Case 6 天使の墜ちた街(前編)


 彼の名前は、クー。

イヌ科の亜科キツネ属の男の子、11歳。

光沢あるサファイア色の被毛に、整ったマズルに耳介、長いまつ毛、ほっそりした柔らかな体付きに、体の半分はあるボリューム豊かな尻尾は、思わず性別を間違えてしまう程の美しさを醸し出している。


 毎朝早くに、クーは屋根裏部屋で目を覚ます。

この館内で唯一の、彼の居場所であった。


 クーは、支給されているいつもの作業着に着替える。

”作業着”と言えば、仕事だから仕方ないという気持ちになれる。


 実際のそれは、雇い主の趣味で作られた、露出度の高いメイド服だった。

網タイツにガーターベルト、ほぼ何も着てないに等しい上半身の恰好で、いつものようにご主人様に”ご奉仕”をする。


 由緒正しいフレンチブル属の一家は、クーのような害獣指定の科属とは程遠い、富と権力を牛耳る資産家一族だった。



 クーは日中、館の掃除、洗濯、庭の手入れを主に業務をこなしていくが、本当の奉仕は慰安としての玩具となることであった。


 館の地下には巨大な迷宮が続いている。

話では、”神獣大戦”時に”彼の世界”と戦った獣人達が築いた要塞の跡地をそのまま使ったらしい。


 その奥地の石の部屋が、クーの仕事場だった。



「う・・・あ・・ああ~・・・」


 蝋燭の明かりだけが照らす、カビ染みた牢獄で、クーは革ベルトで手足、尻尾ををガチガチに拘束され悶えている。

三角木馬に当てられた陰茎骨から骨盤部にかけて、自身の体重が食い込む。


 乳頭に括り付けられた電動ローターは、彼の陰茎を硬直させる。

それに巻きつけられたリングは、陰茎海綿体への血流を強く妨げる。


 何度もイキそうにされては、その抑制が彼の絶頂を赦さない。


 尿道にはカテーテルが挿入され、膀胱へと連結されていた。

シリンジを押される度に流入してくる生理食塩水が、彼の尿意を促すが、排尿の自由は無い。


 肛門には巨大なシリンジポンプが挿入され、肛門括約筋を終始刺激し続ける。

直腸壁を通して、前立腺が興奮させられている。


「まだ、耐えるんだよ。まだまだ、これからだからね」

 フレンチブルの”ご主人様”は、ワイングラスを片手に、悶えながら涙ぐむクーの姿を眺める。


 眺めに飽きたら、鞭を振り下ろし、クーの細い体に無数の痣を付ける。


 クーは、終始、反抗をしない。

今の彼にとって、これが生きる為の手段だった。


 最後は、ご主人様の硬直した陰茎の”処理”で終わる。

不潔な鼠蹊部の膿皮症臭が、クーの鼻につく。

縛られた手足と、刺激され続ける性感帯の熱を感じながら、必死に口腔内での作業を行う彼は、気づくと意識は無かった。


 クーは、その後には、必ず夢を見る。

その夢は、今ある自分を取り巻くどの現実よりも、リアルに脳裏に表れてきた。



「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」



 妹が奴らに連れていかれたのは、僕が7歳の時だ。

妹は4歳くらいだっただろうか?


 今となっては、何処でどうしているかなんて、知る術が無い。


 父も母も、街とともに消えてしまった。

大きな光が、街全体を包み、大人たちは消滅した。


 天使が堕ちた、その日・・・

それでも、僕らは、生きる道を選んだ・・・・






 とある街の獣人病院に、その男はいた。


 くたびれた年期の感じさせる白衣姿に、頸から古びた聴診器を下げている。

フチなし眼鏡と顎鬚を蓄えた強面の男は、一つの用紙を睨みつけていた。


 そこには、国の獣人保険局から出された、獣医師への緊急出動命令が書かれていた。



   ”鳥インフルエンザの飛来再び。ウイルスはキツネ属の獣人の体内にて増殖・変異の可能性あり。生き残りの対象獣人を探し出し、早急に殺処分されたし。”



「で?俺がそのキツネ狩りに、選ばれたってわけ?」

 男はめんどくさそうに、用紙を渡しに来たイヌ科土佐属の男に言い放つ。


 土佐属の男は厳つい顔で応える。

「この王国で獣医をやりたいんだったら、言うこと聞きな!褒美は弾んでやらぁ!あんたみたいな人間属のヤツにも恩恵をくれる宮殿に、感謝すんだな!」


 白衣の男はイラつきを隠さず男を睨みつける。

「いきなり人ん家来て、失礼だよな。あんた、まず名前を言えよ?」


 土佐属の男も睨み返し応酬する。

「ロンだ。あんたは?」


「・・・・院長だ」

 男は、全く無表情に言った。




 ロンは黒塗のベンツで街中を快走する。

 道路はやや停滞気味な車群が一定速度で進んでいるが、そこだけぽっかりと空間が与えられたかのように近づく車はない。


「これからお会いするお方には決して失礼の無い様にな!でないと、お前なんてあっという間に湾の底だぜ!」


 ロンは助手席に座る院長に恐怖を植え付けようとする。

院長は終始憮然としている。

反応の無いことにイラつき恫喝を入れようと思ったが、彼を送り届けることが今の仕事。余計なトラブルは生みたくなかった。


 車は古い雑居ビルの密集する狭い路地に入る。

日中を通して日の当たらないだろう、細長い数階建ての建物の一室に向かった。


「なんだよ?お前、保険局の獣人じゃねぇのか?」

 院長が初めて声を発する。


「は~?そんなこと言ったか~?お前の勘違いじゃねぇの~?」


 二人が入ろうとした部屋の扉ガラスには、”柴組系列、甲斐・土佐派閥連合會連絡事務所”と書かれていた。

国内最大級の指定暴力団組織で有名な柴組の舎弟組織、甲斐・土佐組の”縄張り”だった。


「おじき!例の獣医を、連れてきました!」


 ロンが扉を開けると同時に、大声で中の構成員たちに叫ぶ。


 屈強な体格に、傷だらけの厳つい顔面をしたイヌ科の男たちが、一斉に睨みをきかせる。

部屋の中はタバコの煙が充満していて、ヤニのこびり付いた天井や壁に、ほとんど機能していないだろう茶色い換気扇がくるくる廻る。


 扉から中央のテーブルを挟んで窓際には、事務所のトップだろう、片目の潰れた年配風の甲斐属の男が腕を組み眼を飛ばしている。


「いよ~、そいつか?ロン?人間属たぁ驚いたぜ?」

 手前のソファーに腰掛けるサングラスを掛けた幹部が話し出す。


「まぁ、先生や、よく来てくれたねぇ。悪いけど、ちょっとだけ待っててもらえるかい?」


 サングラスの幹部は、対面側に座る秋田属の男を向く。

まだ若い青年であろう秋田属の彼は、利き腕には小刀を持ち、もう片腕の手のひらをテーブルの上に広げていた。


「うちの派閥はすんげぇ優しいからよ~、秋田犬のワケェもんの”これ”で、”示し”を付けたってことにしてやらぁ。ほら、やれよ。」


 秋田属の男は小刀を自分の肉球に突き刺す。

どす黒い静脈血が溢れ出て、たちまちテーブルを染める。

血管がちぎれる程に顔面に力をいれ、歪みの限界を超えた表情のまま、なかなか切り落とせない肉球についに叫び声が上がる。


 数分かけて、ようやく肉球が腕から分離した。


 秋田属の男は直ぐに傍に会ったガーゼで止血をする。

苦痛に悶えた顔面の赤みはなかなか引かず、全身の筋肉が硬直したまま痙攣を続けている。


 サングラスの男は切り落ちた肉球をガーゼで包み、甲斐属の男に渡した。

その男は、それを直ぐにゴミ箱へと放り込んだ。

熟練されたドスの利いた声で、話し出す。


「はい、ごくろうさん。もう帰っていいよ。お前んとこの親分に言っとけ!どっちが本当の柴組の盃相手か、よく考えろってな!」


 秋田属の男は、引きつった顔面のまま痛みと悔しさに悶える。


 終始、ここでの”やり方”を院長に見せつけてやれたロンは、得意気に話す。


「どうだ?あんたもああなりたくなけりゃ、大人しく俺らのいうこと・・・・って、おい!」

 院長はロンの話を無視して、秋田属の男に近づく。


「俺んとこ来りゃあ、肉球治してやるよ。治療費さえ払えばな」


この状況で、この男は何を言ってやがる・・・?


 現場の誰もがそう思った。




「ドン・ブッチリーノ。柴組一派から抗争の終息を持ちかけたと取れる”連絡”が届いております。ご覧になられますか?」

 黒スーツを着こなしたイタグレ属の男が彼に言った。


 フレンチブル属の男、ブッチリーノは、広いベッドの上でくつろいでいる。

服は何も身に付けていないことからすると、昨夜も例の”ご趣味”を堪能していたことが伺えた。

男は太い葉巻を燻らせながら答える。


「どうせ安っぽい若頭の耳とか尾を送り付けただけだろ?相変わらず古い詫びの入れ方してくるなぁ、あの連中は」


「その通りでございます。如何なさいますか?」


「送り返せ!この前焼き入れした、そこの幹部の”剥製”もつけてな!」


 街では、堅気や人情で侠を売る習わしの強い柴組と、クスリや獣身売買など、シノギの手段を選ばないフレンチ系マフィアであるブッチリーノ・ファミリーとの縄張り争いが激化していた。

収拾のつかなくなったヤクザどうしの抗争に、街の獣人は皆、恐怖に怯えていた。




「ご主人様、朝食をお持ちになりました」


 扉からメイド服を着たキツネ属の少年が、テーブルカーを押して入ってきた。


 着ると言うよりも、身に着けてると言うようなアクセサリーが彼の恥部を辛うじて隠しているというような衣装だった。

手足や尻尾、背中にはくっきりとロープの痕が見て取れる。

ところ何処に青あざが目立ち、特にほぼ露出させられた臀部には、無数の鞭の線が刻み込まれていた。


 イタグレ属の男は状況を察し、直ぐに部屋を後にする。

キツネ属の少年は、テーブルに朝食を並べだす。


「クーよ、”朝の風呂”に入りたい。こっちに来なさい」


 ブッチリーノに言われ、クーはゆっくりとベットのシーツに潜り込む。

クーはその舌で、裸のフレンチブルの体を足先から舐め始める。

作業中も性感帯を刺激してくる腕を邪魔しないよう、彼の奉仕は時間を掛けて執り行われる。


 肛門周囲を丁寧に清掃した後、肛門線を口で吸い絞ることも、その時に作業手順であった。

中年イヌ科の強烈な肛門腺汁の臭いにも、嗚咽は許されない。


 黒く粘性を持った大量の肛門腺を口に含み、彼はそれを飲み込む。


 終始、目は合わせてはいけない。

ただひたすら、ご奉仕の為に存在するのが、彼の運命だった。


「クーよ、お前はいま幾つになった?」


「はい、ご主人様。今年で12だと思います」


「そうか・・・じゃあもうすぐ大人だな・・・・そうか・・」


 クーはその反応の意味が分かっていた。


 ブッチリーノの歴代少年メイド達は、その美しさが絶頂の時に、”剥製”にされていた。

成長して醜くなる前に、”時を止める”のだった。


 クーにも、その運命が近づいていた。


お兄ちゃん・・・どこ・・・・?


 クーの細胞が記憶している光景が、またその声を彼に聞かせる。


 その躰と運命は、完全に慰安用に支配されている。

しかし、彼は、ひたすら”チャンス”を待っていた。




都心から少し離れた緑豊かな高級住宅地。

そこに千坪は超える敷地に建てられた和風の大邸宅に、数台の黒塗りベンツが入り込む。


 柴組連合會の総本山である。

柴、秋田、土佐、甲斐の四大勢力を取り仕切る柴組の組長である會長がそこにいる。


 マメシバ属の小柄な風貌は、とても任侠会のボスとは思えないほどの幼さを印象付けるが、組織の黎明期から生き抜いてきた大長老は、どの構成員たちからも敬わられ、そして恐れられる確かなオーラを纏っていた。


 甲斐・土佐組連合の若頭である甲斐属のカイは、ロンと院長を引きつれて長い和式廊下を歩く。


 厳かな雰囲気に緊張するロンが、気を晴らす目的で院長へ言う。

「有難いことだと思えよ。俺だって初めて入れてもらえるんだ。會長に直々お会いできるんだ。會長はイヌ科の中のイヌ科で、お前のような人間属なんかペットにすらされねぇのが本来ってもんを・・・」


「ごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ、黙れロン!」

 カイの恫喝にロンは萎縮し口を噤む。


「すまねぇ、先生。こいつみたいなのを部下に持つと、苦労するぜ?」


「ああ、そうみたいだな」

 院長は全く落ちつた様子で返した。




 三人は黒服の柴属の男たちが何人もガードをする會長室へと入る。

「義、忍、仁、愛、犬」と書かれた巨大な掛け軸をバックに、豪華な椅子に座り杖を立てたシニア犬のマメシバ属の男が睨みを付ける。


 カイは姿勢を改め、視線をまっすぐ定めて言葉を発する。

「お世話になっております!會長!本日は、お伝えしていました獣医師をここへ連れて参り・・・」


「カイよぉ、お前ぇ、秋田組の若い衆をシメたそうだな?」

 會長の言葉にカイはさっきのロンと同じ状態になる。


「ブッチリーノ・ファミリーと戦争になるかもしれねぇって時に、なに呑気に兄弟喧嘩してんだ?お前ぇはどこまで親不孝者なんだ?」


 カイの血の気が引く。その緊張の中、ロンも生唾を飲む。


「秋田組の中に、うちの縄張りでのシノギを横取りしようとした者がおりまして、そのケジメとして・・・」


「言い訳なんか知ったことか!」


 會長は持っていた杖をカイの頭へ振り下ろした。

全くの手加減はなく、甲斐の頭部から血が流れ出た。

ロンは尻尾が完全に又の間へ入り込んでおり、溢れる恐怖と動揺を抑えるのに必死なことが容易にわかった。


 カイは動じずに、そのままの姿勢で話す。

「すみませんでした、會長。落とし前は、自分の肉球で・・・」


「お前ぇのカサカサな肉球なんて欲しくねぇよ。そんなことより、腹減ってねぇか?いいもん食わせてやるよ」


 會長は側近の幹部に、カイへの”ご馳走”を持ってこさせた。


 それを見て、カイは表情を歪めた。

 ロンも思わず声を発する。

「ひでぇ・・・あんまりだ・・・・」


 巨大な皿には、山盛りのタマネギが載せられていた。


「ささ、遠慮なんかいらねぇから、全部食ってくれよ?俺からのご馳走だ、食えねぇわけはないよな?」


「おじき!止めてください!イヌ科の俺たちがそんなの食ったら、貧血で死にますよ!」

ロンがたまらず叫ぶ。


「てめぇは黙ってろ!」

 カイも叫ぶ。

 ゆっくりと皿に口を近づけ、會長を睨んだ。

「・・・・いただきます」

 カイはそのまま大量のタマネギにかぶり付いた。


 手を出せないロンの目に涙が浮かび上がる。


何て言うケジメの付け方だ・・・

これが、柴組本家のやり方かよ?ブッチリーノ・ファミリーのことも言えねぇじゃねぇか・・・


 全てのタマネギを平らげたカイを見届け、會長は今度は院長に話しかけた。


「それじゃあね、獣医の先生、どうする?」


「は?どうするも何も、タマネギ中毒には個体差あるだろ?症状でるまで数日かかることもあるし、それまで水を飲みまくるんだな。すこしでもアリルプロピルジスルフィドの成分を薄めておけ。

つーか、食ったの分かってるんだから、今吐けよ」


 全くの動揺も無い院長の様子に、ロンは救われた想いが湧き出た。


「俺だったら、タマネギじゃなくてチョコレートを食わせるね。テオブロミンは数時間で確実に神経をヤレる。全身が硬直性の痙攣を起こして、周りをビビらすにはうってつけの症状だ。

ジアゼパムを打てばすぐ止められることもできるから、それさえ持ってりゃあ相手を脅すことだってできるしな」


 ロンは、一瞬でも救われた想いを感じたことを後悔した。


 會長は初めて笑顔を見せて言った。

「いいね、あんた!合格だ!チョコレートか~、次はそうしよう!おい、カイをトイレに連れてやれ」


 項垂れるカイをロンが誘導する。

院長を椅子に座らせ、會長は真剣な表情に戻り言った。


「先生、あんたにやってもらいたい仕事がある」





「はぁ・・・はぁ・・・」


 クーの直腸から逆行性に流入される大量のグリセリン溶液が、彼の腸粘膜から水分を奪う。


 両腕は後ろ手に縛りあげられ、体が僅かに浮く程度に天井から吊り下げられている。

両腿は鼠蹊部が露呈するほど十分に広げられ、足先から縛り付けられた便座椅子の上、彼の体の半分はあるボリュームの尻尾も先でくくられ上へ引き上げられていた。


「クーよ、お前の尻尾は本当に美しい。汚したくはないからねぇ」


 全量のグリセリン溶液を流した後、ブッチリーノはクーの肛門に挿入していたカテーテルポンプを抜き、代わりにゴムの栓を突き入れ、そのまま臀部に固定した。


 悶え喘ぐクーに、ブッチリーノは興奮する。


「ダメだよ~。トイレ以外で出しちゃあ。いい子だからね~」


 不格好にひび割れた肉球が、クーの乳首を愛撫する。

性感帯を刺激する弄りが、副交感神経を興奮させ、腸蠕動をさらに亢進させた。


 排泄の生理的反射を止められた悶絶に、苦痛の中でも止められない陰茎の硬直を感じながら、クーは思う。



・・・早く・・・妹を・・・見つけなきゃ・・・・


早くしないと・・・・時間が・・・・・・・



「う~ん、そろそろ限界かなぁ~?もうすぐで使い物にならなくなっちゃうなんてなぁ・・・美しい花の時間は短いって、つくづく思うなぁ」

 ブッチリーノのその呟きに、クーはすぐに反応を大きくした。


「ご・・・ご主人さまぁ・・・お尻が・・・辛いです・・・・」


「ん~?聞こえなかったなぁ~」


「お・・・お願い・・・します・・・栓を・・・とって・・」


「やっぱりお前はかわいいなぁ。まだまだワシを楽しませてくれよぉ~」

 ブッチリーノはご満悦の表情で、クーへの焦らしを続けた。



・・・まだだ・・・まだ、時間を稼がないと・・・・



 クーの細胞は、”その時”を待っていた。







「ドン・ブッチリーノは、病気だ」

 會長は院長に言う。


「若い時からアトピー性皮膚炎を患っていてステロイド剤を常用していた。そのせいで今では、医原性クッシング症と糖尿病も持病としている状態だ」


「内臓もボロボロだろうな。年からすると、心臓肥大も結構いってんじゃねぇの?」

 院長の察しの良い反応に、會長はニヤリと笑みを浮かべる。


「それどころか気管虚脱に肺水腫もある。お迎えは、俺より近ぇに違いない」


「で、俺に何をしろって言うの?」

會長は、本題に入る前の一呼吸を置いて、ゆっくり話し出す。

 カイを吐かせに連れたロンが、いつの間にか戻ってきていた。


「先生に、ブッチリーノの主治医をしてもらいてぇ」


 會長の狙いは、横耳で聞いていたロンにも理解できた。

ドン・ブッチリーノに容易に近づくことができるスパイとして、医者程うってつけのヤツはいねぇ!

問題は、この獣医が引き受けるかどうかだが?


「もちろん、それなりのものは約束する。まず、あんたの病院に絶対的な”安全保障”をやろう。この街では、正義も悪も俺たちが握っているからな。意味、分かるだろ?」


 會長からのヤクザ的な脅しだったが、院長は返す。

「いや、分かんねぇな。お前らの安全なんて必要ねぇから、もっとわかり易いものにしてくれよ」


 後ろで聞いてるロンにまた血の気が引く。今日で何回目だろうか?

「おいおいおい!あんたぁ!會長の要求に楯突いて!さっきのおじきを見てなかったのかよ!」


 そんなロンの心配もよそに、會長は再び笑みを浮かべ、指を二本立てて見せた。


 院長は黙って三本立てて見せる。


「決まりだな、先生。あんたを信用しないわけじゃねぇんだが、念のために、先生の助手ってことで、そこのロンも連れて行かせる。寝返ってもらっちゃ困るからな」


「えっ!?何で俺が!?」

 ロンがさらに慌てふためく。


 院長はロンの傍に寄り、握手を求めた。

「っつう事になった。よろしくな、ロン」


 ロンは思わず出された手を握る。

「あ・・・は・・・はい。・・・・院長」

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