第4話
教室に戻り、隣人に無断欠席の件を問い詰められたが軽くあしらった。
怪奇現象については、恥ずかしいのでおいそれとは話せない。
そうして何事も無かったかのように、その日も放課後を迎えた。
やけに長く感じる授業の連続から解放された学生達は、各々この後の予定を立てて楽しそうに笑顔を振りまいている。
教室の片隅で、一人どんよりとした空気を纏う僕を除いて。
「どうした透、そんな辛気臭い顔をして」
「いや、なんでもないよ……」
学生鞄を肩にかけた隣人は、そんな僕を心配するように声を掛けてきた。
「まぁ、学生の一人暮らしだしな。大変な事も多いだろ、息抜きにゲーセンでも行くか?」
隣人は確か野球部だったはずだが、今日は休みなのだろうか。
そんな有難い提案に普段なら意気揚々とノった僕だが、今日は今朝の約束がある為断らざるを得なかった。
「ありがとう、また今度誘ってよ。今日はちょっと用事があるんだ……」
「そうか。まぁなんだ、頑張れよ」
そう言うと手をひらひらとさせて、隣人は別のグループへと行ってしまった。
気合を入れ直し、僕は賑やかな教室を出て階段を登る。
別れ際に聞いた先輩の教室へと足を向けている途中、他の上級生たちの視線に縮こまりながらもその教室へと辿り着いた。
外から覗いてみると、一番後ろの窓際の席を中心になにやら人集りが出来ていた。
「……そうね。あなたの金運は良好、明日にかけて何か良いことがあるかも。恋愛運は普通。水周りに気をつけて」
その集団から聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、周囲に黄色い声が上がり順番待ちをしていたらしい生徒が前に出る。
……何をやっているんだあの人は。
様子を伺っていると、やがて先輩はこちらに気が付いたようで「今日はおしまい」と一方的に集団へ告げるとこちらへと歩いてきた。
「占いですか?」
「実験」
意味がわからない。
視線が気まずいので、早々に教室を後にするよう先輩の背を押して急かす。
変な噂が立てられないように下駄箱で別れた後、校門から少し歩いた場所で待ち合わせた。
「そんな事、誰も気にしないでしょ」
と先輩は言ったが、その容姿であまりに危機感が無さすぎだろうと思った。
どちらにせよ、本人はあまり気にしなさそうだけど。
待ち合わせ場所で再開して、駅へと向かう。
緑々しい初夏の並木道には、穏やかな空気が流れていた。
足取りを少し落として並んで歩くと、どこか照れ臭くなったので誤魔化すように先程の事を訪ねてみた。
「実験ってどういうことですか?会話の内容からは、占いとしか取れなかったですけど……」
「そうね、あんたは占いって信じる?」
占いか……。
毎朝テレビで放送される、ささやかな生まれ月の占いは耳に入るけど、特段意識した事は無いかもしれない。
先輩は鞄をゴソゴソと漁ると、小さい水晶玉と何枚かのカードを取り出してみせた。
占いの小道具でよく見るアレだ。
「私は占いに詳しくないし、それ自体にはあまり興味もないわ」
「それじゃあ、そのあからさまなアイテムは何ですか?」
そういうと、先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべて楽しそうに答えた。
「これは、暗示をかける為のアイテムよ」
……最悪だ。
その一言で意図がわかってしまった。
「占いが本物であれ偽物であれ、それを聞いた人間は嫌でもその結果を意識してしまうでしょ?それによってその人の行動がどう左右されるかの実験。これが意外と当たるから面白いのよ」
だからあれだけ人集りが出来ていたのか。
皮肉な実験だと思った。
考えてる事が顔に出たのか、先輩はつまらなそうに鼻で息を吐いたあと小道具を鞄に戻す。
しかし、変わり者と噂されているくらいだから友人の一人も居ないと思っていたが、そうでもないのだろうか。
※※※※※※
程なくして僕の家へと辿り着いた。
道中何を話していいかも分からず気まずかったが、電車の中で爆睡を始めた先輩を見てそう思っているのは自分だけだと知り少し気が楽になった。
どこまでもマイペースな人だ。
子供っぽい、だらしのない寝顔を見ていると黙っていれば……なんて失礼な感想が頭に浮かぶ。
「ずいぶんボロい家ね。これなら何が出てもおかしくないわ」
率直な感想をオブラートに包む事もせずに吐き出した先輩。しかしその眼は新しいおもちゃを見つけたかの様にキラキラとしていて、何かを言う気も失せてしまった。
「散らかってますけど、どうぞ」
そう前置きして部屋へ招く。
今更にして考えれば、男子高校生の一人暮らしの部屋に女子を一人で入れるなんて物騒な話だ。
まぁ本人が一切気にしていなさそうなので、僕も気にしない事にする。
それはそれで悲しい話なんだけど。
部屋に上がった先輩は先程までの軽い態度から一転し、真剣な面持ちで僕の部屋を見渡す。
斜陽に当てられ伸びた僕らの影を見て、最初に奴が現れたのもこんな時間帯だったなと僕は一人思い返していた。
――10分程、そのまま何事もなく過ぎた。
「なにも居ないじゃない」
差し出した麦茶を飲みきって、不機嫌そうに言う。
先輩の言うように、連日現れているあの黒い影は完全になりを潜めていた。
「現れるのは本当に不定期なんですよ」
「ふーん……。そんなこと言って、やましい考えで呼んだんじゃないでしょうね」
勝手に来たのは先輩だろう、と口に出そうだったがなんとか留まる。
「そんなこと考えてないですよ。今日はもしかしたら出ないのかもしれません」
「つまんないの」
出たところで何も面白い事なんてない。
そんな得体の知れない存在がいつ、どの瞬間に現れるか四六時中怯えて生活するなんてストレスもいいところだ。
口を尖らせて、他人の家だというのにやけに寛いでいた先輩だが、やがて諦めたようにため息を吐いて立ち上がる。
「まぁ、いつか居なくなるんじゃないの?しらないけど。何も出ないなら私は帰る」
「そうですか……」
本当に居なくなるならいいんだけど、根拠も何もない。
諦めて親に相談して、引っ越すかお祓いを呼ぶかしよう。
――そう心に決めた時、その瞬間は例によって唐突に訪れた。
―――――――――!
音にならない悲鳴のような衝撃が、どこからともなく僕の脳を揺さぶった。
今までに比べて一段と激しく、思わず頭を抱えてその場に蹲ってしまう。
横目で隣に立つ先輩を見上げると、彼女は堂々とした様子で部屋の隅を睨みつけている。
「こいつね」
「そ、そうです!」
恐怖で声が震えて恥ずかしかったが、今はそれどころでは無かった。
いつも通りこのまま奴が消えるまで耐える事になるのかと諦めていると、あろう事か先輩はその影へと歩み寄っていく。
「危ないですよ!!」
思わず注意してみるも反応が無い。
怖くて堪らなかったが、勇気を出して再び見上げる。
すると、そこには僕の考えを丸っ切り覆す光景が広げていた。
「くふふッ!なんだ、そういう事か」
信じられない、笑っている。
それもお腹を抱えて。
「な、何が面白いんですか?!」
思わず声を荒げてしまう程異様な光景だ。
そんな僕を見下ろした先輩は、表情を一転させる。
「こいつをよく見てみなさい」
その低い声は、未だ響く耳鳴りの中でもよく聞こえた。
「む、無理ですよ!」
「無理じゃない!ちゃんと顔を上げてよく見るの」
そんな事言ったって、恐ろいものは恐ろしい。
そうやって塞ぎ込んだままでいると、「仕方ない、一つ貸しね」という声が頭上から降って来る。
何をするのかと身構えていると、背中に重量がのし掛かった。
あっという間もなく、そのまま髪の毛を鷲掴みにされ強制的に顔を上げさせられる。
「痛ててッ!何するんですか!!」
「意気地無しに付ける薬なんて無し!いいから言う通りにする!」
その横暴な態度に今度こそこの先輩に相談した事を後悔した。
目前に見えるのは漆黒に包まれた人影、何度も目を逸らしてやり過ごして来たそいつの顔を、この時僕は初めて見た。
――その顔は、紛れもなく僕と同じ顔をしていた。
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