第18話 『赤。白。終わりの色』

 遠吠えが響く。

 声には憎しみがこもり、叫ぶソレは地面を叩きつけ、ギラギラと目を光らせ白雪を睨みつけた。


 それを、


「うるさい」


 容赦なく、氷の壁で囲い、蓋をする。

 分厚い氷が人外と化した奥里を封じ込め、それでもなお叫び声はおさまることはなく、むしろ攻撃を受けた怒りで質量を増していた。

「ガアアアアアアア!!」

「とりあえずみんな、ソイツの後ろじゃなくアタシの後ろに! 攻撃、巻き込みそうで怖い!!」

 半妖歴十七年。しかし始祖還りを発動させたのは初めてであり、湧き上がる力の制御に手間取っているのも事実だった。

 使える妖力が普段の比ではない。氷が形成される時間ですら段違いだった。

 しかし、胸の奥に奇妙な感覚が居座っている。

 力を使うたび、高鳴る心臓。時間が経過するたびに、自分、、が食われていくような、奇妙な感覚に襲われる。

「ちょっと、長持ちしないかも────」

 保って、長くて残り五分。

 それ以上耐えれば、アレと同じになってしまう、と。氷の壁に包まれた、奥里をじっと睨みつけた。

 半妖の仲間達が白雪の背中────降りて来た階段に身を隠したのと同時に、氷の壁が砕け散る。

 ソレを砕いたのは奥里の、肥大した腕だった。

 腕には関節が増え、奇妙な動きをしながら不満を叩きつけるべく床に八つ当たりを繰り返す。

 腕だけではなく足までもが肥大し、小さい胴体に見合っていない四肢のせいでひどく不恰好で気味が悪い。

「ごめんね、みんな。少し怖いと思うけど……階段を上がって、逃げたりしないで。上にもアタシの友達がいて、今も戦ってくれてるから」

 正直、優斗たちを庇いながら戦うのは難しい。

 けれど、これ以上澄人たちに負担をかけるわけにはいかない。だから、自分ひとりでどうにかしなくては、と。

「ら、ァ────!!」

 地面を強く蹴り飛ばし、奥里との距離を無に変えた。

 跳んだ勢いを殺さぬまま、不恰好な太ももへの回し蹴り。

 足は確実に狙ったそこを捉え、身体には確かな手応えが返る。辺りには衝撃波が走り、着物の裾が舞い上がる。

 だがしかし奥里はびくともせず、シワが深まった顔で足元の白雪を睨みつけるだけ。

 同時に奥里は不恰好な右腕を振り上げ、しならせながら白雪の体へと叩きつけた────


「ん、ぐ、ゥ」


 鈍い声が、噛み締めた奥歯の隙間から漏れた。

 叩きつけられるのと同時に形成した氷の盾────弾丸さえはじき返した強度の氷が、奥里の手によってひび割れている。

 もっと強度を。もっと、もっと、もっと、もっと、


「ま、け、ない!!」


 みんなを護る力を、自分に。

 願うたび、叫ぶたび、想うたび、体を流れる妖力は歓声をあげ、喜んで力を貸してくれる。

 腕を受け止めた氷。それに添えた拳を握りこむと、氷は形態を変え、奥里の腕を包み込む。

 同時に氷の滑りを利用して腕の側面へと滑り込むと、その氷を強く殴りつけた。

「ぎ、ああああああ!!」

 氷が砕ける。無論包み込まれた腕までもが氷と同時に砕け散り、奥里は痛みに唾を飛ばしながら叫びを上げる。

 傷口から飛び出したのは血液ではない。妖力だ。

 禍々しい色を纏った妖力が傷口から溢れ出し、砕かれた右腕を必死に奥里は振り回す。

 肘から先がなくなった腕を振り回すその姿は、ひどく哀れで。

「────ごめんね。終わらせて、上げるから」

 冷たい目で見つめ、白い息と一緒に言の葉を吐き捨てる。

 強く握りしめていた拳を開いてやると、奥里の周りに氷のかけらと、妖力で形成された吹雪が舞い散った。

 その中で寒さに奥歯を噛み締めながら、意識が戻り始めた奥里は、叫ぶ。


「くそ、クソ、くそォ!! オレは妖怪を殺さなくちゃならねぇ!! そのために色んな奴が邪魔だった!! だから、オレは殺して、殺して、殺して────」

「何言ってるの。いつだって殺して来たのは、アタシ達だった」

「は、ァ? てーめぇこそ何をほざきやがってるんデスKAa? いつだって殺して来たのはオレの手だった! オレの手で無様に、不恰好に、ぐちゃぐちゃに、ぶち殺して、捻り殺して、犯し、壊して!!」

「……可哀想。記憶まで、混濁しちゃったんだ」


 叫ぶ奥里は明らかに普通ではない。

 目を血走らせ、目玉が飛び出んばかりに目を見開いて、頭を強く降りながら唾を飛ばして叫ぶ姿は酷く、哀れ。

 そんな哀れな愚者に、


「────じゃあね」


 氷は、静かな幕引きを与えた。

 奥里は動きを止め、目を見開いたまま眠りにつく。

 巨大な氷の中で、静かに、冷たく────。


「終わっ、た」


 小さく吐いた言葉は、何処か。ほんの少しだけ、同情の色を含んでいた。


 ◇◆◇


「……終わった」

 鼻腔を突くのは血液の生臭いにおい。

 足を動かすたびにぐちょり、ぐちゃりと不気味な音を地面は奏で、歩む天音の足を戸惑わせた。

 あたりを見回せば、目に入るのは赤いマダラ。地面に澄人が、血液で描いたモノだった。

 絵の具とされたのは7人の人間。ソレは誰ひとり例外なく終わりを迎え、様々な形で死を表している。

 ひとりは、体を真ん中でちぎられ内臓を剥き出しにしながら地面で伸びている。

 ひとりは、頭を砕かれ、右腕を砕かれ、左手には離さぬよう、と退魔刀を握りしめながら、戦意を表して死んでいる。

 ひとりは、ひとりは、ひとりは────その中で息をしているのは、天音と澄人だけ。

 澄人は地面に倒れ伏し、今は静かに寝息を立てている。

「……ああ、片付けないと……澄人くんが、悲しむ」

 呟いた天音の口元は感情に歪んでいた。

 その感情はどうにもできなかった自分への怒りか、はたまた。

 答えは天音自身にもわからぬまま、それでも時間は過ぎてゆく。

 白雪が帰って来る前には済ませるように、と。せめてもの処理に、まだ見える死体たちを部屋の隅へと寄せ集めた。

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