第3章 『祓魔師育成学校文化祭』
第20話 『準備期間が始まって』
時は遡る。
七月二十四日。澄人達が丁度、災害指定妖怪用避難シェルターにたどり着いた頃。
楓町で一番高い場所とされる、祓魔師育成学校校長室。
そこには張り詰めた空気が満ちていて、足を踏み入れたものには押しつぶされそうなほどの緊張感が襲いかかる。
部屋には長身の、黒いスーツの男が一人。無愛想な表情とオールバック、黒縁のメガネが特徴のその男は、他ならぬここの部屋の主。祓魔師育成学校関東第二支部の校長────名を、
牧瀬は不機嫌そうにメガネの奥の目を細め、窓から街を見下ろしている。
「……つまらん」
視線だけでなく、言葉の節々からも不機嫌さが垣間見える。吐き捨てた言葉は誰にも聞かれることはなく、静かすぎる部屋に溶けて消えた。
部屋の外には見張りが二人。何やら自分に殺害予告が出たとかで、この部屋にひとり隔離される始末。いざとなれば自分でも戦える、だからこの部屋から出せ、と抗議したのだが却下に終わり。結局こうして、実験も進められずにいる。
「失礼します」
ノックと同時に、響くのは焦ったような声。
返事をする間も無く扉は開かれ、同時に二人の生徒が扉をくぐった。
二人とも見覚えのある顔だ。確か、扉の外で見張りをしていた二人だっただろうか。
「何事だ」
「いえ。状況が悪化しました────なので、ここではない安全な場所へ避難を、と」
目を伏せ、淡々と告げる見張りの生徒。牧瀬を思っての言葉であろう。だが、
「……はぁ。なんだ? その安全な場所、とやらはあの世だと?」
またもや牧瀬は眉間に皺を寄せ、面白くない、と吐き捨てる。
途端、生徒の顔が勢いよく上がる。浮かんでいた表情は驚愕────何故バレた、と言いたげなソレで、初めて牧瀬が楽しそうに笑い声をあげた。
「何故わかった、と言いたそうな顔だな。殺意を殺すことに慣れていないのなら素直に殺せばいい。にも関わらず回りくどい手を使い、そしてターゲットである私に接触した結果がこれだ。貴様の言葉の節々から、いつ殺してやろうかと言いたげな殺意が見え隠れしているぞ」
驚愕に染まった表情の生徒と、にやりと気味の悪い笑みを浮かべる牧瀬。
状況は動かない両者からは絶えず殺意が溢れ出し、いつどちらが動いてもおかしくないという状態だ。
自分が殺されるとわかっていても、牧瀬は動くことはない。
まるで、相手を試しているような。
「────は、はは、ははは!!」
先に耐えきれず、声を出して笑い始めたのは生徒の方だった。
生徒は懐からナイフを取り出し照明に反射させると、牧瀬と同じような笑みで口元を歪ませ、唾を飛ばしながら吐き捨てる。
「気に入らねえ、気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ!! やっぱおまえは嫌いだわ、ホント。スカした顔しやがって────死ねぇ!!」
死ね、と。その言葉が引き金になったかのように生徒の体が跳ぶ。
一瞬の隙もない。牧瀬に対し、完璧な攻撃であった。
ナイフの刃先は完璧に牧瀬の心臓部を捉えている。このまま腕を伸ばせば確実に取れる。
完璧だ。完璧の攻撃────!!
「残念だが、ここでは誰も死ぬことはない」
────しかし、その〝完璧〟も、牧瀬に対してなら、の話なのだが。
「ここでオレが、おまえを捕らえるからな」
部屋に響くのは新たな、第三者の声。
声とともに生徒の視界は
続いて襲うのは腹部への衝撃。肺に蓄えておいた空気は一気に吐き出され、握りしめていたはずのナイフは音を立てて床に転がる。
手が、手が。ナイフを求めて虚空を掴む。
「哀れなものだ。勝利を確信した途端、どん底へと叩き落される────虚しさで吐き気がする」
変わらず、黄金は冷たく呟く。
同時に腕は締め上げられ、骨が悲鳴をあげた。腹に受けた衝撃で失いかけていた気は痛みによって引き上げられ、無理やり表面化に顔を出す。
「さぁ、吐け。残りの仲間は何処にいる」
「おまえ、は────アイン、ヴァームレス……」
締め上げられた生徒の視界に映るのは、ひどく冷めたつまらなそうな顔。
アインは小さくため息を吐くと腕にさらに力を込め、ミシリミシリと相手の骨を折りにいく。
「オレの名前はどうでもいい。ほら吐け、おまえの仲間は何処だ。このままではどっちみち失敗に終わるだろう……吐いて楽になれ」
「災害指定級妖怪用のシェルターの、なか……っ、っ!! あ、ぁ、が、ああああ!!」
ばきゃ、と鈍い音が部屋に響く。おった腕を握ったままその体を振り上げ、部屋の隅へと投げ捨てるアイン。同時につまらなそうに服に付着した埃を払うと、牧瀬へと視線を向けた。
「……とのことなので、オレはシェルターへと向かいます」
「ご苦労。行っていいぞ」
短く繰り返される会話。牧瀬の顔には再びつまらなそうな、退屈そうな色が混ざり、冷たくアインを見つめている。
何にも感じていないような。冷酷な男だと、牧瀬をひと目みた生徒たちは言う。しかし、
「……出すぎた真似をして、すみませんでした」
アインは知っていた。あの表情の裏に、どれだけの殺意が隠れているか。
そしてアインがあそこで出なくとも、ひとりであの生徒くらいなら処理できたことを。
アインの言葉に、牧瀬は静かに背を向ける。
再び吐き出されたため息には、何が込められているのか────アインにもまったく、わからなかった。
◇◆◇
「例のベッドが恋しい」
祓魔師育成学校第二学生寮、305号室。
すみ慣れた我が家にて、床に寝そべりながら澄人がぼそりと不満を漏らした。
「何ですか、藪から棒に」
「そうだよ。なぁに、藪からバーに」
「いや……宮咲のは面白くない。5点な」
澄人以外の二年第六班のメンツ────白雪と天音は何やら部屋の隅で向き合い、折り紙をいじくりまわしつつ澄人に冷たい視線を向けている。
床に肘をつきながら澄人はその様子をぬぼーっと眺めつつ、長々とため息を吐き出すと、
「いや、いやいやいや。わかるか? 押入れで寝かされる気持ち。毎朝体が悲鳴をあげて朝5時には目が覚めんの。熟睡なんて最近できてないの。わかる? わかってくれる? つーかわかれ」
「じゃあアタシが押し入れで寝るから、澄人が床に布団を敷いて寝ればいいじゃん」
「それはダメだ」
「うわ、めんどくさ」
一息に呼吸を挟む間も無く、吐き出される澄人の愚痴。挟まれた提案ですら息を吸う間も無く澄人に否定され、思わず白雪だけでなく天音までもがうげぇ、と表情を歪めた。
「こう、なんか……でっかい依頼こなして引っ越ししようか。流石にこの家に三人はキツイだろ」
「そうですね。まだ部屋が余ってるなら澄人くんひとりだけ隔離してもよかったのですが……そうもいかないみたいなので」
現在第二学生寮は満室。大好評につき、澄人たちが卒業するまでは空きができないらしい。
天音の言葉に、白雪の作業の手が止まる。はて、と小首を傾げると、その顎に軽く指を添えた。
「そういえば、何でここの寮は〝第二〟学生寮って言うの? 他に寮なんて見当たらないけど」
白雪から放たれた質問。それを聞いて二人は思わず動きを止め、口元を何やら渋く歪める。
沈黙が数秒流れた。なにやら地雷を踏んだか、と白雪が撤回しようとしたところで澄人が口を開き、
「いやまあ、色々あったんだよ。それより、お前ら何でさっきから折り紙なんてしてるんだ?」
無理やり話題をシフトする。
ほんの少し無理やりすぎた気もしないではないが、これには天音もホッとひと息。この流れに乗らねば、と澄人に冷たい目を向ける。
「忘れたんですか。この時期、ウチは文化祭の準備期間ですよ?」
ほら、とばかりに紙の輪っかでできた飾りが音を立てて澄人の元へ飛んでくる。
それをマジマジと見てから天音の顔を見て。思わず、紙の飾りを二度見。
「────え、マジで?」
ちなみに澄人は、そんな話一切聞いていないし去年のことも記憶にない。
どうやら隔離されている間に、話題に置いてかれてしまったようだった。
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