第22話 『さんにんいっしょのたんじょうび』

 行き交う人。それからたまに混じる妖怪。

 色々な会話が鼓膜を揺さぶる中、二人は、

「これどう?」

「ウケ狙いすぎだろ……」

「そもそもプレゼントでウケを狙わなくて何を狙うの?」

「…………笑顔?」

「そうきたかあ」

 間抜けな会話を繰り返しつつ、あれやこれやと商品を見せ合う。

 場所はショッピングモール内の少し大きめのファンシーショップ。可愛らしい人形たちが並ぶ棚の前で、真面目に話し合う姿は非常に微笑ましいもので。

 店員も生暖かい目で見守っていたものだが、何やら痺れを切らしたのかボケとツッコミを交わし始めた辺りで店員の顔が引きつった。カップルかと思いきやお笑いコンビだったようなものだ。無理もあるまい。

 とはいえ、真剣そのものの表情の白雪と澄人。二人は天音が好きなキャラクター、ぐでねこ────ぐだぁ、とダラけた猫────のグッズが並ぶ棚の前で、右往左往しつつ言葉を交わしている。たまにそのゾーンから離れたと思ったらおもしろ商品を持ち寄って、コントを始めるのだがそれはまた別の話。

 そんなコントもネタ切れを起こしたのか、数秒沈黙が過ぎる。

 辺りにはコミカルなBGMと店員の客引きの声、それから人妖混じる会話が響き、無言に耐えかねたのか澄人が質問を投げかけた。

「そういや、優斗くんはどうしたんだよ。入学組に居なかったけど」

 質問を投げつつも、視線は未だに棚の方へ。猫がペンの尻にぐで寝しているシャーペンを見つけて、そういえば天音が持ってたな何て小声で呟きつつ応えを待つ。

「ああ、優斗? 優斗は隣町で別に暮らしてるよ。……あの子、魔術の知識はないし、半妖でもないから」

「あれ、違うのか。てっきり優斗くんも半妖だと」

 返ってきた意外な答えに、澄人が目を丸くする。横目に映った白雪の表情は苦笑で、悩ましげにほんの少しだけ唸り声をあげた。

「妖怪と人間、その間に生まれてくる子がみんながみんな半妖ってわけでもないんだって。むしろアタシ達の方が、稀なケースらしくて……でも、優斗は半妖じゃなくて良かったって、今になっても思う」

「…………」

 何処か遠い目の白雪に、澄人は何も答えない。


 ────いや、何も答えられない、だろうか。


 何を言っていいのかわからなかった。澄人には兄弟もいなければ、両親にまともな思い出もない。家族というものがわからない。

 家族、という単語からこんな思考が飛び出した自分に驚きで。澄人は目を見開いてから、口元を歪める。思ったより気にしてたんだな、だなんて。

「こうやって助かるなんて、思ってなかった。でももしも、あの奥里から解放される日が来たなら────そしたら、優斗だけなら平和な日常に戻ることができる。アタシとは、違って」

 ぺし、と。白雪は澄人の肩を柔く叩く。

「そんな顔しないで。アタシ、感謝してるけど澄人がそんな顔するようなこと、思ってないから。すっごく感謝してるし、自分が半妖じゃなければーなんてこと思ってないよ?」

「ゔっ」

「なに、図星? 澄人は考えすぎ。天音ちゃんも言ってたよー。別になに言ったって失礼だーとか言わないから」

 へらへらと笑いながら澄人の横顔を覗き込む白雪。

 その笑顔には悪戯げな色が混ざっていて。この数日で天音のが移ったか、と澄人は苦笑を浮かべた。

「さて、アタシプレゼント選び終わったけど。澄人はまだなの?」

「えっ、マジか。あんなコントしてるうちに選び終わったのかよ!?」

「……むしろ選び終わったからコントしてたんだけど。早くしてー」

 急かされ、澄人は視線を泳がせていく。

 これだという声が上がって、ショッピングモールを出た頃には、日が暮れはじめていた。


 ◇◆◇


 はてさて、時は流れ場所は変わり祓魔師育成学校第二学生寮前。

 澄人たちは天音にサプライズで誕生日を祝うつもりだったのだが、

「で、サボりですよね」

「違うんですよ」

 まあそんな空気ではないわけで。

 なかなかプレゼント選びに時間がかかり、頼まれた買い物を済ませて学校に帰って着た頃にはすっかり陽も落ちていて。

 教室に帰って見れば、出迎えてくれたのはカンカンに怒った天音。すでに天音以外のメンバーは退散していて、それでもなお澄人たちを待ち続けたのが怒りに拍車をかけているようだった。

「いや、だから道に迷って……」

「サボってたんですよね?」

「ちゃうねんて」

 繰り返し否定するが、天音の誤解は解けてくれない。

 こればっかりは澄人の日頃の行いのせいだろうか。それを自覚してるのか澄人は先程から明後日の方向を睨みつけている。睨みつけるなら一昨日の方向の方が良いだろうに。

 とはいえ、

「そういえば、白雪ちゃんはどうしたんですか?」

「あ? あー……天音のただならぬ殺気を感じて先に帰ったよ」

「……そうですか。白雪ちゃんのことは怒るつもり、なかったのですが」

「理不尽だ!?」

 大して怒っていないようで、不在の白雪のことを気にかける。

 謎に振り下ろされた理不尽に澄人は声を荒げるが、その様子にひとりホッと胸を撫で下ろした。


 ────せっかくの誕生日なんだ、笑ってくれてた方が断然いい。


「何にやけてるんですか。ちょっと気持ち悪いですよ」

「気持ち悪いまで言うかよ……」

「半分冗談です」

「半分は本気と。そうかいそうかい」

 他愛ないやりとりを繰り返していると、自室────305号室へとたどり着く。

 溢れるにやけを澄人はなんとか押し殺し、ドアを開く。


「だいたい澄人くんは────」


 薄く笑みを浮かべながら再び説教を再開しようとした天音の言葉が、大きな破裂音によって遮られる。

 鼻腔をくすぐる火薬の匂い。視界を舞うのは、真っ赤な花びらで。

「誕生日おめでとう、天音ちゃん!!」

 クラッカーを構え、飛び出したリボンをそのままに振り回す白雪が、天音にぎゅっと抱きついた。

「え、え、ええ……?」

 突然のことで状況が理解できない。定期的に揺れとともに襲って来る大きな柔らかい────憎たらしい────感覚にも構う暇はなく、ただただ呆然と目を白黒させて。ついでに頰が赤く染まった。

「なんだよ天音、忘れてたのか? 自分の誕生日」

「あ、はい。文化祭の準備に、夢中で……」

「文化祭の準備で忘れるとか楽しみにしすぎかよ……」

「あ、はい。文化祭の準備に、夢中で……」

「……ちくわ大明神」

「あ、はい。文化祭の準備に、夢中で……」

 コレはダメだ、と白雪と肩をすくめる澄人。まあここまで喜んでもらえれば、本望ってもので。

 視界を巡らせれば、廊下の先の居間、その中央を陣取るちゃぶ台の上には大きなケーキがひとつ。

 それから、豪華とは言わないが惣菜と菓子が大量に詰め込まれた袋が転がっていた。

「驚いた、驚いた? いっつさぷらーいず!」

「驚き、ました、けど……そろそろ白雪ちゃんどいてください。その鬱陶しい二つの膨らみが当たって嫌味かこれは?」

「プレゼントもあるんだからねー」

「話を聞きましょう?」

 天音の文句もなんのその。嫌がる天音を引きずりながら、白雪が居間へとずかずか進んでいく。

 そんなこんなで少し賑やかな、誕生日パーティーが幕を開けた。

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