第5話 『その正体は』
「……ん、よしよし。色々とわかった」
「しこたま遊んでおいてなぁにが『色々とわかった』ですか」
時刻は午後三時頃。園児たちはちょうどお昼寝の時間中で、あれほど騒がしかった園庭は嘘のように静まり返っていた。
木陰のベンチに腰掛けた澄人は満足げな表情。
対して、隣の天音は冷たい表情。そこから繰り広げられたのが冒頭の会話である。
「いや、俺ただ遊んでたわけじゃないし……」
「そうですね。遊んでたのではなく遊ばれてたんですもんね」
「園児たちと一緒にからかったのは悪かったから話聞いてくださいお願いします!!」
未だ根に持っているらしい天音に、深々と頭を下げる。「今度食堂の一番でかいパフェ奢るから!」と付け足されたひとことでようやく機嫌を直したらしく、天音の冷たい表情は引っ込み話を聞く体制に。食べ物で釣られてしまう天音のチョロさたるや。
「で、何がわかったんですか?」
「……とりあえず、一見人の子ばかりに見える園児だけど、十数人『変幻』をマスターしてすっかり人間に化けてる子達が混ざってる、ってことだな」
「そんなの私にもわかります。それから中途半端にしか化けられてない子達が二名ほど、ですよね」
妖怪の『変幻』はかなりの完成度を誇る。一度化けてしまえば、遠くから見るかぎりは本物と見分けがつかないほどだ。
妖怪の『変幻』は妖力を利用し、自身の姿を細胞レベルで変える、というもの。それこそ人間だけではなく、上級者になれば自分より小さい道具にすら化けられてしまう。
しかし妖力を使うことには変わりない。対象に近づいてしまえば、ほんの少し妖力や魔力を勉強しただけの一般人にも妖力の残り香は嗅ぎ取れてしまう。
故に人間たちの間には『姿を変えどその妖力が嗅ぎ取れてしまっては意味がない。妖怪だとわかってしまった時点で恐怖の対象だ』と言うものたちもいる。
そこまで言われても『変幻』を利用して人間たちに近づくのは、一番わかりやすい信頼感と友好度の表し方だからだろう。
『変幻』を一度使ってしまえば、個人差はあれどその維持に妖力を半分ほど使ってしまう。
つまり、化けている時には人間を殺傷するほどの力は発揮できないのだ。
故に『変幻』は人間たちと仲良くしたいという意思の表れ。それがわかっているからこそ、人間たちも強く言えないのだろう。
「んでもって、今回のターゲットが攫っていってるのはわかりやすい、『変幻』がまだ使いこなせてない子達ばかりだ。恵先生曰く、今回のターゲットは妖力、魔力についちゃなんの学もないらしい」
ここまで言い切って、澄人の表情が悪巧みしたような、気味の悪い笑みへと変わる。
「つまりな? 俺の作戦は────」
◇◆◇
砂埃の向こうから現れたのは、にやりと悪者じみた笑顔を浮かべる男だった。
半袖のワイシャツに真っ黒いズボン。腰には何やら物騒な日本刀を携え、伸びた前髪をヘアバンドでとめている男だ。
「おまえ、は……!? クソ、俺は今そこの妖怪のガキの親に連絡したはずじゃ……」
「動揺してる動揺してる。いやあ、ここまで見事にハマってくれるといっそ可哀想だわ」
その男のヘラヘラとした態度に少年────克己は、動揺と怒りを隠せない。
何が起こったのかはわからない。だがバカにされているのだけはわかる。もういっそここで
克己が足元に置かれた瓶に手を伸ばそうとしたのと同時。再び気に入らない男が、
「ホンットおまえ薬頼りなのな。自分の力でなんとかしようとは思わねぇのかよ」
思考を読んだように、吐き捨てるように言い放った。
「……なんだと?」
「子供さらうのも気に入らねぇやつどうにかするのも、全部全部薬頼り。自分の力を使おうとすらしねぇ……オマケに視界も頭ん中も狭いときた。笑えるなぁ……単純なおまえみたいなやつの思考、読めて正解ってモンだわ」
「────」
男の煽るような口ぶりに、克己は何も言い返せない。拾い上げた、無数の薬が入った瓶を強く握りしめるだけだ。
それを好奇と見たか、男の口は回る回る。バカにしたような笑みを深め、一歩。克己へと歩み寄った。
「目的は紅葉保育園を潰す、ってとこか? 動機はわからんけども……数名妖怪を攫ってくれば話題になって、保育園の存在が問題視される。そっから保育園が無くなる方向に話が進めばー……ってとこか? 単純単純。いたって単純。俺みたいなバカにも想像できるくらいだからな」
ペラペラと吐き出される言葉の数々。
そのひとつひとつがいちいち克己の逆鱗を撫で回し、怒りを沸騰させていく。
噛み締めていた奥歯を緩め、右足で強く地面を踏みしめる。同時に、とうとう耐えきれず激昂した。
「テメェはいったい誰だってんだ! 突然現れたと思ったら偉そうに語りやがって……何様のつもりで────」
その激昂すらも予想通りだった、と言わんばかりに。男は懐から何かを取り出し、同時に、
「澄人くん、戦闘許可降りました。今回はちゃんと加減するように、と」
「了解。時間稼ぎの煽りフェイズ終了!」
ひんやりと冷えた声が響く。驚きながら克己が視線を向けた先には、
「祓魔師育成学校極東第二支部、二年第六班
「同じく二年第六班、
◇◆◇
澄人の『決まった!!』と言わんばかりのドヤ顔と、天音の冷たい視線が絡み合う。
『天音が化けて保育園で無防備に待機。連れ去ったところを何とか尾行するから上手くやるように。アイツがイラつき始めたらこのケータイをチラつかせてやれ、俺が煽り倒してやる』
澄人が放った作戦といえば、これほどにまぁノープランなバカらしい作戦。天音もここまで上手くハマるとは思っていなかったらしく、吐き出されたため息と向けられた冷たい視線は澄人だけでなく、犯人にも向けられているらしい。
天音は『変幻』の成績は学年の中でもかなりの実力者だ。
とはいえ、間近で見られれば気づかれてしまうものなのだが……
「……まさか本当に気づかれないだなんて」
「言ったろ? 絶対、上手く行くって」
未だに驚きを隠せない様子。
なんともまぁ気の抜けた二人の会話だが、等の犯人────
「どーだ? 今ここで謝って、大人しく捕まっとこうぜ。これ以上抵抗すりゃ、罪を重ねるだけだぜ」
「────ッ! ふざけるなァ!!」
未だ煽るような澄人の態度に、克己は怒りを露わに薬を瓶から取り出す。
「俺が何をしたッ……俺は間違った事したってのかよ!! 妖怪は恐怖の象徴だ。そんなのが人間と一緒に暮らしていいわけがねぇ、わけがねぇんだ!! だから、だからッ……俺が、裁かなくちゃいけない。裁かれるのは俺じゃない、アイツらだ。俺はようやく、コレのおかげで……妖怪と、対等に戦えるってのに!! 育学の野郎なんかに捕まってたまるか!!」
叫び、目を血走らせ、唾を飛ばしながらの克己の主張。同時に薬を口の中へと放り込む。
澄人と天音が焦ったように駆け寄るがもう遅い。薬は克己の体内へと滑り込み、そして────
「……マズった、煽りすぎた────」
言葉を遮るような、濃密な妖力。
人間には流れることがないはずのソレは、克己の体内で無理やり形成され、許容量を超えた妖力が不吉な色を孕んで身体の外へと飛び出す。
熱気を感じるほどの妖力。赤々とした妖力は、克己の体へと変化を与える。
本来持ち得ないはずの翼。人の掌のような不恰好な翼が右肩甲骨から飛び出し、同時に両腕の筋肉が膨張する。
遅れて発現した対の翼は、白い天使を想わせるような翼だ。しかしその翼からは神々しさはかけらも感じない。
「……マズいですね、想像以上に薬を服用している」
「ああ。まるでキメラみてぇだ……」
ここまでいけば人とは呼べない、と。澄人と天音の表情が凍りつく。
克己が所持していた薬は、服用した者に妖力を与えるというもの。
この通り服用すれば妖力によって身体は変化し、人間を妖怪へと近づける。効果時間こそは三十分と短いものの、服用する度にその効果時間は延びていく。
言ってしまえば、
変化すぎた風貌はもはや人間でも妖怪でもない。怪物だ。
故に、祓魔師育成学校では『人外製造薬』と呼ばれている。
「こりゃ想像以上にマズい────天音は園児たちの避難を! それから『退魔刀』の抜刀許可申請を頼む! こりゃ斬り落として殴り起こすしかねぇ!!」
「わかりました。五分ほど時間をください……全部、済ませてきますから」
「上等!!」
短くやりとりを繰り返し、同時に駆け出す二人。澄人は冷や汗をぬぐい取り、怪物と化した克己との距離を詰める。
「おいコラ意識はあるか馬鹿野郎!!」
「ゥるせェ育学ノッ、ボンボンが! コレでオレも妖カイと戦えるンだ……オレは、俺は、おれはオレは俺は俺はァ!!」
「意識はあるけど朦朧としてるって感じじゃないですかやだぁ!!」
叫び声を上げた克己の顔は犬のようなソレへと変貌し、もう『克己』と呼べる部位の方が少ない。膨張して破けた服の下からは所々鱗のようなモノが見え、澄人は思わず頰を引きつらせた。
上等と言ってしまった手前、弱音は吐けない。腰に携えた『退魔刀』の柄へと手をかけてやるも、抜ける気配はない。
「抜刀許可はまだ出ない……いや当たり前だけど。じゃあ、しゃあない」
なら、と。内側に宿る妖力────本来人間が持ち得ないソレへと、呼びかける。
「そんな偽物の力を手に入れたくれーで調子乗んなよ、
噛み締めた歯が鋭く伸びる。犬歯は獣のように────吐き出される息には濃密な妖力を。
同時に膨れ上がるのは右腕だ。袖が破け宙を舞い、同時に膨れ上がったソレへと真っ白な体毛が生えて行く。
「オマえ、ニんゲンじゃなク、妖怪ッ!?」
「残念だったな。半分あたりだけど半分ハズレだ」
膨れ上がり、変貌を遂げた右腕を構える。同時に浮かび上がった表情は酷く冷たく、普段の澄人からはかけ離れていて。
「俺は妖怪と人間の間に生まれた忌み子────半妖だ」
そう語る言葉からは、悲しくなるほどの自身への嫌悪感が滲み出ていた。
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