巻之一下

第5話

「あの二人が接触した様だね。」

そう呟く男神の手元には、人界の様子を映し出す水晶。

「では全ての役者が揃ったと言う事ですの?」

そう問うたのは男神に寄りそう姫神。

「そうだよ、始めるなら「今」だろうね」

男神が応える

「貴方様の作りだした結界の中で、この先人の子らが生きながらえるかの試練の時、ですわね。」

「君の子達なら乗り越えてくれると思うけど、弥生様。」

「私の子達ならきっと乗り越えてくれますわ、弥那津鬼みなつき様」

 

 それは、外から課せられるモノ

 それは、自らに課すモノ

 神の与えたもうた、乗り越えるべき「試練」の時


 「応!」と号令を掛けた、ついに集った八人の退魔師たち

彼らの立つ石畳の上に、一筋の光が差し込む。

その光は、突如空の雲を割って現れた。

「む?」

その光に気づいた玲奈が、今まさに駆けだそうとしていた足を止めて、他の者を制した。

「皆、すまない!私のところへ集まってもらえるか?」

そう言って、自らの足元を指し示す。

他の者たちも、言われて引き返す。

「集まったな。現世うつしよと神住まうクニ、今ここに結び給へ!」

そう唱えると、光の差し込んでいた場所から、天へと続く光のきざはしが現れた。

「この先だ、ついてこい。」

「一体どこへ行くんですか?」

力の暴走は収まったものの、未だに妖化が解けず慣れない女の姿で歩く雪人が問う。

「さっき言ったのを聞いてなかったか?神のクニだ。」

「え?」

妖が蔓延るこの世だ、「神」が居てその「神」の住まうクニがあってもおかしくは無いのだが、唐突の事に戸惑いを隠せない。

「あぁ、それと粗相だとかは気にしなくていい。これから会う神は、家族の様なものだからな。」

「すげぇ、神様の家族かよ・・・。」

後に続く瑠璃が呟く。

それに対し呆れた様な表情を見せながら玲奈は言う。

「何を他人事の様に?私にとってと言う事はお前たちの家族でもあるんだぞ?」

「え?」

姉妹の他の者が驚きそこで足を止めた。

「そうだな、着くまでもう少し上るから歩きながら話そうか。」

玲奈は語りだした。

今ここに集う八人の退魔師の関係を。

「元々はみんな一つの家の子だったんだ。だけど、みんな知っての通りそれぞれ「妖の血」を継いでる。」

その「血筋」の者が一か所に集まる事を当時の高杉家の当主は後世の憂いになると案じたのだそうだ。

「「妖の血」または「鬼の血」と私たちは呼んでいる。これは人や物に触れれば「妖化」してしまうと言う性質を持っていて、また「妖」を惹き付ける性質もあるんだ。」

高杉の家にははじめ、六人の妖の子が生まれた。

その六人の妖の子を当主に如月、鞍馬、流離伎、高杉、龍宮、三冬月の「六家」ができた。

「人と妖、妖と人。どちらかが人でどちらかが妖。はたまた半妖同士それぞれの代によって異なるがその血筋には必ず「鬼の血」が混ざっていたんだ。」

そして、それぞれの家が八〇〇年続いて今に至る。と

「さて、着いたぞ。」

話を終えたところで丁度光の階が終わっている。

或いは、この階の長さは神の気まぐれなのだろうか?

「ああ、良く来たね。待っていたよ。僕の子供たち。」

「え、アレって・・・!?」

優しそうな声で呼びかけてきた男神は、雪人にそっくりな顔立ちをしていた。

「姉妹以外の方は初めまして、僕が現世の常冬の結界を作った・・・いや君たちの世界を作った神「弥那津鬼雪人尊みなつきゆきひとのみことだよ。「弥那津鬼神」または「世界神」って呼んでくれていいよ。」

「おい、駄神。」

口を開いた玲奈からは恐ろしい一言が発せられた。

確かにここへ来るまで「粗相だとかは気にせずとも良い」とは言っていたが、その一言は神に仕える者としては問題がある様に感じられる。

「これはこれはご挨拶だね。流石は神をも脅す高杉の巫女、と言ったところかな?」

「んな!?」

そこに居た全員が一斉に玲奈の方を向く。

「切羽詰まると神でさえも脅かして呼びつける、って天原ではちょっとした話題になってる。まぁ、弥生様の娘だからねぇ。」

「そのくらいにしておいてくださいな。」

虚空より声のみが聞こえ、一同は身構えた。

「そう構えずともかまいません、今顕現致しますので。」

聞こえてくるのは女性の声だ。

顕現する。その者もまた神の一柱なのだろうか。

これまたうろたえているのは、姉妹を除いた6人だった。

何もかもが初めての体験。そう言った素振りである。

「やはり、一度しまうと現れるのに少し時間が掛かりますね。」

声のしていた方に、女性・・・否、一柱の姫神が顕れる。

「しばらくぶりね、玲奈、神無、それと私たちの子よ、絢華さんもこれまでお勤めご苦労様でした。」

顕れた姫神は、高杉の姉妹にとてもよく似ていた。

「あぁ、幾人かは驚いてしまいましたね。何からお答えしましょうか?」

姫神の身でありながら尊大な態度を見せず、あくまでも皆と変わらぬと言った姿勢で問う。

「皆さん驚きっぱなしなので、ここは絢華さんが。姫様・・・えぇとこちらの神様は高杉弥生姫尊たかすぎやよいひめのみこと様と言われまして。まぁ、玲奈さん、神無さんのお母様に当たる方です。」

「ちょっと待った、何故絢華さんがそれを?」

姫神の実の娘である、と紹介された玲奈であったがそれを知り得ない筈の絢華が知っていた事に驚き口を挟む。

「なんでって、お二方が小さい時にお世話したのはこの私ですもの。そうですよね、姫様?」

問われた事の答えを、弥生姫に促す。

「えぇ、その通りですわ。そしてそこの絢華さんは人と神との間に生まれた者「神子みこ」と呼ばれる存在なのです。ゆえに若い姿を保って居ますがその実は皆様とお変わりありません。」

「本当のところの歳は申し上げられませんけどねー」

いたずらっぽく舌を出して見せる絢華。

「玲奈、神無が私の娘であることも先ほど絢華さんが語られた通りです。ですが、二人は神子ではありません。何故ならその頃私はまだ神ではありませんでした。」

「ん?神様って元から神様なんじゃないのか?」

話を聞いている内に落ち着きを取り戻したらしい瑠璃が問う。

弟の無知を恥じて雨音は顔を覆う様な仕草を取る。

「人の身から神格を得、祀られ神となる方は少なくありません。ただそう言った方は大体その方の生涯を終え、魂のみの存在となり、そこで神としての体を得るのです。私の場合はそうなるには少々条件が違いすぎますので。」

「母う・・・、弥生様もまた我らと同じ鬼なんだ。だから人の様な方法では神にはなれなかったんだ。」

実の母の前で気が緩みそうになるも、慌てて言を正す玲奈。

「実のところ、神様の『ように』扱われた事はあるんですよ。それも800年、いえ770年程前でしたっけね?」

弥生姫は語りだした。

人々が「朝廷」と言うモノを敬い、且つては恐れ崇めた自らを討ち滅ぼそうと言う愚を働いたことを。

その際に、「敢えて」生き残った者を見逃し、自らの行いを広め伝えよと、その者に伝えた事を。

「そう、一度は祀り上げられた事もあったのです、ですが、人の発展に「異形」である私は妨げであったようなのです。私は己が身を守る為、人々に今一度「畏れ」の念を取り戻す為戦い、いえ・・・戦いと言う程のモノでも無い一方的な虐殺でしたね。」

そうして、今この時まで表の歴史にも名を遺す恐ろしい「鬼姫」として語り継がれたのが今目の前に立つ姫神であった。

「酷い、なんて身勝手な・・・」

激昂するのはかつて、自身も自らの集落を人間の一方的な都合で滅ぼされた雪人

未だ力の調節が思うようにいかないらしく、気を抜くと「氷柱」や「吹雪」を起こしてしまいそうになるのを寸でのところで堪える。

「そんな愚かな生き物だからこそ、敢えて護り、生き長らえさせる。私なりの復讐のつもりです。」

これは、雪人を封印した玲奈も言っていた。

殺して「楽にする」よりも、生きてその罪を償わせろ、と。

「さて、あなた方を呼んだのは昔話をする為ではありません。まぁ、聞かれたから答えたのですけど。」

言われて一同は、この神らによって招集された事を思い出す。

「雪薙を追っているんだよね?それは構わないし、なんだったら彼のところに降ろしてあげてもよいけど、彼を滅してはいけないよ?」

「兄は血族だからですか?」

自身と同じ顔立ちの優しい男神に問う。

「家族だから、まぁ、それもあるね。自身の肉親を滅ぼす事程悲しい事はない。でもねそれだけじゃないんだよ。詳しくは会って聞いてみたらいいんじゃないかな?それもまた試練だから。」

「え、試練?」

誰の何を試そうと言うのか。誰が与え給うものなのか。目の前の優しき男神から不意に出た言葉に戸惑いを隠せない。

「おっと、口が過ぎた様だね。何でも無いから気にしないでいいよ。それで?彼の下へ送ろうか?」

「いや、それではウチの慶蔵に申し訳が立たない。少しはの顔も立てさせてやってくれ。」

神に物怖じせずにそう告げるは、今の高杉を預かる玲奈だ。

「そう?君もなんだかんだ家を預かる立場が分かってきたみたいだね。できれば僕たち神をもう少し敬ってくれるとありがたいんだけどな。」

我が子同然の人の子の成長に関心をしつつも苦笑いをする男神

「別に、誰彼構わず不遜な態度を取ってる訳じゃないし、あの件もあの一回きりだ。」

普通はその一度きりも無いのだろうが、自らが妖で、その親が天上神であれば相手が何であれ気にはしないのだろう。

「じゃあ、そろそろ降ろすよ?あ、そうだ、雪人君。」

「はい?」

不意に名を呼ばれた雪人。

「この先、何があってもどうか君は君のままで居て欲しいんだ、それだけ!じゃあ、またね。」

まるで友人に別れを告げるかの様な調子で神は言う。

「え?」

何かを言い返そうと思った時には、目の前の世界は消えていた。

否、消えたのは世界ではなく、神のクニに居た自分たちの方であった。

元の地に降り立ったのだ。


「よろしいのですか?真実を告げなくても」

一同を送った後の神域で弥生が雪人神に問う。

「僕が言わなくても、彼が言ってくれる。そういう手はずになってるんだよ。そう、もう試練は始まってい

るんだ。」


「まったく、言いたい事だけ言って追い返されたな。」

不満を口にしながらも、何処か楽し気な声色の玲奈。

一同が降ろされた場所は、当の目的地の途上であった。

「確かに、直接届けるのはやめてくれとは言ったけど、妙な気を遣ってくれるんだな、アレは。」

目的地への途上、且つ彼の神らと過ごした時間で進行できるであろう地点。

悠久の冬の男神は、律儀なのだ。

或いは、人の言の葉に縛られる身ゆえであろうか。

それにしても、神の一柱を「アレ」呼ばわりと言うのは、やはり神に仕える者としてはいかがなものだろうか。

道を進んでいくと、この冬京においても異常な程に吹雪いているところが遠くからでも確認できる。

「あそこに兄・・・いえ、雪薙が」

肉親である兄を名で呼ぶ雪人。

その弟である自身を跡継ぎ争いで亡き者にしようとしたことを思えば当然の感情とも言えたが

「迷っているのか?」

過去の因縁故に、討ち取ることをも覚悟していたが、それを「ならぬこと」と自身によく似た神に諭されたのだ、無理もない。

「いえ、怖いんです。討ち取ってしまう事がいけないのなら、能力を御しきれてない今、対峙するべきではないのかと。」

300年前に封じられた時、そして先の鬼。

どちらの時も御しきれないが、雪人を、彼に関わった他を傷つける結末を迎えてしまった。

今、同じことを起こせば、自身こそが討ち祓われるべき存在となってしまうのではないか。

或いは、己だけが生き残ってしまう未来があるのではないかと。

その様な考えばかりが雪人の脳裏を過った。

「あー、よくわかんねえけど、大丈夫なんじゃねえの?」

そう軽口を叩くのは瑠璃だ。

雪薙の周囲が吹雪いているのが堪えるらしく、今は半分狼の姿になっている。

一緒に歩いていた雨音も半身を狐に変え寒気を凌いでいる様だ。

「え?」

意外な人物に声を掛けられ驚く雪人。

「だって、この間も訳も分からず能力をぶちまけちまったんだろう?それでも俺らこの通りピンピンしてるぜ?」

同意を促す様周囲を見渡す。

やはり獣化したかな、翼を広げた悠、焔の吐息で自身に雪が届く前に溶かす睦月が頷いた。

「皆さん・・・。」

「それにしても、あのいかにも誘ってる感じの、分かっちゃ居るんだけど手が出せないのなんとかならねぇかなぁ。」

そう言って瑠璃は、異様に吹雪いている箇所を指す。

恐らくはあの地点に雪薙は居る。

にも拘わらず、かの領域に干渉する術が無い事に苛立ちを感じ始めている。

「睦月様の焔の息吹でも敵いませんか?」

龍神の力を以てすれば容易いのではないか、と玲奈は提案してみせたが

「生憎と、から発せられる雪が自分の周りに付かない様にするのが精いっぱいだね。ごめんよ、姫。」

「悠は?」

融かす事が叶わなければ、風を起こして勢いを削げないか。

そう考え、天狗の悠に問うが

「ダメですね。勢いが強すぎてそもそも羽根が開けません。」

そう言って悠は申し訳なさそうにしている。

「雪人?」

突然、前へと進み始めた雪人。

「僕、ちょっとだけ力の使い方を思い出したんです。それに兄である雪薙にできるなら・・・」

また一歩前へ、更に前へと進む。

「上手くできるか分かりませんが、この地の天候に干渉してあの一帯の吹雪を止ませてみます!」

言うは容易いが、それは一介の妖の能力を遥かに上回る事だ。

神を降ろす事をも考えた玲奈ですら、解決の策を見出すことはできなかった。

神の力を借りれば、事があの地点だけに収まらないとしたからだ。

「この感じは・・・あの時の!いや、今は信じよう。みんな、少し離れるぞ!」

天候に干渉し、吹雪を止ませる。

そう宣言した雪人に、先に鬼を封じた際に似た力を感じた。

視界が霞むほどの吹雪が、巻き起こる。

『うわあああ!』

十分な距離を置いたつもりであったが、それでも不足で、その吹雪の一端が離れて居た一同を襲う。

だが、それも一瞬の事。

雪人が放った力による吹雪が止むと、例の一帯の吹雪も止み、相変わらず雪は降り続いているものの、それはいつもの日常であった。

「終わったのか・・・?そうだ、雪人は!?」

先に力を放った際に気を失ってしまった雪人。

それを案じて玲奈は駆けようとしたが

「あ、大丈夫です。ちょっと疲れましたけど。上手くできてよかった・・・。」

倒れてこそは居ないモノの、本人がいう程平気では無いのが見て取れた。

「彼の者に活きる力を!」

符術での一時的な賦活に用いられる言を唱え、その場を凌ぐ。

「これは・・・。ありがとうございます!」

「急場凌ぎだからな、終わったら帰ってきちんと休もう。」

神界との行き来、竜巻の様な吹雪による寒波と疲弊しきっている。

元より当初の目的は雪薙の追撃にあったのだ、これが終わったら一度帰還し「次」に備えるべきとの判断を玲奈は下した。

「おー、隊長様みたいだな、いや姫様か。」

「如月の。お前は今夜、夜警だな。」

そんな緊張感とはかけ離れた会話をしていると、近づいてくる者があった。

「いや、お見事お見事。まさか姫がここまで力を付けてるなんてね。と言うか解いて貰わなくっちゃずっとここに籠ってる羽目になってたから寧ろ感謝したいくらいだね。」

目の前に現れた「敵」の姿に先ほどまでの様子とはうってかわって、一同はそれぞれのエモノを手に身構えた。

「おー、こわいこわい。ただこちらの話も聞いて欲しいんだけどなぁ。」

全くの無抵抗、力を使う素振りも見せず完全降伏の体を示してみせた雪薙。

「って、そりゃそうだよねぇ。俺が言ってもしょうがないし。母上ー?」

「全く、そんなに早く妾に助けを求めては「試練」にならないでしょう?」

そう言って天から現れたのは、先ほどの男神と寸分違わぬ姿をした、否、彼の男神をそのまま女性形にした姿をした姫神だった。

そして、それはこの世に存在しない筈の人物でもあった。

「え、なんで母上が・・・。」

「この世の者でないから神。と言う理由ではダメでしょうね。順を追って話しましょう。」

雪人、雪薙の母は彼の争乱時に討滅された。また里の者も同様だと聞いていた。

しかし、母は健在であった。

「実は、そこのところから既におかしいの。いえ、厳密にはそう伝えなければならなかった事情があるの。だけど今ならその真実を告げても良い頃合いと判断し伝えるわ。里は滅ぼされた、と言うのはあくまで「彼の地」が居住区として使えなくなっただけの話。里の者は健在よ。」

「待った。ええと、貴女の事はなんと呼んだらいい?」

「妾はゆきめ。雪の女と書いてゆきめよ。雪女の女王たる妾に相応しい名前でしょ?」

「じゃあ雪女殿。いや、様の方がいいのか。里がそこに住む者も含めて滅んだのは私や姉上も見ていたんだぞ。それが違ったと言うのはどういうことだ?」

そそのかされ、激昂していた雪人はともかくとして、それを諫めようとした自分たちは冷静であった筈。

玲奈はそう言いたかった。

「妾の呼び方は好きにして頂戴。どうせ半身のあっちにも好き放題言ってくれてるんでしょ?」

「半身?」


「改めて言うわ。妾は弥那津姫雪女尊みなつきゆきめのみこと、そう彼の男神と身を同じにする姫神なの。それは置いておいて実際に里の者が討滅されたところを見たかしら?端的に住居が壊されそこに住む者が居なくなったからそう思ったのではなくて?」

住居が荒らされそこに住む者が居なくなればそう考えるのが自然。

つまり推測から同胞を亡き者と勝手に思い込んでいたのだ、と。

「実はさ、里が危ないって思った時にみーんな俺が避難させたんだよ。だから姫の事慕ってた奴らも無事だから安心しなよ、姫。」

「慕われてた?まだそこのところの記憶が曖昧なんだけど、それよりも僕の事憎んでいたんじゃ?」

先に現れた際に、王位の継承に邪魔だったと述べた雪薙が、今はそれと真逆の事を言っている。

「あー、アレ嘘。それも話すと長くなりそうなんだけどー。」

雪薙は面倒くさそうな表情を浮かべている。

「こんなことを言うと妾が恨まれてしまいそうなのだけど、実は300年前の事もその理由に関しても一芝居打たせて貰っているの。ある存在から雪人を護る為に。その為には酷ではあるんだけど封印しか方法が無かったのよ。勿論加減を誤って滅してしまう危険もあったから、一つの賭けだったの。」

「全部、貴女の手の平の上だった、と言うことか。」

「さて、そこから先に関してはこれから始める「試練」に打ち克てればおのずと見えてくるのではないかしら?」

「試練」先の神域での会話の最中にも聞いた単語である。

それだけ言うと彼の姫神は姿を消してしまっていた。

彼の神らが残した「試練」と言う言葉が気になるが、それよりも消耗の方が気掛かりである一同は、雪薙の追撃と言う目標も意外な結果に終わり帰路に着こうとした。

開けた通りに出た時に、一同は異常に気付く。

「なんだかやけに騒がしいな?」

先頭を歩いていた玲奈が口を開く。

「おい、アレって・・・!」

異常の正体に気づいた瑠璃がその方角を指し示す。

「な!?」

それは、先に姿を消した彼の姫神、によく似たその半身たる男神の姿であった。

それだけならば良い。視線の先にあるその姿は明らかに常軌を逸した体躯であった。

「初めまして。人の子達。僕の名前は弥那津鬼雪人尊。この世界・・・は言い過ぎか、この御剣の地を治める神。鬼神だよ。」

突如現れた、神を名乗る巨大な存在に戸惑う民衆。

その様子に満足したのか、神は新たな言葉を紡ぎ出す。

「突然顕れて「神」だなんて言われたら驚くのも無理はないか。ではもう一つ君たちが驚く様な事を言ってあげよう。今から君たちがこの先この地で生きていくに相応しいか「試練」を与えようと思う。」

圧倒的な存在により告げられる、淘汰の為の「試練」

「この結界の中で生きてきた君たちだ。きっとこの「試練」をも越えてくれると信じているけど、もし駄目だったらその時は君たちの滅亡の時だ。」

生か、滅か。

これまでにも幾度かの危機を乗り越え今ここに生きて居る者達でさえ「滅ぶ」と神は告げた。

「試練は簡単、数日後に僕の放つ「遣い」から逃げきって欲しい。あ、遣いは人も妖も区別なく襲うから、お互いいがみ合ってる場合じゃないんじゃないかな?もっともどちらかの滅亡を望むならそれはそれで構わないけれど。人、妖どちらかだけで越えられる程この試練は簡単じゃないって事と、失敗は滅びの時って事を覚えておいて欲しいな。」

人と妖との軋轢は最近でこそ緩やかになったものの、やはり人を敵と認識する妖、妖を敵と認識する人が少なからず居るのが現状である。

その中での「共闘」を推奨し、且つ失敗は滅であると告げる神。

彼の神にとっては「共存」こそが望みか、或いは「終焉」が望みか。

「期限はそうだなぁ・・・遣いが現れ始めてから一週間もあれば解決できるかな?うん、「遣い」から逃げるのとは別の試練があるんだけどそれは僕の「旧友」達に任せるからね。」

彼の神の「旧友」とは。

そう思って居た時に語り掛ける声があった。

声は他の大勢の者には聞こえず、高杉の血の者にのみ届いていた。

(君たちには「大いなる闇」と言う存在を討ってもらいたい。あ、討っちゃダメか。対応は任せるけど先の宣言通り期日は一週間。それ以上は待てないよ。人も妖も神もね。)

「運命に抗って見せてよ。

 助けてあげてよ、旧友達。

 君たちの絆を見せて欲しいな。

 君たちがこの先、僕の記憶に残るといいね。」

それだけ言うと、突如現れた巨大な存在は跡形もなく消えていた。

否、元々そこには居なかったのだ。

「姉上・・・。」

「こりゃあ、不味いことになったなぁ。」

「俺らはともかく、普通の人が妖と手を組むなんて承知できるかね?」

退魔の心得を持つ者の中には理解のある者も居るし、妖の方も無益に人を襲う者も居ない。

ただ、それを知っているのは一部の者だけだ。

「こればかりは、賭けてみるしかないか。」

それでも、共存の道しか残されて居ないのだ。

「一先ず、帰るぞ。特に雪人の消耗が心配だ。それに、私たちも準備をしないといけない。」

「ごめんなさい、みなさん。まだ力の使い方が上手くいかなくて」

符術で一時的に賦活したのが切れかかって居るのか、若干息が荒い。

「こりゃ、ちょっと不味そうだね。全員乗せて飛べるか?」

一同を見回して、睦月がつぶやく。

「飛ぶってまさか?」

玲奈がそう問いかけようとした時には、睦月は人の姿を解き、大きな龍の姿になっていた。

<そのまさかさ、飛ばすから振り落とされない様にな>

「みな、掴まれ!あと、誰か雪人を支えてやってくれ。」

玲奈に促され、一同は龍と化した睦月の背に乗った。

<乗ったね?行くよ!>

咆哮を轟かせながら、睦月は地を蹴り一気に飛び上がった。


 それは、外から課せられるモノ

 それは、自らに課すモノ

 神の与えたもうた、乗り越えるべき「試練」の時


 「ふーむ、どうやら仮宿の例をせねばなるまいな。」

一同が去った後の社に動く一つの影があった。

「確か、電話は」

大層小柄な、童の様な風貌の人影。

慣れない手付きで1、1、0とダイヤルしている。

「あー、もしもし。御剣市警の署長に繋いで貰えんか?何、儂?あー、えっとその、アレじゃ。高杉家の者じゃよ。」

電話そのものに慣れていないらしく、その言葉は何処か不自然だった。

「あ、兄上。儂じゃよ。何?用があるなら直接掛けて来いって?いや、ほら、その儂、機械って苦手じゃから、10桁も番号押せぬのじゃ。まぁ、それはいいんじゃ。例の許可証、儂にも貰えんかの?え?武器も付けてくれるって?そうじゃなぁ、それなら太刀がいいの。太刀はあるか?あるのか!うむ、分かった、では後での。」

これまた、酷く動揺した様子で受話器を置き電話を終える。

「久しく、血が滾るのぅ」

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