第13話 『敵影』
校舎へと、生徒のみで形成された列がゾロゾロと続いている。
その列の中に澄人と天音は居た。本来、あまり人混みを好かない天音は視界を頭が右へ左へ、前へ後ろへと疎らに動く光景に顔を顰め、下を向く。
少しでも気を紛らわすために、と。隣に立つ澄人に声をかけた。
「……相手はなにを考えてるんでしょうね。校長の殺害予告だなんて」
言いながら、天音はスピーカー越しに聞いた情報を掘り起こす。
放送をしていた教師によれば、『今日の夜校長を殺害する』といった予告状が届いたらしい。
予告状だなんて今のご時世、と苦笑を浮かべる天音だが、何やら何処か遠くを眺めて考え込んでいる澄人は、気になるところがあるらしい。
「まあ、それもそれで色々気になるところがある。何を考えてるんだっていったら、ホントに相手は校長を殺すことしか考えてねぇだろ」
澄人は、はぁ、とため息をひとつ漏らし、頭を掻きむしりながら列の頭へと目を向ける。未だ自分達の番が遠いのを目の当たりにして頰を引きつらせ、天音と同様地面とにらめっこを始めた。
「
「……敵、ですか」
澄人から飛び出した敵、という単語に、天音が思わず小首を傾げる。
その様子を横目で澄人は微笑ましげに見やり、ひとつひとつ自分の中で整理するように、ゆっくりと紡ぎ始めた。
「敵ってーのはまず、人妖の共存反対派。ソレを宥めるのは一番簡単だったらしいけど、数はひたすらに多かったらしい。妖怪と一緒に住むのがただでさえ苦痛なのに、殺さずを誓って一緒に仲良しこよしで住んでいくための集団……まぁそりゃあ、薄気味悪いし虫酸が走るだろうさ。気持ちはわからんでもないけど」
言って、澄人はため息をひとつ。
例えばの話、戦争を繰り広げていた2つの国が、睨み合ってる現場があるとする。
そこに2カ国の言語を使う人間たちが、『戦争なんて良くないよ! 仲良くしよう?』なんて聖人もびっくりな真っ白さ加減で言ってきたモノなら、腹も立つし潰したくなるのも当然だ。
人妖戦争────それを切り抜けたモノたちは、少なからず自分の大切なものを奪われている。にも関わらず殺さない、やら平和を保つために、やら言い出せば、腹も立つというものだろう。
しかし今となってみれば様々な功績を残し、人々の為にと日々動き回っているのが祓魔師育成学校だ。それを見てしまえば、と。そんな反対派が『仕方ない』と苦笑を浮かべ、認めつつあるのもまた事実である。
そして澄人はため息を挟み、横目で天音を見やる。
「……で、2つ目。2つ目は由緒正しい祓魔師の皆々様だな」
「祓魔師のひとたちが
「そうは問屋がおろさねえ、ってことなんだよ。良いか? 例えばの話、お前が運動部に入ってたとして、2年目の春になった。んで、入ってきた後輩が自分より上手くて、レギュラーの座を奪ってったー……なんてことになったらどうする? ついでにそいつは、厳しい夏の練習もくぐり抜けてなかったモノとする」
「…………ムカつきますね」
「そゆこと」
おちゃらけた口調で言う澄人だが、浮かべる表情は苦笑。
これもまた祓魔師育成学校の真実だ。今はまだそこに至ってこそは居ないが、本格的に『祓魔師』が必要な事件になってしまったとして、出動要請を出したらどうだろう。少なくとも良い顔はされないはずだ。今回の事案で、本場の祓魔師に増援を頼まないのもソレが絡んでいる、と澄人は踏んでいる。
本場の祓魔師にしてしまえば、むしろ『死んでしまえ』だとか『知るかばーかwww』か、酷ければ校長のピンチとなれば敵側に加勢するまである。
「……まあ本場の祓魔師としては、大して修行も積んでねえのに祓魔師名乗るな、とか。それでいて優秀な人材がいるわけだから、自分の足元すくわれそうで嫌だ、とか。色々理由はあるだろうけども」
続けざまに、「3つ目」と指を立てた澄人。同時に天音が『もう聞きたくない』とばかりに苦笑を浮かべたが、構わず続けた。
「3つ目が、ただ単に『祓魔師育成学校の校長』って座が欲しい連中だ。……というか、その施設が欲しいって連中かな。何に使うかはわからないけど」
「ああ、施設……そういえばウチ、色々と揃ってますからね。妖術、魔術においては最高ランク、と言って良い程に」
人と妖怪が共存するにあたって、人間側に出された条件が2つ。
ひとつは、弾の込められた機関銃や爆弾、殺意を持った武器の量産の禁止。
もうひとつは、人間側の技術の提供だ。魔術と科学、一切関係なく。
代わりに人間達にも妖怪側の『妖術』をはじめとした技術が提供され、魔術と妖術を合わせて開発されたハイテク機械なんかもあったりする。それを育成学校は抱え込んで居て、ソレ目当てでなにやら無謀な特攻を仕掛けてくる連中も少なくない。
「って感じで、敵は少なくねーのよ。今までこういう事件がなかったのが、不思議なくらいに」
「……勉強になりました。でも澄人くん、なんでそんなに詳しいんですか?」
天音の問いかけに、澄人は小さく息を飲む。
『育成学校の敵となる者達は殺して良い。君のその妖怪の力、存分に発揮してくれ』
蘇るのはいつかの声。決別したあの瞬間の言葉が、脳裏に蹲って消えてくれない。
「…………保健室で、世間話程度に聞いたんだ」
そう応える澄人の目は、何処か遠くを見つめていた。
◇◆◇
やっとの事で腰に『退魔刀』を携え、列を出る。
澄人達が自分の退魔刀を受け取った頃には、既に他の生徒達が校長を守ろうと声を大にして話し合いをしていた。
「とりあえず、学校を包囲しよう。誰もこの中に入れさせないよう、人手が必要だ! みんな手伝ってくれ!」
何処かの班のリーダーが、声を大にして叫ぶ。
同時に生徒の集団はゾロゾロと動き始め、その光景に何やら澄人は不穏なモノを感じた。
「……どうしたんですか、澄人くん」
真剣な表情をする澄人に、天音が顔を覗きながら問いかける。
指を顎に添えて考え込む澄人は、ゆっくり、ゆっくりと考えを咀嚼しながら吐き出し始めた。
「……なあ、天音。わざわざ予告を出したってのに、正々堂々、正面から殴り込みにくると思うか?」
「……いえ。予告を出した以上、戦力がそこに固まっているはずです。正面突破は、難しいかと」
「だよな。よっぽど強い妖怪、半妖でも抱え込んでるなら話は別だが……学校のセンサーに引っかかって、すぐに位置がバレるはず。まぁそれより、あそこの連中がそんな簡単なことにも気づかないのが疑問なとこなんだけど……」
言って、気合の雄叫びをあげる集団を見る。何やら集団の表情は朧げで、何かに操られているような。
「……人間を操作する魔術……もしくは、妖術?」
「かもしれないな。天音、そういう操作系の魔術だとか妖術は、退魔刀でどうにかできたっけか?」
「いえ。操作系の魔術、妖術は自身の声に妖力や魔力を乗せて相手の体に潜り込ませるモノ。感染者かその能力者を殺さない限り、解けないんじゃ────」
言ったところで、天音の表情が固まる。
「……そんな魔術、妖術をかけてやらせたいことっつったらひとつだけだ。俺たちに校長を……殺させる。でもそれほど上手い連中なら、作戦をひとつしか用意してねぇとは限らねえ!」
焦りを感じた澄人が視線をあげ、辺りを見回す。
丁度少し離れたところにアイン達第三班が会議しているのが見えて、すかさず澄人は駆け寄った。
「おいアイン、頼みがある」
出会い頭に頼みを投げつけられて、アインの表情が顰められる。
怒りを露わにした、敵対心の塊のような表情。しかし澄人はそれにも構わず、
「頼みがある、って言ったんだ」
「……なんだ。聞くだけ聞いてやる」
「あそこの連中、妖術か魔術にかかってやがる。何しでかすかわからないから、とりあえずアイツらを押さえ込んでおいてくれないか?」
「ハ。既にその『抑え込む算段』を話していたところだよ。余計なお世話だ」
「そっか、安心した」
嫌味の混ざった言葉を平然と受け流し、澄人はアイン達に背中を向けて走り出す。
「貴様、何処へ行く!」
「そこは任せた! 俺はちょっと用事思い出したんで帰るわ!!」
言いながら、校門へ向かっていく澄人。
その背中を天音は追いかけ苦笑し、
「帰る、だなんてすぐにバレる嘘、なんで
「……手柄を独り占めするためだよ。いく場所は走りながら説明する。嫌な予感がビンビンしてんだよ!!」
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