第七話
「あのバカ・・・。みな続け!これより敵地へと突入する!」
「ウチのバカを追うよ!」
雨音を乗せた松風が射出される。
追って、他の者も後に続いた。
その夜、地上に居た者達からは、九条の紅い光が空に瞬いたのを見たと言う。
それは深い絶望の中から生まれるもの
それは絶望を討ち祓う強い光
暗闇の中で燦然と煌めく「希望」と言う名の光
突貫型攻城兵器である「松風」は、その目的上目標に向けて跳ぶのみの設計であった。
そう、前方に例え如何なる障害があろうとも、かわすことは叶わない。
「分かってはいたけど、無防備と言うわけでもない、か。」
彼の巨城は、その巨体さ、そして中空に存在すると言う絶対的な優位性から攻城に対する防備は甘いモノと思われていたが、実際には「誰も」その空域に到達することが叶わなかった為に、その防御機構を知る術が無いだけであった。
今、彼の城からは松風に掴まった御剣神宮の退魔師達に数百、数千の砲塔を向け、絶えず銃弾や砲弾が飛んできている。
辛うじて被弾には至っていないが、次第に射撃の精度が増してきている。
時間の問題である。
幸いか、先に「射出」された瑠璃の分標的を分散せざるを得ない状況になっており、一人分は隙があるが、かと言って八人全員が無事に通過するには心もとない。
何より、彼を囮にしていると言うのは一同にとって気が引けた。
『ご無事ですか、姫様』
松風に搭載されたと思しき質素な発声機から慶蔵の声がする。
「無事とは言い難いな、迎撃を受けている。『これ』は突貫のみの兵器だったな。何か手立てはあるか?」
『少々お待ちください』
「なるべく手早く頼む。主を失いたくないのであればな。」
『そういう事は冗談でもやめて頂きたいですね、善処します。』
「あぁ、早くな。」
そう言って通信を終了する。
「慶蔵からやろ?なんて?」
「アレなりに、いやアレだからこそ心配したのだろう。大事無いか?と。」
「ま、あんたは昔っからそうやったからねー。それで。」
「この状況を何とかしてくれと言ってみましたが、私の知る限り『これ』にそんな装備は無かった筈かと。」
「まさか、こんなに早く使うことになるとは思ってなかったものなー。せやけど、ウチの技術班やよ?」
高杉家の、御剣神宮の、と付けばそれは非凡であることの象徴だ。
類が友を呼ぶとでも言うのだろうか。風変わりな神社の元に集う者達はいずれも皆「変わり者」ばかりであった。
だが、後にその「変わり者」達に感謝することになるだろう。
誰も「使い捨ての兵器」にわざわざ重厚な防御機構を用意する等とは思いもしなかったのだから。
『姫様、聞こえていますか。聞こえていたら応答を願います。』
「あぁ、大丈夫だ。それで、何か策はあるのか?私の知る限り『これ』にそんな装備は無かったと思うが。」
『えぇ、技術班が姫様の要求通りのモノを作っただけだったらそうだったでしょうな。前が少々見えなくなるかと思いますが間違いなく目標にたどり着きますのでご安心を。』
「前が見えなく?どういうことだ?」
そのとき、それぞれの乗った松風から、何かの駆動音が聞こえた。
音を訝しんでいると、前方に重厚な鉄の壁が展開され、慶蔵の警告通り眼前が見えなくなってしまった。
「まったく、こんなものを付けろと言った覚えは無いのだがな。いや、しかし今度ばかりは助かった。不問にしよう。それどころか特別に謝礼を与えてやっても良いな。」
『そう言ったお話は、無事に帰られてからお願い致します。…そろそろ…信…外』
「何?なんと言った?」
『…様、ご武運を…ます』
「あ、おい!」
発声機から鳴っていた声は、不明瞭なモノとなり、やがて完全に聞こえなくなってしまった。
眼前を見る事ができない今、「着陸」を待つより他無くなり、その時はとても長く感じられただろう。
時折、敵の迎撃機構より発せられた銃弾や砲弾等が着弾しているらしい音が聞こえてくるが、機体は微動だにしなかったし、それらが装甲を貫くことも無かった。
目標の迎撃機構はあくまでも「正面」から狙う事しかせず、装甲の無い部位を狙うと言うことも無かった。
突入に関しては、いつ来るか分からない着地の衝撃以外恐れるモノは無くなっていた。
否、心配事は一つだけあった。先に射出された瑠璃の安否である。
装甲の展開は一斉に制御された上での挙動ではあるが、それでも眼前の様子が分からない今、瑠璃は元より他の機体に乗り込んだ仲間たちの事も気になる。
「目の前のモノが見えなくなると言うのが、こんなにも恐ろしいだなんて思ったのは初めてかもな。」
玲奈は誰に聞かせるでも無く一人呟いた。
先ほどまでは、何かを言えば姉の神無が応答していたが、その神無の声も今は聞こえない。
「なんだか、雪人を失ってしまった時の気持ちに似ているな。」
孤独を錯覚させる、静寂と闇を切り裂いたのは鈍い衝撃だった。
銃弾にも砲弾にも怯まなかった機体が微かに揺れ動いた。
かと思うと先ほどまで展開されていた装甲が解除され、前面の視界が戻る。
装甲と、機体の役目は終わったのである。
「おー、無事やったかー。」
先に声を掛けてきたのは神無だった。
「姉上こそ!目の前が閉ざされて声も聞こえなかったものですから心配しましたよ。」
「おーい」
声のした方を向けば他の者達も居るのだが。
「なぁ、ウチのバカを見なかったか?」
雨音はしきりに辺りを探している。
「見ていませんね。」
「僕とかなちゃんとで辺りを探しましょうか?」
「あぁ、すまないね。」
先行していた筈の瑠璃の姿が見えないので、皆それぞれ探す事にした。
悠は空を飛び少し離れた位置から。
かなは猫の姿を取り辺りを駆け巡った。
雨音も狐の嗅覚で探ることにした。
「こうなると、飛ぶことも走ることもできない我々にすることはありませんね。」
玲奈がつぶやく。
「鬼や言うても力があるだけやし、雪人はまだ病み上がり、睦月も飛べるには飛べるけど図体がでかいからなぁ」
先に見せた睦月の本性。
それは龍神の身なのだが、今この場において龍の姿を取ればたちまち「迎撃」されてしまうだろう。
雪人もその半身は「雪女」であるが、先の様な力を使えばどうなるかは定かではない。
残った者にできる事は、黙して待つのみだった。
「みんな、こっち!!」
何かを見つけたらしいかなが皆に呼びかける。
かなの呼び声に駆けつけると、そこには雑多に散らばった鉄塊があった。
「これ、松風の・・・。」
敵地において無造作に散乱した鉄塊、すなわち此処に無かった異物として考えられるモノはそれしかなかった。
「いや、あのバカはこんなことでくたばるタマじゃないよ。それにね、私も見つけたんだ。」
そういって雨音が見せたのは、銀色の毛の様なものだった。
「それって!」
「そう、アレの本性はオオカミ。なんで本性を顕わす様な事をしたのかは分からないけど、これがここに落ちてるって事は少なくとも生きて何処かへ向かってるって事さ。大方一番槍でも狙ってるんじゃないのかい?あのバカ。」
そう言いながらも、雨音はなんだかうれしそうだった。
実の弟の無事を確認できたからだろう。
「ついでに、この毛なんだけどあっちの方に続いてるね。と言うことはあっちが入り口じゃないかな。」
「聞いたな。皆行くぞ。先走ったバカを叱ってやらねばな。」
『応!』
「こっちだよ。」
雨音の後を追って、敵城へと進入する。
「何も見えませんね。」
「明かりが要るかい?」
「睦月さんの言う『明かり』って火ですよね。ダメですよ。何があるかわかったもんじゃない。」
「おや、こっちの『姫』も言うじゃないか。」
「すみません。」
「いや、いいって事さ。さて冗談はこのくらいにしておこうか。来るよ!」
何かの気配を察したらしい睦月は、会話を止めた。
何も見えない程の暗闇だった道に、明かりが灯る。
人が入る程の大きさの容器が並ぶ、異様な光景。
そしてその中には、玲奈に似た姿の女「達」が、皆腹部に刀を突き立てられて浮かんでいた。
「なんて惨い。」
誰かがそう漏らした。
その様な状態にありながらも、容器に入った女達は皆生きており、しかし刀が突き立てられている事に無頓着な様子だった。
余りにも異常な光景。
だが、玲奈は何かを知っている様だった。
「刀神の巫女計画<プロジェクト・ブレイド・ゴッズ・メイデン>…凍結されたはずでは。」
「そう、確かに計画は凍結、破棄された筈だったね。」
「誰だ!!」
一同は声のした方を振り向く。
そこには、雪人と同じ顔をした…否、もしも雪人が悪であったなら、と言う様な顔をした人物が立っていた。
「初めまして。僕は『大いなる闇』と呼ばれる存在。人類を淘汰する為に生まれた存在。」
「念の為に聞くが、弥那津鬼神との関係は?」
「ないね。と言うよりはそこのお優しい我が半身との関係の方が深いかな?確か「雪人」って呼ばれてたっけ?」
「お前は…あの時の僕…なのか?」
「あぁ、そうさ。お前の大好きな「玲奈さん」がお前を石の中に閉じ込めてまで封じたかった存在さ。でも残念だったね。こうして今までここでずっと待っていたんだよ。お前が目覚め、仲間たちを集める時をね!」
雪人の陰、「大いなる闇」と名乗った男は手に持っていたスイッチを操作した。
すると、女の入った容器が何やら動き始め、中に入っていた女達は自らの腹部に突き立てられていた刀を引き抜き一同の方をにらみつける。
「それにしても、『鬼の血』と言うのは素晴らしいね。刀神の巫女が使い捨ての道具だった時代とは大違いだ。」
そう言っている間にも徐々に距離を詰める刀剣を携えた女達。
「切り捨てては、次の『贄』を選ぶなんてことを数百年と続けていたのが嘘の様だ。お優しい「今代」の巫女様が身代わりを買って出てくれたお陰だよ。」
使い捨て、贄。
おおよそ今代の「刀神の巫女」からは想像もつかない単語が次々と飛び交う。
「さぁ、早くこの城の中枢へおいで、僕はそこで待ってるからね。ここに居るのは幻影さ。もっとも、その人形たちの包囲を突破できればの話だけど。」
「雪人。かな、悠、それに睦月様と絢華様は急ぎこの先へ。ここは私達が食い止めます。」
「玲奈さん?」
「雪人、お前は『アレ』とやり合うには優しすぎるんだ。本気で私を殺す様な覚悟が無ければ、ここにとどまっても危険なだけだ。行け!!」
「姫様。死ぬんじゃないよ。」
「玲奈様。貴方はもうお忘れかもしれませんが、かつて貴方様をお守りした身。その上で申し上げます。雪人様を私に託されました以上、貴方様もどうかご無事で!」
「玲奈さん、必ず生きて帰って、僕が忘れている昔の話を聞かせてくださいね。行こう、みんな!」
雪人の号令の下、かな、悠、睦月、絢華もそれに付き従う。
「へぇ、随分と余裕じゃないか。たった3人でなんとかしようって言うのかい。」
「あいにくと、そんな『まがい物』に負ける様では本物は務まらないのでな。」
(とは言え、もし「私」がなりふり構わず暴れる様なものだとすると少々厄介だな。)
自身の複製体である「それ」を前に玲奈はそんなことを考えていた。
目の前の「それ」らは恐らく戦闘に特化した感情の無い人形の様なモノ。
更には、刀神の巫女…否、鬼の血を吸った刀を携えている。
一体どれくらいの期間血を吸わせて居たのかは分からない程、刀からは禍々しい気が発せられている。
「こちらもなりふり構っては居られない、か。」
「そうやな、相手が鬼ならこちらも鬼にならんとな。」
「私は狐なんだけどね、まぁ『本気』と言う意味で鬼になろうか。」
玲奈、神無、雨音のそれぞれは、自らの本性をさらけ出す。
「一人残らず殲滅を!これは負の産物。ここから出す訳にはいきません!」
「分かりやすくていい。私の狐火で残らず灰にしてあげるよ。」
「雪人様。少しお話をしながら行きましょうか。」
「絢華さん、悪いけど今そんな暇は…。」
後ろに残してきた玲奈達の安否が気がかりだ。
そんな中不意に話をしよう、と持ちかけてくる何処かずれている従者に、雪人はほんの少しの苛立ちを感じた。
「焦っても何も良いことはありませんよ。気持ちはわかりますけどね。」
「ごめんなさい、少し言い過ぎました。」
「良いのですよ。多分そんな雪人様だからこそ自らが傷つくところは見せたくなかったのでしょうね。それに、自身の姿を模した人形を壊すところも」
玲奈が言っていた言葉だ。
試合でさえも躊躇うときがある雪人だ、実戦に於いてはその優しさが枷になってしまう。
「刀神の巫女計画、元は鬼の強靭な生命力を用いた医療用クローンの生成が目的でした。」
「医療用のクローン?」
「はい、切っても死なない、失っても新しいものが生えてくる。鬼の体とはそういったモノです。それを失った部位を補う為に使おうと考えるのも無理はありません。」
「春明さんも、確かそうでしたよね。」
御剣署の春明。
妖怪の存在を否定していた人物だが、ある日玲奈達の言う「退治」と言うものを一目見ようとその後を付け、戦闘の最中その片腕を失ったところを玲奈に救われた。
「はい、ですが。」
「鬼の血は時として人を強大な悪鬼へと変えてしまう事もある。」
「それと同時に、鬼の血と言うのは道具に憑くとその道具を「妖器」へと変質させてしまうのです。」
「じゃあ、まさか!」
「えぇ、計画を実行していたメンバーの中に「気づいた」方が居たのでしょうね。本来であれば計画は永久に凍結されていた筈でしたが、まさかこんなところで続けられて居たとは。」
「二人とも、お喋りはそこまでの様だよ。」
眼前に広がる空間。
群がる「遣い」達。
「流石にこの数相手じゃ、あたしの「息吹」でも焼き尽くせるか分からないね。」
「それに、多分まだ向こうにもうじゃうじゃ居ますよ。」
「弱ったね。目的は足止めだろう。行きなよ、雪の姫様。ここは任せて先に行くんだよ。」
「ですが!」
「大丈夫。いざとなったら「あの姿」で押しつぶしてしまうさ。あぁ、城を崩さない様にも気を付けなきゃね。」
睦月は群がる軍勢を前に軽口を叩いて見せた
「あらあら、睦月様にばかり良い恰好はさせませんよ?」
「もの好きめ。龍になったあたしに潰されるなよ?」
「雪人様。後から必ず追いつきますからここは、絢華さんと睦月様に任せてくださいな?」
「二人とも…。絶対ですからね。」
「大丈夫ですよ、こんなところでやられる様では三冬月の守りは務まりませんから!」
そう言った絢華の顔は、この状況においても余裕に満ちていた。
「三人とも、あたしが正面を切り開く。そしたら直ぐに駆け抜けるんだ。振り返るんじゃないよ!」
睦月は大きく息を吸う。
そして次には、焔の息吹を吐き出し眼前の敵を焼き尽くす。
「今だよ、行きな!!」
「先輩、乗って下さい」
かなは猫の姿を取る。
猫とは言っても虎ほどの大きさのある猫で人が跨るには十分すぎる大きさだ。
「僕は上を行きます、かなちゃんに追いつくには、人の足は遅すぎますから。」
雪人を背に負い四つ足で駆けるかなを、悠は宙を翔けて追う。
背に時折龍の咆哮や、彼の息吹の熱を感じながら前を目指した。
不意に、かなは足を止めると、背に負っていた雪人を乱暴に放った。
「っ!かなちゃん?」
何事かと確認しようとかなの方を確認すると、かなと悠の二人は籠の様なモノに捕らわれていた。
「大丈夫です。『これ』自体に害は無い様なので、先輩は先へ!」
「でも・・・!」
「こんなの、すぐに壊して追いつきますから。行ってください!」
「ごめん、二人とも!」
幾度かの足止めの策にはまり、雪人は単身中枢を目指さざるを得なくなった。
それでも、引き返すことはできなかった。
自らを信じて送り出してくれた、仲間の為にも
それは深い絶望の中から生まれるもの
それは絶望を討ち祓う強い光
暗闇の中で燦然と煌めく「希望」と言う名の光
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