第16話 『真っ赤な決意』

 雷神や風神、ダイダラボッチなどと言った、地震や嵐、雷の如く人の手にはどうしようもできない妖怪────それを今の世界では、災害指定妖怪とされている。他にも指定されている妖怪は居るのだが、それはとりあえず横に置いておく。

 災害指定妖怪たちは敵意を持ち、暴れ回る……または、街を通過するだけで深い爪痕を残していってしまう。

 その妖怪たち専用に、ひとつの街にひとつのシェルターの確保、という決まりが世界に拡がりつつあった。

 当然一番妖怪の存在に敏感でなくてはならない楓町には、そのシェルターが存在する。

 祓魔師育成学校の真逆────『東楓』の方へと約二十分ほど走ってやると、それは見えてくる。

 高いビルが立ち並ぶ、現代的な町並み。

 ビルの合間を抜けて、広い公道を直進し、町の外れへと駆け抜けると景色がガラリ、と、寒々しいモノに変わった。

 そこにあるのは人妖戦争で亡くなったモノたちの慰霊碑だけ。

 慰霊碑に囲まれるように、ぽつん、と。シェルターの入り口は佇んでいた。

 静かな場所だ。物音ひとつ聞こえることはなく、ここでは蝉たちですら鳴くことを許されない。

 沢山の人が行き交う地帯がすぐそこにあると言うのに、まるで別世界のような。

「……少し、寂しいところだね」

「……ああ。そうだな」

 思わず、白雪が呟く。

 人妖戦争の全貌を知らない白雪ですら、慰霊碑に刻まれた沢山の名前を見るだけで心が痛んだ。

 沢山の人が死んだ。沢山の人が殺された。その殺した張本人の血が、自分には半分混ざっている。

 そう思うたび白雪の心は締め付けられ、悲しいとはいえ半妖というだけで差別を受けるのは仕方がないことなのかな、なんて思い始めてしまう。

 拳を強く握りしめ、先を行く澄人たちの背中へと視線を向ける。

 同時に、


「……ね、ねぇ。2人とも、さ」


 何かを決意したように、呼びかけた。

 当然2人は白雪の声に振り向き、どうしたー? なんて間抜けに聞き返しながら立ち止まる。

 呼んでみたものの、決意が固まり切らない。何度か足踏みをして、日和る自分を奮い立たせ、大きく呼吸をひとつ。

「この一件が解決したら、アタシも澄人たちの仲間に入れて欲しい。アタシは沢山の人を殺した……だから、今度は沢山の人達を助けて、罪を償いたい。……それだけで償えるとは、思えないけど」

 やっとのことで言い終えると、何故か白雪の顔は真っ赤に染まっていた。

 顔が熱い。誰かにこうして、まっすぐに意見を投げかけたのは初めてだった。

「……そっか。じゃあ全部が終わったら、だな」

 そして澄人の声に顔を上げ、一気に笑顔の花を咲かせた。

 言ってしまった、という気恥ずかしさ。聞いてくれた、という嬉しさ。二つが白雪の中で混じり合い、吐き出すべき言葉を迷わせる。

「あわ、あわわわ」

「なんてテンプレートな慌て方……」

 呆れつつ、苦笑する天音。

 静かすぎるそこに、数秒笑い声が響く。ほんの少し三人で見つめあってから、


「じゃあ、終わらせに行くか」


 終わりのための一歩を、踏み出した。


 ◇◆◇


 入口の扉を開けて、まず目に入ったのは長々と下って行く階段だった。

 先は全く見えず、ぽつぽつと壁に貼り付けられているライトが頼りだ。

 足元が見えない、なんてことはない。幅も三人が横に並んで余裕で通れるほどの幅だった。

 無言で頷きあうと、ゆっくり、ゆっくり階段を下って行く。

 鼓膜を揺さぶるのは自分の心音と、三人の重なった足音だけ。

 何故か息がつまるような感覚に犯され、澄人は思わず口を開いた。

「なあ、宮咲。あの銃とか、置いてきてよかったのか?」

「……あ、うん。あれは、奥里に貰ったものだし、違法兵器だし……ヤツを捕まえるためには、自分の力じゃないと」

「自分が渡した武器にやられる、というのもなかなか乙だと思いますがね」

 いまだ怒っているらしい天音の呟きに、耐えきれず吹き出す。

 目尻に涙を浮かべながら白雪が「とは言っても」と、2人の視界の隅で力こぶを作った。

「アタシ、肉体派だから。あんなの無くても、負けない」

「……どうでもいいけど、そんな丈が短いワンピースで暴れまわるなよ? 中身が見える」

「何、見たいの?」

「なんですと?」

「澄人くん??」

 秒速で繰り返されるやりとり。天音から澄人へとただならぬ殺気が飛び、澄人の表情が凍りつく。

 今並んでいる構図は左から天音、澄人、白雪と澄人を2人で挟み込むような図だ。天音の確かな殺意を伴った拳は澄人の腹をブチ抜くのは容易であり、降参、とばかりに澄人が両手を挙げたのもまた秒速であった。

 そんなやり取りを繰り返していると、階段にも終わりが見えてくる。


 視界が開けた。


 流石は楓町の人間を収容するシェルター、といったところか。食料や水、毛布などが大量に詰められているであろうコンテナが四方に大量に積んであるにも関わらず、育成学校の教室をよっつ四角く並べたとしてもまだ大きいだろう、と感じさせる。

 しかもコンテナの間────正面の壁には更に地下に続く階段があり、この広さの部屋がもう1階層あると思うと、流石と言わざるを得なかった。

 そして、


「うわぁ、ホントに来たよ」


 その階段の目の前で、腕を組んで笑う、男の7人組の姿。

 全員が全員育成学校の制服を身にまとい、腰には澄人達同様『退魔刀』をぶら下げている。

 澄人と天音が、同時に構えをとった。そして2人同時に頷くと、白雪の背中を緩く押す。

「いけ、宮咲。全部終わらせてこい」

「流石に私達も二倍以上の数を相手にして無事勝てるとは限らないので、白雪ちゃんだけでも」

「────────」

 2人の言葉に、思わず押し黙る白雪。

 でも、と出かかった言葉は、2人の強い視線が吐き出すことを許さない。

 奥歯を強く噛み締め、拳を強く握り締める。やっとのことで頷き返すと、白雪が駆け出した。


 同時に、戦況は動き出す。


 まず白雪と同時に澄人、天音が駆けた。退魔刀の塚へと手をかけ、どうにか足止めする算段を巡らせて行く。

 足止めするにもひとり、最低三人は相手にしなくえはならない────なら、まずは抜かなければ話にすらならない、と。

「や、ぁ!」

 退魔刀を抜き、生徒のひとりに天音が斬りかかる。相手の退魔刀の刃と接触し、火花を散らしたのと同時に後退。休む暇なく他の2人へ蹴りを食らわせてやる。

「流石にキツいものが、ありますね」

「そりゃそー、だ!!」

 負けじと澄人が天音と同じく2人に全力の蹴り。同時に退魔刀を引き抜くべく力が篭った────の、だが。


 ────それは、本当に使っていいものなんだろうか。


 一抹の不安と、雑念が過ぎる。

 思い返すのは異様なまでの切れ味と、その威力。

 自分は守るために戦っている。にも関わらず、この力は確かに殺すため、、、、の力を発揮していた。


 このまま抜けば、相手を殺してしまうかもしれない。そう思うと、退魔刀の手から力が抜けた。


「……マズっ!!」

「澄人くん!!」


 一瞬の隙。ソレを相手は見逃すことなく、魔力でブーストした力を乗せて、澄人の身体を殴り飛ばした。

 地面をバウンドしながら、澄人の身体が吹き飛ぶ。三人を足止めするのでやっとな天音は口元を歪める他なく、澄人が足止めし損ねたひとりは白雪の背中へと駆け寄った。

「いか、せる、かあああああああ!!」

 反響する、澄人の叫び。

 同時に異様なまでもの妖力が辺りを満たし、剛風が吹き荒ぶ。

 風を伴い現れたのは『変化』を施した澄人だ。目にも止まらぬ速さで白雪に接近したひとりへと距離を詰めると、膨れ上がった右腕で殴り飛ばす。

「行け、宮咲!!」

 迷いが生じた白雪の背中へ、澄人が叫ぶ。

 白雪は肩越しに2人を見つめるだけで、強く奥歯を噛み締めて。階段を駆け下りていった。

「……よォし、あとは耐久戦だな」

「粘りっこいのは澄人くんの得意分野ですからね」

 軽口を交わしつつ、階段を背中に構え直す2人。

 足止めされた7人も同様に、各々構え直し、そのうちのひとりが血液が混じった唾を吐き捨てつつ、言う。

「ハッ。どうせ俺たちをここで止めたところで、校長の死はかわらねぇ。まだ学校に俺らの仲間が残ってるからな」

「あ、やっぱか……俺より強い奴に任せておいてよかったぜ、マジで。安心した」

 挑発するような相手の物言いに、澄人は場違いなほど間抜けな声で胸を撫で下ろす。

 それを聞いた相手は額に血管を浮かび上がらせ、舌打ちをひとつ。しかしその表情には、薄気味悪い笑みが張り付いていた。


「まぁ、お前もここで終わりだからな。ゲームオーバー、だ」


 魔力の増幅を感じ取り、澄人が飛ぶ。だがもう、間に合わない。


「澄人くん!!」


 天音の叫びを遮るように、眩い光が視界を塗り潰す。

 光の線は、澄人を囲うように────

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