第六話

「今日は一段と冷えるのぅ・・・」

御剣神宮の境内にて、待ち人を乞いて立つ者が一人。

石段を上がり、その姿を認めたらしい待ち人が駆けてくるのがわかる。

「久方ぶりだな?シズカ。なんだよ、外で待ってたのか?」

「今出てきたばかりじゃ。さっき電話で話したばかりではないか。」

「こうして可愛い可愛い妹に直接会うのが久しぶりだって言ってるのさ。」

「まったく、儂の伝えた偽りの歴史を知るものがこの光景を見たら驚くぞ?」

可愛いと言われたのがよほど照れ臭かったのか、懸命に反撃の言葉を並べ立てる。

源九郎義経みなもとのくろうよしつねが、実は女で、しかもその兄である俺はお前に溺愛と来たものだからな。」

歴史に名を遺した彼の英雄が実は女性、そして彼を討ったとされる兄もまた存命でしかもこの妹を溺愛しているなどと誰が思うであろうか。

「それで?例のモノ持ってきてくれたのであろう?」

「まぁ、待て。それよりも高杉の家の者は誰か在るか?」

「なんじゃ?急に改まって。何やら敵だかなんだかを追って出て行ったキリじゃが、さっき戻るって連絡があったの。」

「じゃあ、待っていればいいか。慶蔵さんだっけか?居るんだろ?ちょっと待たせてもらってもいいかな?」

ひい様の客人と、その客人の親族とあらば。」

何も無い虚空より声のみが聞こえる。

「律儀だねえ。ま、そういうところに親しみを感じるんだがよ。」

そうして、二人は社の母屋へと入っていった。


それは、希望の対となるもの

それは、潰えた望み

深い「絶望」の中から、希望は生まれる。


 同じ頃。

御剣神宮の上空にて。

<さて、この姿で飛んできたはいいけど、これどうやって降りようか。>

龍の姿となった睦月が、呟く。

<姫様、社の屋根に降りたらダメかな?>

「え、今なんと?」

<だーかーら、社の屋根は駄目かい?って>

「流石にそれはちょっと同意しかねます。大体にしてその巨体に耐える様にはできて・・・」

できてない、そう言いかけたところで玲奈は思いを改めた。

「結界を張ります。それならばなんとかなるでしょう。姉上!絢華さん!」

呼びかけられた神無と絢華が術の準備態勢に入る。

<なるだけ揺らさない様にはするけど、手早く頼むよ。あたしもこの姿勢で止まるの結構大変なんだから。>

天原あまはら数多あまたの神に願いたてまつる』

二人は高らかに宣言した。

龍の背の上と言う状況下で舞う事はできないが、それでも神無と絢華は互いに鈴を鳴らしながら、互いに違う意図の祝詞を紡ぐ。

「~退け給へ、抗い給へ」

神無は反発の祝詞を。

「~受け入れ給へ、包み給へ」

絢華は受容の祝詞をそれぞれ紡いだ。

二人は互いの顔を見合わせて大きく頷いた。

<よくわかんないけど、いいんだね?>

「えぇ!」

「降りたってや。」

二人の合図を受けて、龍の姿のまま社の屋根へと降下を始める。

その巨体が収まった事を確認し、乗せていた者達へ降りる様促してから睦月は龍化を解いた。

「慶蔵」

と、短く忍の名を呼ぶ玲奈。

「お呼びでしょうか、姫様。」

「雪人を中へ。」

賦活の術が切れ、体力の消耗の激しい雪人を共に降ろせる者がこの場には居なかったので、この忍の名を呼んだ。

「御意」

そう短く返答し消えようとしたところで思い出した様に慶蔵は玲奈の方を振り向く。

「先ほど姫様に客人が見えられました。外は吹雪くので母屋にて待たせております。」

「そうか、わかった。」

主の応答を確認して、今度こそ忍はその場から姿を消す。

雪人を慶蔵に預け、それぞれの方法で屋根から降りる一同。

この機での客人だ。きっと何かあるに違いないと踏んだ玲奈は敢えて集団での面会へと臨んだ。

 一同を出迎えたのは、御剣市警察署「源八郎頼朝みなもとのはちろうよりとも」今は、「源さん」と呼ばれている好々爺であった。

「久方ぶりだな、妹は迷惑を掛けてはいないか?」

「より・・・源さん。急にどうしたんです?」

人としての姿より歴史の偉人としての方が馴染みの深い玲奈は一瞬そちらの名で呼びそうになるのを正した。

「コレに頼まれてね。許可証とついでにお似合いの得物をな。」

「兄上、さっきから黙っておれば随分ではないか!」

頼朝の傍に居た、彼の孫ほどの容姿の娘が抗議の声を挙げる。

「そうか、初めての者も居るんだったな。彼女の名はシズカ、源九郎げんくろうシズカだ。源九郎と聞いてピンと来たものも居るんじゃないか?」

高杉の姉妹は彼女を客人としてこれまでもてなして居たがあとの者は初めて会うものばかりであった。

だが、その姓には聞き覚えがあった。

「源九郎ってあの源九郎?」

そう尋ねたのは、且つて鞍馬の山にて遮那王に稽古を付けたとされる天狗の末裔の悠だった。

「いかにも、儂こそが源九郎。今の世に「義経」として伝えられる者じゃよ。お主はあの頃の天狗殿の子孫じゃな。よい面構えではないか。」

外見に似合わぬ口調で、ひとしきり話し終えた後にカカと笑って見せた。

「まぁ、今は儂の事は良い。話の腰を折って悪かったの。そもそも兄上が・・・。」

「久しぶりに会えたもんだからついからかいたくなっちまってな、っとこいつの言うように今はそれどころじゃないんだった。」

「市警察の署長殿がわざわざこんな徒人ただびとの寄り付かない神社にやってくるんだ、それなりの用向きなのだろう?」

「話が早くて助かる。例の神様が寄こしてるヤツ、アレをウチの方でもなんとかできないかと思ってね。」

「申し出は有難いが、退魔装備を持たない者は例え警官だとしてもこう言った事変に対して無力だって事はもう十分知っているだろう?あなたにできる事は各所との連絡、住民の避難誘導くらいだな。」

相手は神の遣い。その力は無防備の人間で太刀打ちできるものではないだろう。

十分な備えが無ければ妖と言えど対応が難しく、やはり生き延びる為には防戦一方を強いられることは明らか。

最近では警察の中にも退魔の心得を持つものも居るが、まだまだ数に限りがあるのが現状。

玲奈が言うように、各所との連絡や住民の避難誘導がせいぜいであろう。

だが。

「なんだ、それだったら俺たち向きじゃないか?ここには800年前の軍師と英雄が揃っているんだぜ?あとはウチの『精鋭』にちょいと声を掛けりゃなんとかなるかもしれないな。」

頼朝の口から出たのは意外な言葉であった。

800年前の兵法が通用する相手かはともかく、全くの素人ではない事を玲奈も神無も知っている。

「慶蔵。」

「は。既に整っております。」

「分かった。」

長年仕えてきた忍は、主の意思を汲み取ったのか、或いは事が起こった時から既に準備はなされていたのか。

短いやりとりの後に、百数十人は居ようかと思われるいずれも各地で活躍している退魔師たちが境内へと殺到していたのは後に知ることとなる。

「一体何を?」

「高杉の『名前』を出して各所よりいずれも劣らぬ剛の者を集めた。存分に使うがよい。但し、必ず無事に帰せよ?」

「全く、大したヤツだよ・・・、恩に着るぜ!」

そう言いおいて、頼朝はシズカを伴い、神社を後にした。


頼朝とシズカが精鋭を引き連れて発ち、少ししてからの事である。

「姫様。石段を上がってくる者があります。妖の者の様ですが如何致しましょう?」

「妖の者?」

御剣神宮は、表向きは鬼神を祀った風変わりな神社であるが、その裏では人の憂き目に遭ってきた妖達を匿う側面もある。

故に時折、妖が助けを乞うことも珍しくは無いのだが。

「先日、当家を襲撃した者と思われます。すぐにでも迎撃致しますか?」

先日、侵入を許した事をこの忍なりに憤りを感じているらしい。

「いや、アレは害を為すモノではない。下げてよいぞ。それから案内せよ。」

「しかし!」

「私が善いと言っている。害があると判断すれば首でも何でも獲ればいい。」

「…御意」

自身の感情と主命とで揺れ動く様を見て玲奈はため息をつく。

「この時代に『忍』と言うのも時代錯誤ではあるが、アレは少し感情が出過ぎるキライがあるな。」

「そうは言いながらも、当主としての忍の使い、だいぶ上手くなったんやないの?それに、今時使命一筋言うんも流行らんやろうし、ちょっとくらい人臭さがあった方がええと思うよ?」

(できれば、あんたにももう少し人らしい感情を得て欲しいところなんやけどな。)

使命に縛られた自身の妹と、その妹の使う忍とを重ね合わせる神無。

雪人絡みの有事があれば、怒りこそすれ、しかし笑ったり泣いたりと言う感情を見せない妹に、不安を感じているのだ。

もしも使命から解き放ってくれるモノがあるとすれば、それは生涯を添い遂げる伴侶を見つけた時だろうか。

雪人にそうなって欲しいと願って間もなく、あの惨劇が起きてしまい、玲奈はますます心を閉ざすこととなった。

ほどなくして、使命と憤りとが入り混じった顔をした慶蔵が、件の襲撃者、雪薙を伴って戻ってきた。

「雪人の事で来たんだろ?」

過ぎた力に消耗した雪人を見舞っての来訪であることは簡単に伺えた。

襲撃時点での話が嘘であると分かれば、この者はただの弟(或いは妹)想いの兄(または姉)なのだ。

「話が早くて助かるよ、まだうまく力が扱えてないんだろ?姫は。」

一瞬自分の事を呼ばれたのかとも思うが、この者の呼ぶ「姫」が誰を指すのかは知っていた。

だが、そこに一つ違和感を覚えた。

「実の弟なのに名前で呼ばないんだな?」

愛称として呼んでいるにしては、本名を呼ぶことを避けている節があることに気が付いた。

「今更呼んでやれるわけないだろう?『あの件』に関しての気持ちは半分は本当だったんだもの。そして理由はどうあれ姫を封じるきっかけを作ってしまった俺は民からも嫌われてしまったんだ。それなのに今更

名前で呼ぶなんてできる訳ないじゃないか。」

理由はどうであれ、彼らの慕情の対象を亡き者にしようとした事実は変わらない。

結果として雪薙は、次期女王として相応しくないとされ、王女の座を永久に剥奪されることとなってしまったのだ。

「それは・・・。」

「あんたも姫なんて呼ばれて臣下を束ねる立場なら分かるだろう?まぁ、そのことは今はいいんだよ。」

そう言って雪薙は、懐より小さな革袋を取り出した。

「雪の妖に伝わる氷菓だ。これを姫に。それから・・・。」

そこで一旦言葉を区切って、雪薙は思い出した様に告げる。

「四神の被り物をした娘たちに会った。がみって名乗ってたっけね?あんたたちに力を貸すのは癪だけど街は任せろって言ってたよ。それじゃ、言うことも渡すモノの用事も済んだし、あんたのとこの忍に首を獲られないうちに帰るよ。姫を・・・いや弟を頼むよ。」

屋内にありながら一瞬の吹雪が吹いた後、雪薙は姿を消していた。

「そうか、ヤツらが動いたか。」

雪薙が会ったと言う人物には心当たりがあった。

四ツ神姉妹。人の身にありながら四聖の力を宿す少女たち。

彼女らは、高杉姉妹を敵と見なし幾度となく衝突を繰り返してきた。

曰く、いずれ人に仇なす大妖になるかもしれないのだそうだ。

高杉姉妹にしてみれば、人に仇為すかどうかは人の行い次第なのだが、直接手を下そうと言う気は無いしむしろ罪深いからこそ生き永らえさせるを行動理念にしている。

かの姉妹らが危惧する様な事を起こす気は無い。

それを理解した上でも繰り返し衝突をしてくるので、いつからか好敵手の様な関係になった。

あくまでも「いつか必ず討つからそれまで他の誰にも討たれるな。」と言う意識らしいが。

その夜、雪人は受け取った氷菓を食し、普段と変わらぬまでに回復した。

兄の自分への想いに複雑な心境であったらしいが、全てが誤解であったと気づいた今、むしろ哀しいとさえ想った様だ。

「一族の跡目争いに、人と妖との対立か。これも含めての試練なのか?神よ。」

彼の神の事だ、きっと聞き耳を立てているに違いないと思い、玲奈はこぼした。

その時、外から地鳴りの様な音が響いた。

あれやこれやとが目まぐるしく変わる日だ、何かあったに違いない。

そう確信して、一同は外へと駆け出した。

「なんだあれは!?」

それは空高くに浮かぶ、巨大な建造物。

「城」と呼ぶのが相応しいモノが中空に浮かんでいた。

何処かに埋もれていたのだろうか、城下にあたる部分には、現代の家屋のいくつかがそのまま残されており、そこに住まう者は突然の出来事にうろたえるしかできなくなっていた。

中には墜落する者さえいた。

「酷い・・・。」

想像を絶する惨状に、各々はそれ以上の言葉を紡げなかった。

「慶蔵。」

「はっ。」

「速やかに被害の確認。それから『アレ』の準備を」

「は?しかし、アレはまだ調整が済んでおらず実戦に耐えうるモノかは・・・。」

「カタチがあればいい。すぐに手配を」

「御意。」

状況に動じず、いち早く動いたのは玲奈だ。

直ぐに忍を招き、的確に指示を出していく。

神無の言う「忍の扱い」に慣れてきたのだろう、命令に遠慮がない。


「皆、私に付いてきてくれ。彼の城への対抗策を思いついた。」


 同じ頃。

「神の遣い」と称される怪物が街を駆け回っている。

その光景に力なき者はただただ絶望するしかなかった。

何とか逃れようと、人気のない路に隠れやり過ごそうとする者も居た。

だが。

「ひっ!?」

かの異形は人をその熱で捉え、またどこへ隠れようとも上空、或いは地下、或いは背後から顕れ出でて、人畜を襲った。

万事休す、そう思ったところに一筋の青い光が飛び込んだ。

見れば、自分よりも小柄な一人の風変わりな少女が目の前に立っていた。

「え?」

自らに襲い掛かろうとしていた、その怪物が目の前で一瞬の間に爆ぜていた。

「えっと、お怪我はありませんか?」

青い龍の被り物を被った少女が手を差し伸べた。

「あ、ありがとう。君は?」

「私は四ツ神青龍せいりゅうそれであっちで暴れまわってるのが私の妹たち、名をそれぞれ白虎、朱雀、玄武と言います。」

それぞれが、伝説に聞く四聖の被り物を頭に付けていた。

「ここは危険です、あとは私たちに任せて逃げてください!」

四聖の姿、名を冠した少女たちが、今この世で最も過酷な戦場で縦横無尽に乱れ舞う。

その姿はどこか、華の様でもあった。

「遣い」により危機に瀕していた住民たちはあらかた逃走することができたが、ここで一つ問題が起こった。

自ら達よりも幼い外見の少女たちのみに全てを任せてよいものか?と言う旨の事を言い出す者がいた。

初めのうちは「力が無いのだから仕方がない」と収まっていたが、次第にその波は全体へと伝わり、それぞれが手に慣れない武器を持って戦場に戻ってきたのだ。

「いけない、あなた達は下がっていて!!」

青龍と名乗った少女の悲痛な叫びも届かず、勇気と無謀を履き違えた者達が戦場へ出てきてしまう。

四聖の少女たちの攻めの手は、その住民たちすべてを守るには足らなかった。

何人かが傷つき倒れていくのを見て住民たちはようやく自らたちの犯した過ちに気づいたが、逃げるには遅かった。

少女たちの庇護を受けるにしても自ら達は勝手に動きまわりまた、「遣い」もそれに呼応して我が物顔で戦場を駆け回る。

これでは収拾がつかない。

その時、倒れて動かなくなっていた者達の幾人かが、まるで何事も無かったかの様に起き上がっていた。

『君たちの勇気と無謀に免じて慈悲を。』

天から周囲に響き渡る荘厳な声。

『逃げ出す者には逃げ道を、勇敢な者には力を与えよう。』

皆一度は死した身、そこから逃げるか戦うかを神は選ばせようとしている。

臆した者は逃げ出した。自らの過ちを悔いてなお戦おうとする者はその場に留まった。


下界の様子を見守っていた天原あまはらす神は深くため息をついた。

「全く、人間って本当に愚かだよね。」

「あら、私も貴方も元はその人間ですよ?それにそう言いながらも、うれしいんじゃありませんか?」

「まあね。ある程度は予想していたし、思っていたよりも残った者が居た。人もまだまだ捨てたもんじゃないのかもしれないからさ。」

「遣い」と人類との戦力差は明らかだった。

だからある程度の人死にも覚悟していた。

そして、その対策も。

「もう少し素直になられたらよろしいのに。」

「だって、実は「遣い」は僕が用意したんじゃなくて、本当の黒幕が用意したのを僕が意識的に誘導してるなんて言えないじゃないか。それに恨まれる事には慣れてるし。」

四百年。

人の一生の四度から五度分を見てきた神は、身勝手な人間によって恨まれたことは一度や二度ではない。

その度に、畏怖を呼び起こそうと、いくつかの村落を沈めた事も。

「とはいえ、やっぱり恨まれるのは嫌だなあ。その度に威光を示すのも。共通の敵でも居ればと、今回は悪役を買って出たけど、こういうのはこれっきりにしたいね。」

また深く嘆息。

その息吹が、下界へ吹雪として降り注ぐことをこの神は理解をしていたけれど、ため息をつかずにはいられない。

「ここまでしたんだ、後は頼んだよ。僕の子供たち。」



 街での騒ぎから少しした頃の事。

「ここだ。普段は使うことなど無いので私もめったに入る事は無いのだがな。」

先頭に立って歩いていた玲奈はようやく目的の場所にたどり着いたことを告げる。

社のある場所からさらに上ったところにある大きな建物。

それは、まるで工場の様であった。

「門を開け。攻城兵器「松風」の支度をせよ!」

そう言うと、巨大な建物の門は地響きを立てながら開き、中には滑走路の様な路と、二輪車の様な鉄製の機械があった。

「既に用意できております、姫様。」

「慶蔵か。他の者達はどうした?いやそれは今はいい。街の状況はどうだった?」

これだけの大掛かりな建物に、家の忍が一人と言う状況はただ事ではない。

「皆、松風の準備を済ませるなり帰られたものかと。それから街の状況ですが、あの状況にあって死者は出ておりません。」

「なんだと?それは確かか?」

かの城の浮上時に墜落した者を確かに目撃した。

にも拘わらず死者が出ていないと言うのは少々信じがたかった。

「あの場に偶然居合わせた天狗が何名かを救助された様です。また、『神威』の行使も確認されています。恐らくは。」

「なるほど。報告ご苦労。それで?出せるか?」

「標的への軌道計算等も既に終了しています。後は搭乗して頂ければ。」

見れば、滑走路の先は筒状になっており、筒の出口は宙を向いていた。

心なしか、いつもよりも雪が激しい様に見えた気がしたがそれは一瞬の事であった。

「聞いての通りだ。これに乗れば、かの城へ攻め込むことができる。が、敵の居城だ。何が起こるかは分からない。皆心して掛かれ!」

「これに乗ればって言われても、ただのバイクが並んでる風にしか見えないんだけどなー。ってかバイクなんか乗ったこと無いぞ?」

瑠璃が軽口を挟む。

「そこのところは問題ない、これはただ強力な推進力で目標に射出するだけの乗り物だ。当然ながら片道通行だな。跨っていれば勝手に進む。他には?」

玲奈は質問を促す。

が、誰も口を挟むモノは居なかった。

「あのさぁ、姉貴。」

口を開いたのは瑠璃だった。

「なんだい、こんな時に。」

これから決戦だ、と言う時に不意に声を掛けられ戸惑う雨音。

「俺さ、これが終わったら姉貴みたいに店の仕事できるようになりたいな、って思ってさ。」

「珍しいじゃないか?どういう風の吹き回しだい・・・いや、今はそういうことを言ってる場合じゃないだろう?」

返された言葉に瑠璃は決まりの悪そうな顔をした。

「悪い、そうだったな、じゃあ、行くとするか。」

そう言って瑠璃は松風と呼ばれたバイク型の兵器に跨った。

次の瞬間、瑠璃の乗った松風は、空の彼方へと飛ばされた。

「あのバカ・・・。みな続け!これより敵地へと突入する!」

「ウチのバカを追うよ!」

雨音を乗せた松風が射出される。

追って、他の者も後に続いた。

その夜、地上に居た者達からは、九条の紅い光が空に瞬いたのを見たと言う。


それは、希望の対となるもの

それは、潰えた望み

深い「絶望」の中から、希望は生まれる。

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