プロローグ③


「現行犯だ! 大人しくしろ!」


 部屋のドアが勢いよく開放されると、他校生を含めた四人の女生徒が、ピラミッド隊形で仁王立ちしていた。リーダーと思わしき女生徒の左腕には『風紀委員』の腕章。

 ピラミッドの頂にいたリーダーの女生徒は、躊躇なく部屋へ押し入り、


「無駄な抵抗はやめるのだな。大人しくすれば、命は保証してやる」


 俺は木刀を突きつけられた末、両手を上げながら降参。妙技を使わないよう、腕の関節をキメられながら絨毯に組み伏せられた。


「東雲甲を確保した! 被害者は?」

「身柄は保護しました。まだ本格的な変態行為は行われていないようです」


 他の女生徒たちによって、目隠しや拘束が解かれた七海さんは、床に組み伏せられている愚かな男に視線を移す。動揺に揺れ動く七海さんの瞳孔は、何が起きたのかまったく理解できていないことを示していた。


「東雲甲、弁解はあるか? ここには黙秘権など存在しないのだぞ」


 リーダーの女生徒は、俺の背中に騎乗しながら問う。弁解を所望しているのか殺害を企てているのか、俺の背中にミシミシと喰い込んでくる鋭利な膝。


「弁解? ヒラカターンは俺にそんなことを求めてないくせに──あっ、いてててっ!」

「……その名で呼ぶなと何度も言っている。腐れ縁でなければ腕をへし折っているぞ」


 強く捻られた腕の関節が悲鳴をあげて、俺の口から絶えず漏れる断末魔。

 拷問と大差ない尋問をされそうな殺気が、リーダーの女生徒から噴出している。


「風紀委員の皆さん、待ってください! コウくんに酷いことしないでください……。家に誘ったのはわたしなんです。不純異性交遊なら、わたしのほうを問題視すべきです」

「俺を庇ってくれるなんて……七海さんは天使や。聞いたか、ヒラカターン。帰れ帰れー」

「貴様は黙っていろ、女の宿敵めが」


 あっーーーーーーーーーー⁉ 腕がもげる。もげるんですけどー。


「コウくん……なんかキャラが違ってきてるんだけど」

「それがその男の本性だ。お前が今まで見てきた紳士的な東雲甲は、取り繕った外面に過ぎない。裏の顔は、嫌がる恋人を性的に責めることしか考えていない紳士andサディスト──これがSADSの真実なのだ」

「そ、そんな……かっこよかったコウくんは偽物だったの……?」


 唖然とする七海さんに同情したのか、そっと歩み寄るリーダー以外の三人。


「ワタシは東雲くんから『学校に下着を身に着けてこないように』と言われました」

「私なんて『ロ○ターを鞄に入れたまま、持ち物検査に挑戦しろ』って強制されて!」

「焼きそばパン買ってきたのに『俺、ツナマヨおにぎり派』ってヒドくないですかぁ⁉」


 ここぞとばかりに愚痴をぶちまける三人だが、思い当たりすぎてぐうの音も出ない。

 いや、よく考えると最後の子だけ初対面だし、罪状のジャンルが違くない? ツナマヨの件も初耳なんだけど。


「あなたたちは……いったい何者なんですか?」


 七海さんがそう問いかける。リーダーは俺を乱暴に立たせて「腕を縛って、頭から上着でもかぶせておけ」と、側近の三人へ身柄を引き渡した。


「自己紹介がまだだったな。私は一年の枚方ひらかた柚月ゆづきという者だ。見ての通り、上井草高校の風紀委員として学校の風紀を守っているのだが、今日のような極秘任務も熟す」


 ヒラカターン──いや、枚方さんは、威風堂々の発言が具現化したような容姿を持つ。

 凛とした強気な瞳で俺を威嚇し、美しく整えられた姫カットの黒髪ロングヘアーを揺らす和風美人。さらに竹刀袋に入れた木刀を常時、肩に下げている武闘派の剣術娘だ。

 お胸様が控えめなスレンダー体型ながら、男の俺を凄まじい力で制圧したことからも、彼女の高い戦闘力が垣間見える。


「この者たちは風紀委員の傘下、東雲甲の元彼女で構成された『東雲甲被害者の会』の会員でもある。この男の悪行を未然に防止して、校内の女生徒を救うために活動しているのだ」

「ここにいる皆さんは、コウくんの元彼女……なんですね」


 枚方さん以外の三人が同時に頷いているけど、ツナマヨさんは違うでしょ。


「お前と東雲甲が恋仲になったときから、お前の両親には今回の討ち入りを事前に知らせているし、進んで協力もしてくれた。手塩にかけた娘が、羊の皮をかぶった変態サディストと付き合ったと知れば不安でたまらんだろう」


「だから、お父さんもお母さんも帰ってきてないんですね……。コウくんが本性を出しやすいような空気を作り出して、現行犯で捕まえるために」


「東雲甲が本性を現すのは、恋仲になってから一週間後。こちらも行動は読みやすい」


 やられた。さすがは枚方さん。

 元彼女たちの経験を以てすれば、根回しや先読みなど朝飯前というわけか。


「さあ、じっくりと話を聞かせてもらいますからねー」


 枚方さんを除いた三人に付き添われて、俺は部屋から連行されていく。

 手が紐で縛られている上に、上着を頭からかぶせられているため、このまま外に出たら近隣住民の皆様には犯罪者の移送だと誤解されても仕方ない光景だった。


「……さっきから思っていたんだけど、あなたは誰? ちゃっかり混ざっているけど」

「東雲ちゃんの元彼女ですがぁ、なにかぁ?」


 側近の一人が、ツナマヨさんに疑念を抱いた。


「それでは、東雲甲クイズです。黒ストッキングを穿いた彼女へ東雲さんがやることは?」

「くむむ……黒ストだけ半分脱がせるぅ」


 突如、側近から出題された東雲甲クイズに渋々答えるツナマヨさんだったが、


「違います。彼女の股間に顔を埋めて、黒ストの肌触りと香りと温もりを堪能します」


 即座に偽りを見破り、両脇からガッチリと拘束した側近たち。


「その娘も連行しろ。東雲甲の元彼女という肩書き目的の虚偽申告と経歴詐称だ」

「ご、ごめんなさーい! 友達に見栄を張りたくてぇええええええええええええ…………」


 なんか……連行されていったツナマヨさんよ、永遠に。

 すぐ戻ってきた側近たちに先導されて、改めて俺も部屋から連れ出される。


「さっきも言ったけど、俺は嫌がる彼女を責めることが大好きな男なんだ。キミの気持ちを利用してしまって……本当にごめん」


 去り際、困惑する七海さんに本心を告げた。俺の気持ちは本当の恋じゃない。抑えられない欲求を自分勝手に満たしていただけ、ということを。

 玄関で待たされていたツナマヨさんと共に、これから元彼女の家で説教が待っている。


                  ※


 被害者の会が東雲甲を連行していったので、私と七海の二人きりになる部屋。本当の目的を説明せねばなるまい。今日初めて会話した七海とて、もはや無関係ではないのだから。


「東雲甲被害者の会は、東雲甲を救うための存在。歪んだ性癖による不埒な行為を事前に取締り、東雲甲自身が〝本当に好きな人〟を見つけ出す瞬間を待ち望んでいるのだ」

「被害者の会は、コウくんのことが未だに好きなんですね」


 七海の言葉は、私以外の全員へ向けられていた。側近の元彼女たちは東雲甲を嫌っている様子が感じられないので無理もない。あの者たちは、惚気話とやらを平気で語り出す。


「枚方さんは、コウくんとどういう関係なんですか? 友達……ではないですよね」


 その一方で、私に関しては東雲甲に対する態度が辛辣。七海は第三者の目線でそう感じているのだろう。


「私とあの男は赤の他人だ。風紀を守るため、被害者の会へ助太刀しているに過ぎない」


 私──枚方柚月と東雲甲の間に渦巻く微妙な空気を、敏感に悟ったのかもしれない。


「東雲甲と関わるのはやめろ。これは……お前のためでもある」


 余計な忠告かもしれないが、あの男は他人の理性すら狂わせかねない。お節介な忠告を受けた七海は静かに深呼吸して、私の手を力強く握った。


「でも、わたしはコウくんが好きだから! 初めて……好きになった人だから」


 馬鹿者ばかりだ。なぜ東雲甲は女性を惑わし、無自覚な罪を量産してしまうのか。

 汚れなき愚直な眼差しを向けられてしまったら、忠告の言葉が──喉に痞えてしまう。


「わたしも被害者の会に入れてください! コウくんにも本当に好きな人を見つけてほしいんです! そんなコウくんと、また恋をしたいから!」


 そして、被害者の会のメンバーが増える。私のように、愚かで物分かりの悪い女が。

 こうなったのは全て──不埒な私のせいだというのに。

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