第3話 「永遠を評する者」
最寄りの駅から2駅の、スーパーマーケットにセルフレジが導入された。お陰で買い物は便利になり、彼は買い物がもっと億劫になりつつある。
アパートのドアを苦労して開けて、牧椎名は小さな冷蔵庫に向かった。ミネラルウォーター、牛乳、避けるチーズ、ワイン等次々入れる。最後にポテトチップスの袋を出して豪快に口にいれていく。後は口をゆすいで一息つく。
10時。椎名は静物画を描いていた。広めのちゃぶ台に、いつ買ったか覚えていない狐のお面と、ワインで満たしたワイングラス。そしてナイフと箸。題名は『和洋折衷』にしたかった。
赤色が一番好きな色なので、ワインにはふんだんに使う。筆をはしらせていると、匂いがする。
絵の具ではない。何か生臭く例えるなら腐臭。
動いている。椎名の左側、左側、呼吸が耳に感じる。目だけで後ろで動きまわる、何かをつかもうとした。わからない。気配と匂いが彼の右側でとまる。あつい息。
批評家。似ている気がする。画家の後ろをついてまわる批判家でもありそうな。匂いはなんだろう。
だらんと。
椎名の視界の端に黒い髪の毛が映る。髪の毛の間に鼻まで見える。何かは、絵を見ていない。
じぃっと。じぃぃっと。
椎名の筆を持つ右手を見つめている。匂いのもとは髪の毛からだった。気付いた彼は目を瞑る。腐った匂いを吸い込む。
うつむく髪の毛の間の鼻の下、声が聴こえた。しかし口がない。鼻から下だけのっぺらぼうだった。でも聴こえる。
「……99ぅ‥ねぇ…ひぃお……ぇ」
意味がわからない。そう思った瞬間、髪の毛が一本椎名の指に絡みついてきた。そして巻き付いた髪の毛が伸びてくる。腕、肩、首。まるで蛇がのぼってくるみたいに。
椎名は理解した。異様に長い髪の毛の持ち主は浮きながら彼の周りを舞っているのだ。指に絡みついた毛はいつのまにか、身体中に巻ついている。キリキリキリ巻きついていく。
椎名は髪に絡みつかれながらだんだん狭まっていく視界にキャンバスをとらえる。さっきまで、描いていた静物は消えて大きな口が現れる。突然口が開いて歯が、舌が見えた。
ー…食べられるかもしれない。
彼の食事は大抵1日2食。最近特に絵を描いていてものを食べるのも忘れる。描き始めてから5時間が経過していた。残念なことに『和洋折衷』は完成しなかった最後の色がわからない。
風呂にはいる前に、避けるチーズとワインで間食を摂る。服を脱ぎ裸になってから絵の具類を片付け始める。汚れたらそのままシャワーで洗い流せば良い。
風呂を沸かしている間に髪を洗う。浴室にお湯がたまる音が聴こえる。ふとそちらに顔を向けると蛇口からほとばしるのはお湯ではなかった。どす黒い墨のような液体。
【ドボドボドボドボォォ】
決め手の色は黒にしよう。椎名は蛇口をしめた。
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