第4話 『命に値段は』

「ゴルァ待てぇい!! 逃げんな!!」

「きゃーばけねこがくるー!」

「きゃーくそねこがくるー!」

「かおこわーい!!」

「おい最後のはただの悪口だしその呼び方やめろって言ってるじゃん!?」

 子供の楽しげな声と、澄人の怒声が飛び交う。

 場所は紅葉保育園、その園庭だ。なかなかの広さのそこを駆け巡りながら逃げる園児数名と、それを追いかける澄人といった微笑ましい光景である。

「……現場調査ってなんなんですかね」

 そして、それを冷たい目で見守るのが天音。天音は少し離れた木陰のベンチに腰を下ろし、ため息をひとつ。手には可愛らしいマグカップが握られていて、その中には飲み物ではなく園児の手のひらの半分ほどの大きさの、可愛らしい泥団子がいくつか詰められていた。製作者によるとコーンスープらしい。丸い大きな物体が浮かぶコーンスープとは如何に。

 何故澄人たちが保育園にいるかといえば、


『明日は調べたいものがあるし現場に行こう。俺たちは足で稼ぐべきだと思うんだ!! レッツ現場調査!!』


 なんて澄人の呑気な一言が原因である。

 しかしいざ来てみれば依頼主の恵と園長に挨拶を済ませた後、園児たちと遊びだす始末。現場調査などとうそぶいた澄人がこれだ。冷たい目で、ため息も吐きたくなる。

「すみません、すっかり相手してもらっちゃって」

 そんな天音のため息を聞きながら、天音へと声をかけたのは恵だ。

 視線を背後にやれば、苦笑を浮かべた恵と目が合う。

 恵は四人ほどの園児に囲われていて、こうして天音と見つめ合う中でも「ねーねーせんせー」などとエプロンの裾を引かれていた。

「相手しているというか、相手にされているというか……微妙なところですね」

「いえいえ、そんなことは。澄人くん、園児の中でもかなり評判がいいですよ? なんでも、『ばけねこにあそんでもらったー』とかなんとか……」

「あ、あはは……まあ、子供とお年寄りウケは良いので、澄人くん」

 恵の口から出たアダ名に、思わず苦笑を浮かべる天音。

 ここに来て遊び始めた時に、大声で澄人を「このクソ猫!! 化け猫!!」と罵ったものだが、ここまで定着するとは思っていなかったらしい。

「……本当に、妖怪と人間の子供が一緒に遊んでいるんですね」

 苦笑を引っ込めつつ視線を澄人たちに戻し、遠い目でその園児の集団を見る。

 澄人に追いかけられる集団の中には、ちらほらと普通の子供とは違う、、子たちがいる。


 人妖戦争が終了して、人と妖怪の共存が決定して、もう18年ほどの月日が経った。

 最初こそは人の中にも妖怪を怖がり、見るだけで戦争中の恐怖を思い出してしまう人達もいたもので。そのせいもあって一部の、人間に関わろうとする妖怪に『変幻』をしなければ人間に関わってはいけない、だなんて決まりを設けたこともあった。

 だが3年もすれば恐怖は薄れ、今のように普通に共存するようになり……その決まりも気づけばなくなったのだが。こうして中途半端ながらも『変幻』を駆使して人たちの中に混ざるのも、その習慣の名残だろう。

 こうして人も妖怪も隔てなく遊ぶ光景を『平和になったものだ』と楽しそうに笑うものもいれば、『感覚が麻痺しただけだ』と唾を吐く人もいる。

 そんな大人たちに比べれば偉い子たちだ、と。天音は柔らかな笑みを浮かべた。

「……ええ。まだ何人か『変幻』が上手く使えない子も居ますが……みんな、仲良くしてくれてて」

「みたいですね。本当に、仲良しで」

 二人の間に流れる沈黙。

 数秒蝉の声と澄人の怒声が響く時間が続いて、耐えかねたのは恵だった。

 天音の隣に腰を下ろすとその顔を覗き込むようにしつつ、

「……それで、天野さんと化音さんは付き合ってるんですか?」

 からかうこともなく、真剣な面持ちで。

 対する天音は薄い笑みのまま表情が固まり、手に持ったマグカップから泥団子コーンスープがぼとぼとと音を立てて落ちた。

「いや、はい。そんなことは、全然。はい。一切その、ないわけでして、全く、全然」

 唇を震わせながら言葉を紡ぐたび、顔が真っ赤に染まっていく。とうとう耳まで真っ赤になってしまった。

「……付き合ってなくとも好きではある、とか?」

「だーーーーーれがあんなクソ野郎好きになるもんですか!! 私にも好きになる人を選ぶ権利はあるってもんですよ!!!」

「でも育学って、基本6人でひと班組むものなんでしょう? なのに2人で活動って……好きでもなかったらしんどくないですか?」

「他に友達がいないだけなんです信じてください!!」

 会話を繰り返す度羞恥が押し寄せ、とうとう地面に落ちた泥団子を踏み潰しながら勢いよく立ち上がる。それと同時、


「おねーちゃんかおまっかー」

「すなおじゃねーのー」

「おれねーちゃんみたいなのなんていうかしってるぜ? ツンデレっていうんだってよー」

「やーいつんでれねえちゃんだー!!」


 無数の揶揄うような声。声の主はさっきまで恵の周りにいた園児たちで、遠目に天音を見つめながらにやにやと笑っていた。

「こ……の……マセガキどもぉぉぉ!!」

 叫びながら、走り出す。

 この後上手く撒かれた園児たちと澄人に、疲れ果てた天音は指をさして笑われることになるのだが……それはまた別の話。


 ◇◆◇


 窓から差し込む夕焼けを受けながら、少年はひとり爪を噛む。

「くそ、くそ、くそ……今日連れてきたので四人目だぞ? だってのになんで問題にすら上がらない……なんでだ。なんでだなんでだなんでだ畜生!!」

 少年はイラただしげに、床に広がる写真を蹴り飛ばした。宙を舞う写真は紅葉保育園で撮られた、妖怪の子供たちだ。

 そんな少年の怒りに、怯えるような声が4つ。声の主は部屋の隅で捉えられている、妖怪の子供たちだった。

 全員が全員縄で縛られ、瞳には恐怖の色を浮かべている。

「……まさか自分の子が連れ去られたってのに気づいてねえのか? だとしたら笑える話だな。自分の子供に愛着のねぇクソ野郎どもが……」

 ここにはいない妖怪の親たちに毒を吐きつつ、遠目に恐怖する子供達を黙らせるために睨みつける。

 同時に少年は気味の悪い笑顔を浮かべて、その子供達へと歩みを進めた。

「そうだよ。気づいてねぇなら気づかせてやりゃいい……騒ぎにならないなら騒ぎにしてやりゃいい。なーんで気づかなかったんだろうな、俺は」

 笑みを浮かべながら言って、誘拐してきた子供────そのひとりに目をつける。

 視線の先にいるのは、つい数十分前に連れてきたばかりの少女だ。少女の首からは子供用のケータイがぶら下げられていた。

「丁度いい。少し貸せよそれ、なぁ!!」

 返事を待たず、少女の首からソレをもぎ取る。

 震えだす少女を尻目にケータイを操作して、『お母さん』と登録されている番号をコールした。


 機械の、無愛想な呼び出し音が数秒響く。そして、

『あいもしもし』

 その向こう側から聞こえてきたのは、気の抜けた男の声だった。

「……? いいか。おまえの娘は預かった。返して欲しければ日が沈むまでに三百万用意しろ。受け渡し場所は────」

『あー、ああ。うん。悪りぃんだけど』

 疑問符を浮かべながらも要求を通そうとケータイへと言葉をぶつける少年。が、しかしその要求を遮るような、気だるげな声と同時。


「────!?」


 鼓膜を揺さぶる破壊音。視界は砂埃が覆い、そして。


『「ウチの娘は、値段つけられるような安い子じゃないんでね!!」』


 声が、重なる。受話器の向こう側と、舞う砂埃の向こう側。突き破られた扉の向こう側から現れたのは、ヘラヘラと笑みを浮かべた男子高校生であった。

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