのは覚えてるんだけど」

 少女につられるように苦笑を浮かべ、白状された言葉に少女は短くため息を吐き、人差し指を澄人の額に突きつける。

「急に仲間が増えたから仕方ないっすけど、ちゃんと覚えてくださいね。第三班所属、板花いたはな 冬香とうかっす。誕生日は十一月の二十日。年は十六で、本来はセンパイの一個下っすけど、学年は同じ二年っすよ」

 第三班、という言葉に思わず頷き、思い返せばアイン達とはちゃんと関わってなかったなと澄人は苦笑を浮かべる。覚えていないのも無理はない。

 年齢の話や誕生日の話を矢継ぎ早に投げられ、情報の処理に戸惑っていると少女────改め、冬香がしたり顔を浮かべた。

「名前覚えてくれてなかった仕返しっすよ。ちゃーんと全部覚えてくださいね!」

「どこの所属かと名前しか覚えてねえ」

「一番インパクトのあるはずの学年は何処いずこへ!! アインさんが言ってた通り、ホント中途半端な記憶力してるんすね……」

 したり顔が一転、むすっとした不機嫌そうなソレへ。何だか表情が豊かな子だ、というのは澄人の評価だ。

「……っつか、くだんのアインは何処に? アイツ、俺がこっちきてから一回も見かけてないぞ」

「目の前の女の子よりライバルキャラっすかそーっすか……アインさんなら、今日も依頼っすよ。文化祭なんかにかまけていられない、とかなんとか」

「ああ、そう……」

 言われて、思わずアインの表情を浮かべる。確かにアインは冷たい目で、『文化祭……? ハッ』とか鼻で笑いそうだなあ、とか。

 しかし居ないものは致し方ない。ここの文化祭は強制参加でもなし、出席しなければ卒業できないなんてこともない。

 ほんの少し、残念に思う澄人だ。文化祭なんてものは、その時にしか楽しめないというのに。

「高校生の文化祭、楽しまなきゃ損なんすけどね。すこーしだけ、寂しいっす」

 静かに遠くを見つめていた冬香はため息を吐き、澄人と同じく苦笑する。


「……あの人は、何を思ってあそこまで」


 ここにはいない彼に、投げかけるような言葉。情けない声音で放たれたソレを聞き取ろうとして、


「あっ、ごめん澄人!?」

「あ゛ぁ゛!?」


 頭から熱い液体、どろりとした感覚、柔らかい何かを一斉に浴びて、二人の会話は中断される。

 床から思わず転げ落ち、足の周りに転がっているのはコーヒーカップやホットケーキの残骸の数々。

 目の前で佇んでいる白雪は気まずそうに引きつった笑みを浮かべていて、横には澄人と同じくいろんなものを被った天音の姿。


「……白雪ちゃん?」

「ごめん、ホント、ごめん」


 目元が陰り、表情は読み取れない。

 しかし今にもツノでも生えるんではと思わんばかりの覇気に押しつぶされ、思わず白雪はその場に正座する。

 白雪を叱りつける天音の背中はぐしょぐしょで、水色のアレが透けていたのだが……この際、何も言わないのが吉であろう。

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