第3話 『依頼』
祓魔師育成学校とは、警察が取り入ることをやめた事件────主に妖怪や半妖、妖力魔力が関係した事件の解決を専門とした『祓魔師』を育成するための学校である。
学校に通う者たちは祓魔師の卵とは言え、一年間祓魔師の訓練をくぐり抜けたツワモノ揃い。
故に町民からの信頼は厚く、依頼が後を立たない。
「……久々じゃないか? 俺たちに依頼、頼んでくる物好きなんて」
「そうですね。三ヶ月ぶりでしょうか」
……澄人たち『二年第六班』を除けば、の話だが。応接室への廊下を歩きながら、二人が思わずボヤく。依頼が来なくても別に悔しくない。最近便利屋みたいな扱いされてるのは否めないし……というのは澄人の弁だ。
主に祓魔師育成学校へと届く依頼には二つの形式が存在する。
ひとつは『何年の第何班に依頼します』といった指定制、もうひとつは食堂の掲示板へと貼り付けられた誰でも受けることができる無指定制。
澄人たち第六班は主に後者を受け、そして数々の破壊────本人たちが測ってやっているわけではないが────を繰り返してきたわけで。そんなことをすれば悪評もそこそこ広がり、指定制で依頼を頼んでくる物好きなんてのはほぼ皆無に等しい。
そんなことを考えながら渋い表情を浮かべる澄人だが、応接室の戸へと手をかけると、表情を引き締めた。
「……澄人くん、ノック」
「あ、おお」
そのまま戸を引こうとして、天音からストップがかかる。
どうやら素で忘れていたらしく、苦笑まじりに咳払いをひとつ挟み、右手の甲を扉へと構えた。
ノックの乾いた音が二度響き、数秒の沈黙。扉の向こうから「どうぞ」と反応が返ってきたのを確認して、今度こそ戸を引く。
「極東第二支部二年第六班の化音 澄人です」
「同じく、天野 天音です。本日は依頼、ありがとうございます」
戸の向こうで待っていたのは冷房の冷えた風と、応接用のソファに腰掛ける女性の姿。
女性は黄色いエプロンを身にまとい、エプロンには可愛らしい多数のアップリケが見える。その女性は澄人たちを見やると深々と頭を下げ、
「……こちらこそ、ありがとうございます。本日はお二方に、弟を裁いていただくためにここに参りました」
低い声音で、言葉を投げかける。
その瞳には悲しみと、ほんの少しの怒りの色が揺れていた。
◇◆◇
紅葉保育園の先生。
それが今回の依頼主の名と職業らしく、澄人は天音が淹れたコーヒーを啜りながら成る程と頷いた。
最初、エプロンの女性────改め、恵を見たときに澄人は「保育園やら幼稚園の先生みたいだ」と感想を抱いたものだが、まさか「みたい」ではなく「そのもの」だとは。
紅葉保育園といえば、街の四隅に佇む楓の木の一本である『
人の子だけでなく、妖怪、半妖の子供まで受け入れてくれる数少ない保育園であり、楓町のママさんからは評判がとても良い。
しかし同時に『妖怪なんかと一緒に預けられない』と渋い顔をする者も居て、未だに妖怪と人間の間に壁があることを思わせる保育園とも言えた。
「……それで、今回の依頼は弟さんの確保……ということで、良いんですか?」
コーヒーの入ったカップをソーサーに置きながら、天音の問いかけ。
それに恵は唇を固く結んで、エプロンを握り締めながら小さく頷いた。
「はい。ここ三日ほど、園児が数名行方不明になっていまして……その犯人が、弟なんです」
「誘拐、ですか」
恵の言葉に、何か引っかかりを覚えたような天音の表情。
その引っかかりは天音だけのものではないようで、
「……犯人がわかってるなら、なんで捕まえないんスか? しかもただの誘拐事件なら、俺らじゃなく警察の担当だと思うんスけど」
今度は澄人からの問いかけ。すると恵はエプロンのポケットからスマートフォンを取り出し、動画の再生アプリを立ち上げる。
向かいに座る澄人たちが見やすいように画面を調整すると、ひとつの動画を再生し始めた。
「これを、見て欲しいんです」
再生された動画は、どこかの監視カメラの記録。見た所保育園の園庭のようで、夕暮れ時の赤々と染まった日差しが土の上に遊具の影を落としているのが見えた。
そしてそこに、現れる人影。
ソレは一般的な男子高校生ほどの背丈で、その小脇に自分の腰ほどもない身長の子供を抱えていた。
その男の影は辺りを見回すと何かを口に放り込み、
跳んだ、ではなく飛んだのだ。寸前まで妖力も何も纏っていなかった人間が翼を生やし、そして一息に空へと飛び去った。そこで映像は終わっている。
「……そういうことか」
これはただの誘拐事件ではない。薬と妖力を使った誘拐。つまりは、人の手には追えない事件────。
「これは、
「ああ、そうだな。わかりやすく狐っぽい尻尾が生えてたから……イヅナやらその辺の子供だろ」
二人の納得したような呟きに恵は、頷きながら奥歯を強く噛みしめる。
「……この映像以外にも、あと二人の園児が誘拐されました。ひとりは妖怪のお子さんで、もうひとりは半妖のお子さんです」
噛み締めた奥歯が押し殺すのは、悲しみか、怒りか────はたまた両方か。
俯く恵の表情は二人には見えず、陰ったその顔を見つめることしかできない。
「変幻もまだまともに使えない子たちばかりで……弟は、
恵の吐き出す言葉に嗚咽が混ざり、強くエプロンを握り締める手に雫が落ち、
「だから────!!」
噛み締めた感情を吐き出して、まっすぐな、涙に潤んだ視線を二人へ向ける。
ひどくまっすぐで、強くて……弱い視線だ。
そんな視線を真っ向から受けて、
「放っておけるわけ、ないよな」
「放っておけるわけ、ないです」
二人が強く言葉を返し、立ち上がる。
「その依頼、祓魔師育成学校極東第二支部────二年第六班が受けましょう」
「……あれっ、それ俺の台詞」
……どうも締まらないのは、とりあえずここでは置いておいて。
その後も澄人は天音からいじられ続け、日が赤く染まるまで応接室から笑い声が止むことはなかった。
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