第24話 『必要とされること』

 祓魔師育成学校開設は、そう遠くないことでした。

 私が中学三年生の年齢になって、冬が来て。十二月も中盤に差し掛かった頃のこと。

 その頃にはもう校舎は出来上がり、先生も確保済みで。訓練期間があるから早いほうがいい、という校長の意見で、十二月に入学式が行われました。

 桜ではなく、枯れ果てた木を眺めて。チラチラと舞い落ちる雪をバックに、大きな、真っ赤な楓の木が揺れているのはなかなか見慣れないもので思わず小首を傾げたのを覚えています。

 十二月といえば、まだ私たちは中学三年生。卒業すらしていません。

 にも関わらず、私以外にも沢山の人間が申請に訪れ、次の日から開始された訓練に参加していた時には、ほんの少し驚きました。

 家も居場所もなく、学校にも行けてない私ならまだわかる。他の人にも色々あるんだなぁ、と。

 楓町────その隣町に住んでいた私は、すぐに祓魔師育成学校の第一学生寮へと移り住みました。

 訓練づくしの日々は辛かった。だけど、実家にいるのに比べたら、全然楽で、楽しくて。


 初めて、生きている心地がしました。


 そして六月。訓練期間が無事終了して、次の日。

 生徒たちの活動班別けのために、オリエンテーションの時間が設けられました。

 自己紹介から始まり、後は仲間探しのどんちゃん騒ぎ。自己紹介は私がトップバッターで、表情が凍りつきました。

 深く息を吸って、長く吐く。立ち上がる足にはうまく力が入らず、周りの視線が痛い。

 思い返せばこの時、初めて大勢の人の前で話した瞬間でした。


「天野天音と言います。訓練期間中に気づいてる人もいるかもしれませんが、私は半妖です。人間と妖怪の混じりモノです。でも私は人間と妖怪の間に本物の平和を作るため、頑張るので……よろしく、お願いします」


 自己紹介が終わって、数秒の沈黙が流れる。

 何かマズイことを言っただろうか、と身構えたところで。

 乾いた拍手の音。まずはひとり。

 それにつられるように二人、三人と拍手は増えていき、多くの人が私を歓迎してくれました。


 認められた。私を受け入れてくれた。そのことがすごく、すごく嬉しくて。

 ニヤける頰を抑え込んでいたら、気がついたら自己紹介の時間が終わっていました。そして、


「えっと……天野さん、だよね?

「ひゃ、ひゃい!?」


 私に、声をかけてくれる人たちも居て。

 間抜けな声を上げながら振り向いた先には、男の人が三人、女の人が二人。既に気の合う仲間として集まったと思われる、五人組が居ました。

 リーダー格と思われる男が、薄い笑みを浮かべている。確か名前は、板野くん。


「よかったら、俺たちとチーム組まない? 一緒に頑張れると、嬉しいんだけど」


 自己紹介に心を打たれた。仲間にできたらいいなと思った。そう矢継ぎ早に言われ、思わず私は恥ずかしさに身動ぎ。

 しかし他に仲間にしてもらえる人もいない。いい人達そうだし、仲間にしてもらおうと。

 私は頷いて、手を取りました。


 ◇◆◇


 そこからは怒涛の日々でした。

 最初の頃は信用もなく、大きな依頼が来ることはなく。けれど、迷子の猫を探して欲しい、畑仕事の手伝いをしてほしい、など。便利屋と勘違いしたような依頼は毎日舞い込み、それをこなしているだけでも楽しかった。

 男三人、女三人で結成された六人班。みんないい人たちで、仲が良くて。時に喧嘩して、その度友情を深めていって。

 毎日が、楽しかった。同時に、


「頼んだよ、天音さん」

「……はい。貴方は、【指輪のありかを忘れてしまった】────」


 誰かに必要とされるのが、嬉しかった。

 初めて自分の妖怪としての力を生かした。誰かのために生かせるだなんて、あの時は思っても見なかった。

 誰かが私を必要としてくれている。人としての私も、妖怪としての私も。必要として、求めてくれている。

 そう、思って居たのに。


「……はぁ。疲れるよな、アイツと付き合うのも」

「そうだなぁ。なんつーか、重いっていうか」

「可愛くはあるんだけどねぇ……まぁ、所詮道具だし」

「それな。俺たちの名誉を上げるためだけの道具だよ、天音は」


 ある日、そんな会話を聞いてしまって。

 私が、初めて集合に遅れた時の会話でした。扉から覗いた仲間たちはみんな苦笑を浮かべていて、私に本気で飽き飽きしているようで。

 その時に、私はこの班を────第四班を抜けていれば、話は終わったのに。

 あろうことか私は、この人たちに依存していました。

 初めて誰かが私を求めてくれた。だから期待に応えなくちゃいけない。妖怪の私を道具として必要としているだけでもいい。名誉のための道具でもいい。だから私はこの人たちについていかなきゃ。


 この人たちしか、私を必要としてくれない。


 毎日毎日、半妖としての力を使う。

 必要とされるために、捨てられないために。必死で、毎日毎日。

 飛び出すツノから溢れる妖力は日に日に増していくようでした。体の中を流れる血液も、人間ではなく妖怪のものへと変わっていくのが手に取るようにわかる。

 夜になると体が疼いて仕方がなかった。何かを壊したい衝動に駆られて、朝になれば目の前にはボロボロになった枕が転がっていることなんて毎日のことだった。

 拳を握るたびに籠る力は強く、本来の私のソレではない。

 呼吸が荒い。視界が霞む。抑え込むだけでやっとだった。

 辛い。辛かった。それでも、みんなに見捨てられるよりはマシだと言い聞かせて、奥歯を噛み締めて、頭を左右に振って、前に。前に。


 そして、七月の二十九日。とうとうその日がやってきてしまいました。


 その日は、私の誕生日。しかし意識が常に朦朧としている私は、そんなことを気にしている暇もなく。

 起きてすぐ、体に違和感を感じて飛び起きました。


「……なん、で?」


 天邪鬼の力が、使えなくなっていたのです。

 日々の無理で体にガタがきていたのか。自分が死なないために、強制的に機能を停止されたような。


「ふざけ、ないで……どうしたらいいの。私、言えない……妖怪としての力がなくなったなんて言えない……嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァ! いらない人だって捨てられるのは嫌だ。初めてできた、私の、居場所なのに────!!」


 誰に言うわけでもなく、ただただ叫び声をあげる。

 それに誰が答えるというわけでもなく。ただただ涙を流すだけの時間が過ぎていき、そして。


「天音さん? どうかしたー? 集合に遅れるなんて、らしくないじゃんかー」


 ドアを叩く板野くんの声が聞こえて、終わりを悟りました。


 玄関の向こうには仲間がいる。その仲間に、なんで言えばいいのかわからない。

 でも力が使えないなんて隠しきれることじゃない。早めに言った方がいいんじゃないか。

 いやでも、いつかバレるとしても、長く私を必要としてくれるなら。それなら。

 でもそんなのはダメだ。自分が辛くなるだけ。罪が重なるだけ。

 正直に、言わないと。


 様々な思考が巡っているうちに、私は自ずとドアを開いていました。

 涙に濡れた私の顔を見て、板野くんが驚きに目を見開いたのを覚えています。

 周りには、他の仲間たちもいた。けれど、その他の表情を気にしている余裕もなかったんです。


「……どうしたの、天音さん?」

「わたし、わたし……妖怪の力が、使えなく、なっちゃって……」


 泣きじゃくる。涙が止まらない。

 周りの顔を見ることができない。沈黙が痛い。

 そしてその沈黙を割いたのは、


「そうか。じゃあお前は、もう要らないな」


 なんて。無情な言葉でした。


「やめて、やめて、やめて!! 捨てないで! 嫌だ、嫌だよぉ……捨てられるのは嫌だ、いやだぁ!!」


 泣きじゃくりながら、去ろうとする無様に足にしがみつく。

 ここは学生寮の廊下。そんなことも忘れて。


「うるさいな、泣き喚くのはやめろよ化け物!! まるで俺たちが悪者みたいじゃないか。お前みたいなやつに存在意義をやったんだ、感謝しろよ!!」


 天邪鬼の血から追い出された父親。私に、妖怪側に居場所はない。

 人間と妖怪の血の混じりモノ。人間側にも、私の居場所はない。


 そんな私に初めてできた居場所だった。なのにそれが、崩れていく。


「だいたい何が人間と妖怪の間の平和だよ、馬鹿馬鹿しい!! そんなこと本気で言ってるのか!?」

「やめて、捨てないで、いやだ、いや!!」


 あろうことか、私の思いすら蹴り飛ばされて。

 同時に私の体も、蹴り飛ばされて。


「やめて、いやだ、ひとりは嫌……ひとりはつらいだけ、だから……捨てないで、ください」


 それでも懇願する。

 ひとりの寂しさと怖さ、虚しさは十分知っていた。

 だから、捨てられたくないと。何度も何度も懇願する。

 そんな願いが届いたのか、板野くんは笑みを浮かべながら、舌舐めずりをひとつ。


「……わかったよ。捨てないよ。ただしお前は、道具なのは変わらない」


 そしてそんな言葉を吐き捨てて、私の襟首を引っ掴むと部屋の中に投げ込みました。

 背中を強く打って肺の空気が吐き出される。咳をすることすらも許されず、肩を押さえつけられるように床に押し倒されました。

 そして無理やりに唇を奪われ、呼吸すらも許されない。霞む意識の中で抵抗はしましたが、何故か力も入らず、抵抗にすらなっていませんでした。


「変わらず道具として、お前を飼ってやるよ」


 私の服に、板野くんの手がかかる。ボタンが外され、胸元がはだけた瞬間、












 私の中で、何かが音を立てて切れました。

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