第23話 『天野天音』
「な、な、な、……なななな、なんですか、これは」
珍しく天音の戸惑った、興奮の色をまとった声が室内に響く。
何やら毛玉のようなモノを抱き上げる天音の目はキラキラと輝き、なんと言うか新しいおもちゃを買ってもらった子供のような────ような、というか正しくソレだった。
「おまえそのキャラクター、好きだったろ? だからプレゼントに良いかなって、思って」
「────────!!」
ブンブン、と天音が何も言わずに首を上下に振る。天音の手に掲げられているものは天音の大好きなキャラクター、ぐてねこのぬいぐるみだ。
天音の上半身と同じほどの大きさを誇るソレは触ればモコモコ抱けばぬくぬく、肌触りもよく澄人ですらずっと触ってたくなるというシロモノ。脇の下に手を入れられて抱き上げられたような三毛猫デザインで、天音はソレを見上げながら口元をなんとも言えない感情で歪めている。控えめに言えばすごく嬉しそうである。
「……まさかここまで喜んでもらえるとは思わなかったけどな」
「いえ、いえ。素直に嬉しいです可愛いですぬくいですモコモコです……可愛い……ありがとうございます澄人くん」
天音、ご満悦。ぎゅっと抱きしめると頬ずりをして、続けざまにぬいぐるみの腹に顔を埋めながらの言葉だ。澄人も思わず頰が緩み、何故か笑いがこみ上げる。
そんな様子を見やる白雪は苦笑。というのも、
「いやあ、こんな光景見せられたらアタシ渡しづらい……」
まあ、プレッシャーに感じるなと言う方が無理なもので。
短くため息を吐きながらの白雪の言葉に、天音が目を丸くする。
「何故ですか? 私は白雪ちゃんからのプレゼントなら、なんでも喜びますけど」
「そうは言ってもねえ……言うなら、演奏会で拍手喝采を浴びたライバルの後に演奏するモブキャラの気持ち、というか……」
ここ数日で読み漁った澄人の漫画の中にそんなシーンもあったなあ、なんて白雪が頰を指先で軽くかいた。
しかしそんな誤魔化しも今の天音には効かない。ぬいぐるみを抱きしめつつ────頬ずりも忘れない────期待の眼差しを向けていると、とうとう折れたのか白雪がポケットから小さな紙袋を取り出した。
「……これ、アタシからのプレゼント。あまり期待しないでね!」
「白雪ちゃんがそう言うなら、そうしますが……」
ぼそりと返し、紙袋を受け取ってやる。
ピンク色の可愛らしいテープを剥がして紙袋を開いてやると、中に見えたのは同じく『ぐでねこ』のグッズ。へにゃあ、とダラけた顔のストラップだった。
「これもまた可愛い……」
ストラップパーツを指でつまんで、猫を宙に遊ばせながら熱のこもった息と共に言葉を吐き出す。感無量、と言ったところだろうか。ちなみに種類はこちらも三毛猫である。
新たな刺客に「どこにつけましょう……鞄? ケータイ?」やらボソボソと呟く天音に、白雪は恥ずかし気にケータイを突き出し、
「そ、そ、それ! アタシとお揃い、だから……色違いの……その。だから……」
尻すぼみになりながら、必死のアピール。
天音に折られたガラパゴスケータイに変わって学校から支給されたスマートフォンには、黒猫のへにゃあ、と頰を歪めた猫のストラップが。それを見た途端天音の目は再び丸くなり、嬉しそうに微笑んだ。
「はい、大事にしますね。ありがとうございます、白雪ちゃん」
「ん、うん……どういたしまして。よかった、喜んで貰えて……」
再び満足気な天音の様子に、思わず白雪は安堵のため息。胸を撫で下ろす白雪とニヤニヤと笑みを隠しきれない天音を見る澄人も、思わず笑みがこぼれた。
「……今日は私だけでなく、第六班の誕生日でもありますからね。私も何か、プレゼントでも用意しておくべきでした」
はぁ、とため息交じりの天音の言葉。
カレンダーを眺めながら遠い目をしている二人に、
「第六班の誕生日、か。そういえば第六班はどうやって集まったの? 元から友達だったとか?」
白雪がなんともなしに、質問を投げかける。
投げかけた質問が宙に解けた。沈黙だけが部屋を満たし、天音が緩く笑みを浮かべる。
「聞きたいですか? 第六班の誕生秘話」
「聞きたい、けど……この空気ってことはあまりいい思い出じゃない、んだよね? なら無理しなくても」
気を使ったような白雪の言葉を聞いて、天音が緩く首を左右に振った。
「いいえ、聞いてくださいと言ったようなものですから。私、話しておかなきゃとは思っていたので……ちようどいい機会ですし」
「そうだな。このままじゃ、話せずズルズルと機会を逃しちまう」
どこから話しましょうか、と。
天音の柔らかい声が部屋に響き、白雪は静かに息を飲む。
「あれは、去年の話。白雪ちゃんが言っていた、第一学生寮の話も絡んできます」
◇◆◇
私は妖怪と人間の間に生まれた半妖と呼ばれる存在です。
世の中では忌み子、共存による負の遺産、などと呼ばれ、世間からは爪弾きにされる存在。当然、周りからは良い目で見られたことはありませんでした。
「……あたしねー、あまねちゃんと遊ぶなっていわれちゃった」
「おれも。ぱぱがダメだって」
小さい頃は皆、事の善悪も批判も世間の目も人も妖怪も、全てが全てわからないもので。その頃はまだ良いものでした。
ですが次第に周りの扱いは悪化し、
「やだ、ちかよらないで、ばけもの!!」
「こわい、こわいよ……やだ、こないで……!!」
周りの友達たちは私を怖いものだと認識し、そして小石を投げ、手で払い、私を良くないものだと声をあげて走り回る。
初めて拒絶されたときは、胸が張り裂けそうでした。
ひとり涙を流し、公園の砂を握りしめる。爪はひび割れ、強く噛み締めた奥歯は悲鳴をあげていて。
公園にいるのがひどくつらかった。だとしても、私は家に帰ることをしなかった。何故なら、
「貴方があんな子を産んだから!!」
「最初に子供を欲しいと言ったのはお前だろ!!」
「だって、半妖が生まれる確率は半々って……」
家もまた、地獄絵図だったからです。
父は妖怪、天邪鬼の末裔。しかし人間と籍を入れると報告したところで縁を切られ、一族から締め出されてしまった男。
そして母は、なんでもない普通の人間。
二人は私が生まれるまでは平和な家族だった、と周りの家の人たちが噂しているのを聞いたことがあります。私が生まれてから、全てがおかしくなったと。
両親に近寄れば怪我をする。部屋にひとり引きこもっていれば、自分はいらない存在なのだと思考が踊る。
自害をしようと考えたこともありました。どこに居てもつらいだけ。食事をしても味もわからず、遊ぶ楽しみも味わえず、心が安らぐはずの我が家もこの調子。
私の居場所なんて何処にもない。でも私が死ねばみんな楽になる。
けれど死は怖かった。自分の手首や首筋に刃物をあてがう度、呼吸が乱れて視界がくらむんです。
死にたい。死んでしまいたい。
そう思っているのに、体が拒否をしているようで。
悩み悩んで、死ねずにただただ人生を浪費して。
学校にも行けず、14歳になった頃の話です。
私の耳に、祓魔師育成学校の話が舞い込みました。今はまだ話を通している段階ではありますが、必ず実現させる、と。
妖怪と人間の間の平和を保つための人々を育成する学校。
────ああ、これで私も生きる意味ができるかもしれない。
初めて希望が見えた気がしました。目の前の暗闇が、一気に晴れたような感覚で。
私以外にもたくさん半妖が生まれているのは知っている。なら、私のような目に会うような子は少しでも少ない方がいい。
私がそれを救えるのなら、救える存在になれるのなら。
私の力が、みんなのために生かせるのなら、と。ひとり拳を強く握りしめました。
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