第11話 『平和の裏で蠢く影』
みんみんと鬱陶しく鳴き喚き、必死に子孫を残そうとする蝉たち。
そして、蝉たちの合唱をバックに赤々と紅葉した楓の葉が落ちる異様な光景は、この楓町ではもう見慣れた光景であった。
がしかし、こうして改めて眺めてみるとなかなか良いもので。入道雲と紅葉の組み合わせは、なかなかどうして魅力的である。四季をアピールポイントとする日本────そのアピールポイントをいっきに2つも楽しめる。
カツをトッピングしたカレーに、さらに白身魚のフライをトッピングした感じだ、というのは澄人の評価。なかなかくどい気がしないでもないが、育ち盛りの高校生の評価なのだから致し方あるまい。……まあ澄人本人は、ひと口で二度美味しい、やらひとつの空に2つの太陽、みたいなことを言いたいのであろう。
暑さにやられて朧げにバカなことを考えつつ、紅葉狩りついでに園児たちに追いかけ回されている白雪を遠目に眺める澄人。場所は言わずもがな『紅葉保育園』の園庭であり、恵からの依頼、2日目だ。
「ちょっと澄人、眺めてないで助け────」
「まてー!!」
「まてーしらゆきひめー!!」
白雪の悲鳴によく似た声を流しつつ、ため息をひとつ。助けろ、と言われても既に澄人も追いかけ回された後であり、控えめに言っても疲労困憊といった様子なわけで。故に南無、と両手を合わせるだけでアクションを終わらせてしまうのも仕方がない。
「……平和だなー」
呟き、追いかけ回される白雪から目を逸らすべく空を仰いだ。
夏の空は雲が分厚く、ほんの少し空と自分の距離が近く感じる。
何となく雲に手が届く気がして、徐に空に手を伸ばしてやると、視界にひょっこりと見知った顔が飛び出した。
「何してるんですか、澄人くん」
「溜息吐いて逃げてった幸せを掴んでまた引き戻してやろうかと」
「……適当言ってる時の顔ですね、それ」
ひょっこりと覗き込んできた恵の表情が、笑顔から不満げなものに変わる。
対する澄人は苦笑で応えるしかない。まぁ何も考えずにただぼーっとしていたわけで、ただぼーっとしてました、と答えるよりは面白いかと思ったのだが。どうやら恵はお気に召さなかったらしい。
が、そんな表情もすぐに引っ込んで、澄人のすぐ隣に恵は腰掛け、ほう、と柔らかく笑みを漏らす。
「良いですよね、ここ。座ってるとすごく落ち着いて」
ここ、というのは木陰のベンチのことだろう。
保育所の入り口、そのすぐ隣に佇む大きな木。陽を受けて葉が影を落とすそこにベンチは設けられていて、座ると園庭を全体的に見通せるのと、おまけに入道雲をバックに風に揺れる『
澄人だけでなく、天音もこのベンチは気に入った、とぼそりと感想を漏らしていた。
「そうですねぇ……なんつーか、平和を堪能できて。すごく良いです」
「平和……ふふ、そうですね。今日も仲良く、妖怪も人間も遊んでます」
澄人の視界の隅に映る恵の表情は柔らかい。
心の底から出たであろうその言葉に、つられて澄人も頰を緩ませる。
「……澄人くんが目指す平和に、ちゃんと近づいてると思いますよ。一歩ずつ、確実に」
そんな澄人の横顔を見つめつつ、恵が優しく言った。
突然投げかけられた言葉に思わず澄人は固まり、ギギギ、と油を注し損ねたロボットよろしく、恵へと顔ごと視線を向ける。と、
「おまえに足りないのは踏み出す勇気だ。妖怪達も人間と仲良くしようって踏み出してんのに、おまえはひとりで怖がって閉じこもってる。だから、周りが見えてねぇ」
恵は噛みしめるように、いつだかの誰かさんの真似をするように、言葉を紡いでいく。
「あー……」
途端、自分の言った言葉だと気付いたのか澄人の頰が赤く染まった。
新川姉弟の依頼の時に、澄人が克己に放った言葉。まぎれもない、澄人の心の底からの本心だ。
「……ちょっとあの時は満身創痍で、色々口を滑らせてスッゲー後になって恥ずかしくなったんでやめてもらえると……あとついでに忘れてくれると」
「嫌です。確かにそうだなあって思ったし、感心したので」
「ぅ……」
恵のまっすぐな、強い視線。ほんの少しだけ、恵のこういうところが澄人は苦手であった。
自分はそんな大それた人間じゃない。過大評価すぎる、買いかぶりすぎだ────恵と話していると、そんな考えばかりが浮かんでくる。
しかも恵の言葉のすべては、何ひとつ嘘、偽り、世辞といった部類のものが混ざっていないのだ。だから余計に、タチが悪い。
「……まあでも、克己に踏み込む勇気が足らなかったのは事実なんで。少し臆病すぎてて」
「そうですね。周りが少しずつ、前に進んでいるのに。克己はその場で足踏みしすぎてましたし」
最近、他の人妖特区では高校の生徒を修学旅行に招く、だなんて試みもあるらしい。
少しずつ、少しずつだが、人と妖怪は歩み寄っているのだ。
そして恵は立ち上がり、澄人の眼の前へ歩み出ると柔らかく笑みをその顔へ咲かせて、
「だから。克己を裁くだけでなく、引っ張ってくれて────色々なものを見せてくれて、ありがとう。これからも克己と、仲良くしてやってくださいね」
エプロンを風に揺らしながら、園児達の元へと走り去っていく。
突然のことで理解が追いつかず、何も返せずに。澄人はただただ、固まることしかできなくて。
「す、み、とォ!!」
入れ替わりで駆けてきた白雪の飛び蹴りを、無防備に受けるしかなかった。
「……台無しだ」
ベンチから転がり落ちて受け身を取りつつ、おまえには恥じらいはないのかと内心毒を吐く澄人。迎え入れてくれた床は冷たくひんやりとしていて、思わず遠い目でそのまま寝転がった。白……スカートの中身が見えていたのだが、これ以上被害を被らないためにも黙っておこう、と唇を固く結ぶ澄人である。少しは白雪も恵を見習わないものだろうか。
「アタシの助けを求める声をスルーしてうだうだダラけておいて、なんでそんなに疲れ果ててるの」
「いや、俺も相当振り回された後だし。朝から身体バキバキでな……流石に押入れの中で寝るのはキツかった」
「ああ……」
大の字に横になる澄人を見下ろす視線が、冷たいものから生暖かいものに変わる。
同時に口元が気まずそうにもにょもにょして、
「……ごめん、アタシのせいで」
「いやいいよ、普段から床だし。あんま変わらない」
気まずげに目を逸らしながら、軽く頭を下げた。
そう。普段は天音がベッドで、澄人が床に直寝しているのだが────白雪が来たことによって澄人の寝床は押入れに変わったのだ。
おかげさまで慣れない、狭いところで寝たせいで、朝から身体はバキバキ。おまけによく眠れなかったせいで思考がおぼつかず、ほんの少し園児達に振り回されただけでもかったるくてしょうがない。
「にしても、なかなかえらい格好だよな」
しかし白雪に気を使わせすぎるのもいけない、と話題を無理やりシフトする。
ようやく地面から身体を起こして、白雪の格好を見上げる。白雪の格好はと言えば、天音の予備のセーラー服の上にエプロンといった感じだ。
白黒のセーラー服の上にエプロンというのはなかなかに混沌としているもので。白雪を見つめる澄人の視線は心なしか生暖かかった。
「……そう、かな。確かに制服にエプロンってのは新しい性癖っぽいかも」
「いや割と昔からそういうフェチはありそうな気するけどな。というか女の子がそういう話するな」
ため息混じりの澄人の返しに、何故か白雪は小首を傾げる。
どうも白雪はその辺の常識感というか、羞恥というか。何処かしらが抜けているらしい。
「まあでも、制服はぴったりだよ。少し、胸が苦しいけど」
「おいやめて差し上げろ」
自分がいないところで何故か唐突に小さいと言われる天音の気持ちたるや。いや、天音本人のためにも何がどう小さいのかは明言しないのだが。
2人の間になんとも言えない沈黙が流れる。なんとも言えない、と思っているのは澄人だけな気もするが、それはそれ。
「……まあ、すごいだろ? この保育園」
沈黙に耐えかねた澄人が、園児の集団を眺めつつ一言。
つられて視線を向ける白雪なのだが、
「……うん。アタシ、3つ離れた弟がいてさ。弟にも人間関係で辛い思いさせたから────もっと前から、こういうところがあればよかったのに、って」
そう吐露した白雪の目は、ここではない、どこか遠いところを見つめていた。
人間関係の気苦労────それは澄人自身も経験しているものであり、気軽に何か言葉をかけて、同情していいものではないと知っている。
故に、黙ることしかできず、ただただ澄人ははしゃぎ回る園児達を遠目に眺めるしかない。
◇◆◇
「良いんですか? ヤツがまだ帰って来てないのに、計画進めちまって」
「良いンだよ良いンだよ。さっさと送れ、ボタンひとつだろ?」
「ですが────」
「ですがもクソもへったくれもねぇよ。どうせ、アイツは逃げられねぇんだ。……どうせ、俺の元にまた来る。あいつには、
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