Case 5 汚れたトレーサビリティ(前編)
トレーサビリティ
・・・肉用牛、乳用牛の耳標に各々記されたその個体用の番号。通称、個体識別番号。
誕生、肥育、屠殺までの全段階を効率よく個体を追うことができる、牛のマイナンバー。
1
ウシ科ジャージー属の若い女性であるボヴィーナは、腕、胴体、足の先まで麻縄で緊縛され天井に吊るされている。
辛うじて地面に届く足先が、食い込む縄へ掛かる体重をわずかにでも減らせる手段だった。
鼻部には花輪が掛けられ、それも天井に張られている。
挙上して顕にされた鼻孔が、彼女の美貌を対照させる。
スラリと伸びた足に、肉付きの良い骨盤部分、引き締まったボディと、よく脂肪を蓄えた豊かな乳房からは、搾汁獣としても肉用獣としても、絶品の評価が出ていた。
複数の巨漢の獣人達がボヴィーナの体を貪りだす。
性感部を刺激させ、オキシトシンの分泌を促進させたあと、肥大した乳頭に管が取り付けられる。
内部が陰圧となった管からは、ボヴィーナの豊富な乳腺が作り出した栄養汁が吸い出される。
その吸引力は、最も効率よく分泌を促せられる力、即ち、赤ん坊が吸い付く力で持続され、永遠に続く濃艶な感覚を与え続ける。
搾汁が終わるころには、ボヴィーナの意識は飛んでいた。
緊縛を解かれた彼女は、そのまま牧草の敷かれた牢獄に繋がれ、明日も同じ作業の道具とされる。
彼女は生殖適齢期になった時、強制的に”種付け”をされ、その後出産をした。
子牛は抱くことも許されず離され、雄ならば、生後2 - 3週間後に肉牛、もしくは種牡にするため肥育農家へ売りに出された。
雌ならば、変態獣人に高く売れるらしい。
飽きられるまで性玩具にされ、妊娠しては搾乳を繰り返され、枯れる頃には食肉用として屠殺されるという。
ボヴィーナも、その運命を辿っていた。
出産後の女の搾汁は、約300日間続く。
この国の搾汁獣人の飼養方法はつなぎ飼い。
一生、縛られて過ごす。知らない雄獣人に凌辱されては、子供を作らされ、汁を絞られ、最後はその命までも搾取される。
ボヴィーナは、壁の高所にわずかに開けられた窓を見つめる。
月明かりが刺している、外は夜だろうか?
その窓に手を伸ばそうとするが、体を動かすたびに繋がれた鎖の擦れる音が部屋に響く。
彼女の目から、冷たい涙が零れ出る。
いったい、これはいつ枯れてしまうのだろうか?
さぁ、きっとイラついてるでしょうね?
そのイラつきを、あの無感情さがどう表現するかしら?
バーバリは自慢のマズルを強調させたメイクで、病院へと向かう車に乗っていた。
IMHAの治療のための免疫抑制療法で、以前あった体重の二割が減っていたが、モデル並のスタイルと美貌をさらに際立たせる結果となった容姿に、ネット上では様々な弄りが横行していた。
そんな世間の評判も、彼女は気にしていない。
世の中のことよりも、夢中になっている相手がいた。
病院では、例の人間の男が待っていた。
予定していた診療時刻に、わざと遅刻をさせた。
バーバリは、自分の妄想に静かにほくそ笑む。
しかし、妄想は現実とは隔たりのあるものと知るのだった。
最初に彼女に声を掛けたのはロンだった。
「お姫さん、おせぇーよ!診療を舐めてんのか!?」
うざい・・・こんなズボラそうな野獣でも、獣医になれる世の中なのね・・・
相手に飽きれるバーバリとは違い、ロンの心情は真逆だった。
やべぇ・・・めちゃくちゃ可愛い・・・・・
「院長、おかげさまであたしはとっても元気よ。今日は折り入って、あなたに相談をしにきたの」
バーバリは、自分が一番可愛いと自負できる上目使いで院長を見つめる。
院長は、何も考えていなかった。
強いていうなら、そろそろ昼飯にしたいということぐらいだった。
それが知れたところで、バーバリには、全く関係なかっただろう。
彼女は言った。
「あたしをここに雇って。看護師でいいわ」
院長は、意味の解らなそうな顔だったが、ようやくバーバリと視線を合わせた。
2
バーバリは宮殿へ戻ってからも終始ふてくされていた。
マンチカン属の高官が困り顔でフォローを続ける。
「プリンセス、あんな下賤な人間属の言うことなんて気にしてはなりません。
それよりも、貴女をあんなところでバイトさせたなんて知れたら、お父様がどれだけお怒りになることやら・・・」
「あなたはお父様の顔色がすべてなんでしょうね?あたしのことなんて見えてないんだから、ほっといてよ!」」
バーバリは皮肉たっぷりに言い返す。
これまで、この宮殿内だけが彼女の世界だった。
必要なものはすべて側近のメイドが用意し、自分で自分の行動予定を立てることも不要だった。
この中では、何でもしてくれる。しかし、何一つできることはなかった。
その結果があの恥辱だ。
あの獣医師に睨まれた時、あたしは世界では全くの無力だと気づかされた。
いままで認識してきた世界は、周りの甘やかしによって成り立っていた、飼い猫の世界だったってことに。
「あたしは自立したいの!自分の足で、歩ってみたい」
「お気持ちはお察ししますが、プリンセスにはこの国の象徴として、多くのご公務に勤しまなくてはならない義務が・・・」
「なら、だれかをあたしに変装でもさせてたらいいじゃない!居ればいいんでしょ?プリンセスが居れば!」
高官は、癇癪を起すバーバリに対し、その提案も悪くないと一瞬思ったが、やはり保身を考えると賛成はできなかった。
「そろそろ、北の王国の首相との晩餐会のお時間です。こちらにドレスをご用意してありますので、メイド達に着替えさせてもらって・・・」
「服ぐらい自分で着れるわよ!」
バーバリは衣裳部屋に入り、カーテンを引きちぎる勢いで閉めた。
ここから逃げ出せる場所がないか、宮殿の内部の構造を思い出したが、とても実行できる力は自分にないと思い知らされるばかりだった。
外に出たい・・・
呼吸が変になりそう・・・
・・・・院長先生
バーバリは自分の胸を圧迫しだす不思議な感覚にしばらく酔いしれた。
ニュースでは、北の王国で起きているある異常事態が連日で報道されていた。
この国も対岸の火事では無いことから、多くの報道関係者がこの話題を追っていた。
食肉用ウシ科獣人から、BSE陽性!
古来より畜産国であり、産業幻獣の酪農が盛んな北の王国では、ウシ科獣人を乳用、及び食用として育成する文化も存在し、その扱いや倫理面から多くの非難が寄せられており、今回の事件でその反感はより一層強くなることが予想される。
「あちゃ~、もうこれでこの国は終わりっすね。罰っすよ、罰。あんな可愛い女の子たちイジメて、最後は喰っちゃうんだから」
一面トップの新聞記事に、ロンは得意気に持論を語る。
院長はパソコンのメールをチェックしながら静かに返す。
「俺たちだって、クジラ科獣人育てて喰ってるじゃねーか」
「あれは水性獣人だから幻獣の部類ですよ。それに上手いじゃないっすか~」
「お前の好物、何だっけ?」
「牛タンっす~」
「・・・」
「それにしても、あのお姫さん、また来たりしませんかね?看護師でいいから雇えだなんて、この仕事舐めてやがりますよ。まぁたしかに美人で紅一点にはもってこいかもしれないっすけど、俺に調教任せてくれるならなんとか一任前にはしてやりますけどね」
ロンは、バーバリを入れたいようだった。
院長は話を全く聞いていない様子で、一つのメールを熟読している。
同じ人間属の獣医師、ジュンコからだった。
「よぉ、院長。今度の北のBSE査察、お前も参加しろ。断るなら全力であんたを潰す。OKなら返信よこせ」
院長は何も書かずにそのまま返信をした。
北の王国
神獣歴135295年度畜獣女品評会
全国の畜用ウシ科獣人が集められ、その”育成”具合を競う国民的行事であった。
幼獣時より畜主に飼養され、その躰付き、容姿、調教具合、性感部の感受度などが品評される。
連れられたウシ科獣人たちは、上は24~25歳から、下はまだ10代にも満ちていないような幼獣女までいた。
全員、手枷をされ、各々が鎖で繋がった首輪を付けられ並ばされる。
貞操帯以外は身に着けさせられているものは無く、搾乳作業で酷使された大小様々な乳房を全員が突き出している。
どの獣人も、飼育家の生活が懸かってる”商品”なだけあり、顔だちから足の先まで、男獣人をそそる躰に仕上げられている。
しかし、ほとんどが見えない箇所に痣や傷を持ち、日々の過酷な調教飼育はなるべく隠そうとする風潮もあった。
ボヴィーナは過去2回連続で最優秀畜獣女に選ばれていた最高の品だった。
今回の大会でも優勝候補の彼女の躰に触ろうと、多くの来賓が群がった。
無数の男獣人がボヴィーナの躰を貪る。
乳頭に吸い付き汁を味見しようとする者や、花輪を吊り上げ歪む表情を堪能する者もいた。
赤らんだ彼女の頬を一筋の涙が通るのを、誰も気にしない。
その瞳は、ただ遠くの空を見つめていた。
3
屠畜場内では、法律の下に屠殺された産業幻獣の解体作業が大勢の作業員たちの手によってコンベアー方式で執り行われている。
ペガサス類の羽を切り落とす者、ドラゴン類の鱗を剥がす者等
頭と内臓はそれぞれのレーンに乗せられ、一つ一つ病変が無いかを検査員が確認する。
作業員の一人であるレミルは、流れてくる胴体の背割り作業を任されていた。
その日はペガサス農家からの大量搬入で、いつもの1.5倍の稼働を強いられた。
逆さに吊るされ運ばれてくる屠体は、死んでからまだ数分も経っていないせいだろうか、頭部も手足も無い状態でも、剥皮され顕になった筋肉の部分部分がピクピクと震えている。
まだ体温の残る全身からは湯気が立ち上り、作業をする彼の眼鏡を曇らす。
レミルは電動ノコギリを屠体の脊柱に平行して二つに切り分ける。
それぞれ単純作業で分けられたうちの一つの業務だったが、一般獣人の二倍も三倍もあるペガサスの胴体を正確に切るのは、かなりの足腰への労力を要した。
今日は百頭以上は処理をし、業務が終わったのはもう夕暮れ時だった。
「くそっ、今日は数が半端ねぇ日だ。腕の感覚がねぇよ」
レミルが休憩所で同僚に愚痴る。
激務の後の疲れを、缶コーヒーと煙草で共有する同僚も頷いて応える。
「マジでそうだな。俺も内臓検査だったけど、流れてくる量がマジ半端なくって、どれがどのロットの内臓か分からなくなりそうだったわ」
「これもウシ科から出たっていう例のBSEの影響なんかな?」
「ぜってぇそうだろ。このままだとこの国の食肉産業はストップしちまうかもしれないからな。農家も慌てて”在庫”を残さないよう今のうちに持ってくるんだわ」
「つーと、俺らも仕事無くなるってわけ?ヤバくね?」
「上のお偉いさんたちは、失業保障とか考えてくれてないみたいだぜ。今は”火消し”でそれどころじゃないって話だ」
「マジかよ?ひでぇな。俺たちにはこの仕事しか無いっていうのに・・・」
同僚の缶コーヒーを啜る音が、寂しく響く。
レミルも短くなった煙草を限界まで吸い込む。
「おい見ろよ、アレだぜ」同僚が遠くの別棟の入り口に目をやる。
レミルは眼を細めて何とか裸眼で目視しようとする。
その棟の前には大型のトラックが止まっており、荷台からは”積み込まれていた”ウシ科の畜獣女たちが、鎖で繋がれ並ばされていた。
全員、裸である。白と黒のコントラスが強調された躰が、ホルスタイン属の獣人たちであることをすぐに認識させた。
やべぇ、すげ~いい乳・・・
レミルは裸眼をやめ、すぐに眼鏡に切り替えた。
「どうせあいつら、あそこで屠殺されるんだろ?最期に一度ヤらせてくれてもいいのになぁ」
「マジか?お前相当溜まってんな~」
同僚が吹き出す。
「あ、そうかお前、確かまだ童貞だったな、ぷくくくく」
「いや違うから。俺はデキないんじゃない、やってこなかったんだ」
「酷い負け惜しみだぜ~。何なら今から彼女らに頼みに行ってみたらどうだ?誰か一人ぐらいはヤらせてくれるかもよ?」
レミルは、鎖に引きずられながら棟の中にゆっくりと歩かされる彼女たちの方を見つめている。
「おい、まさか本気にしたんじゃねぇーだろうな?ジョーダンだよ。お前は真面目っつーか、そういう所あっからよ。今夜、風俗行くか?アンジーちゃんっていう、超A級のトイプー属のコが入ったらしいぜ!」
「いや、本気になんかしてねぇし。俺はただ・・・」
突如、レミルの携帯が鳴る。
レミルは、着信者の履歴を見て、慌てて応答した。
まだ付いてる煙草の火を消すことよりも、それは優先された。
「はい、レミルです!ただいま作業員の休憩所に同僚とおります」
「おい!俺のことまで出すなよ!」
その電話の向こうに誰がいるのか、同僚も悟ったようだ。
「おい・・・・レミル・・・・・120秒で来い・・・・・・お前にやってもらいたいことがある・・・・」
電話が切れ、瞬間にレミルは走り出す。
落ちた煙草を同僚は拾って代わりに灰皿に入れる。友人としてレミルの立場を憂えた。
レミル・ラブラドール
イヌ科レトリバー属の獣人。男性。34歳(=彼女いない歴)
全身黒色の被毛を持ち、瞳も鼻も何処に付いてるのか一瞬わからないことからイジメられてきたが、今では自虐にしている。
由緒ある血統に生まれたが、生まれつきレトリバー属としては体が小さく、学才もあまり芳しくなかった為、家計からは出来損ないの烙印を押され育ってきた。
かつての夢は警察庁に入り嗅覚捜査官となることだったが、それも終入れ、屠畜場の作業員として勤務をしている。
現在、人間属の獣医師、そして北の王国の食品厚生省食肉衛生検査技師長ジュンコの、パシリ一号に君臨していた。
4
獣人畜棟にいるジュンコの前のシンクの上には、数分前に屠殺されたばかりのウシ科畜獣女たちの頭部が並んでいた。
彼女たちの頬は、まだ仄かな桃色を呈している。
瞳は光沢が消えているが、流れる涙の分泌は続き、物言えぬ姿に変えられた表情を濡らす。
それぞれの頭部の後ろには、切り落とされた手足と乳房、背割りをされた胴体、取り出された消化器、生殖器、泌尿器等の内臓が陳列する。
見事なまでに”解体”された美獣女たちが置かれた空間に、彼女たちの体温が湯気となって空中へ飛散してゆく。
それぞれのパーツ個体が、別のパーツと混同されないように、すべてに個体識別番号(トレーサビリティ)が充てられていた。
その番号が掛かれた札が、バラバラとなった彼女たちの今の”名前”だった。
見方によれば、とても残酷なことをやっているかもしれないが、これは社会に必要なことだった。
屠殺現場は、その性質故、同和地区問題などの差別的な印象を持たれる。
故にここで働く従業員には、子供が親の仕事でイジメにあったりすることを恐れ、近所には隠して生活している者もいた。
しかし、こういう仕事を引き受ける者も、存在しなければならない世の中である。
ジュンコは、そのことを良く理解していた。
これから行うBSEの異常プリオン検出の為の延髄摘出も、社会に必要だから行う仕事だ。
「ただいま来ました!お頼み事とは何ですか!」
レミルが息を切らせてジュンコのもとへ到着した。
ジュンコは静かに腕時計を見て言う。
「あ~あ~、2秒遅刻だ・・・・それにタバコくせぇし・・・・」
「いや、姐さんだって吸ってるじゃないですか!?それに一生懸命来ました!なんでもしますんで、どうかご勘弁を!」
汗だくで必死な表情のレミルに、ジュンコは突然目を合わせ、厚い唇を悩ましく動かし、囁きかけるように話し出した。
「あ、そう?・・・・じゃあ、お前に・・・・お前だけに・・・・教えてあげるよ・・・・二人っきりだもんな・・・・」
「え!??」
レミルがキョどる。
30超え童貞犬の彼には、ちょっとした異性の仕草でも、魔法にかかったような状態に陥る。
彼はジュンコにとって、何より便利でお気に入りの玩具であった。
「俺でよければ、何でもします!」
「やった・・・」
ジュンコは手前のウシ科獣人の頭を逆さにした。
その獣人の脳幹部が顕になった。
そこから見える一つの部位を指さす。
「延髄の採取方法だ。BSEのプリオンがあるかもしんねぇから、アタシは触りたくねぇ。だからお前にやり方教える。よろしくな!」
レミルはすぐに自分の単純さを後悔した。
ああ~、そういうことですか・・・
まぁ、そりゃそうですよね~・・・
僕みたいな童貞犬が、貴女のような美女から好かれるなんて、有り得ちゃいけないことっすからね・・・
・・・というか
レミルは、あることに気づいた。
ジュンコ技師長って、やっぱり普段ははっきりとしゃべれるんだ・・・
「よし、アタシのしゃべる通りに動きな。そうすりゃ延髄とれっからよ」
ジュンコは普段の”溜めた様な話し方”をしていない。
一刻も早く次の用事に取り掛かりたかったのだ。
「いいか?一回で覚えろよ!まずは延髄を包む硬膜を指で破って・・・」
ジュンコの指示どおりにレミルは動く。
第四脳室、小脳から伸びる延髄には顔面の各部位へと連絡する神経が分枝している。
レミルの指がそれらを刺激し、獣女の唇、頬、耳介、眼瞼が、まるで生き返ったかのようにピクピク痙攣する。
肉体は、脳の信号が動かす機械であることが認識される。
それなら、彼女の脳は、今、どういう思いを発しているのだろう?
レミルの脳に、さっき見ていた連れられるホルスタイン属の畜獣女たちが浮かび上がる。
今触っているこのコも、とても美人だ。スタイルも抜群だっただろう。
もし、こんな運命に生まれていなくて、普通に街で出会っていたら、きっと恋に落ちたにちがいない・・・
俺は、今、そんな彼女の頭の中を・・・・
「よし、それでいい。じゃあもう、後はできるな?残りも任せた。アタシは用事があるから、頼んだぜ」
ジュンコはその場から立ち去った。
一人残されたレミルは、考えることをやめ、ひたすらに作業を進める。
仕方ねぇよな・・・
これも、必要なんだから・・・・
レミルは作業を続けながら、タバコを取り出し火を付けた。
健康に害であることは分かっていたが、止める動機が得られないまま、未だ禁煙は成功していない。
どうせ生涯独身だろう。
親より長生きできりゃあ、それでいいや・・・
陳列した畜獣女達の顔が、とても色っぽく見えてしまっていた。
5
院長とロンは北の王国の食肉衛生管理センターのビルへと入る。
一国の国営施設なだけあり、厳かな雰囲気を構えた大人の建物に、ロンがはしゃぎだす。
「すげぇ立派な建物っすね~。どんだけ税金掛けてんのか?見てくださいよこのエントランス、天井高すぎでしょ?」
一方、院長は憮然とした表情のまま進む。
これから会わなければならない人物との気まずさに、この仕事を引き受けた自分の選択を後悔した。
BSE精密検査室は、陽圧維持、エアーカーテン付きの完全無菌の衛生空間であった。
二人は、帽子、マスク、ゴム手袋に、全身を滅菌服に包み、その部屋に入る。
院長はそこで待っていた女を見て呟く。
「”精神衛生”は完全に無視なんだな・・・」
「いよぅ・・・院長・・・・似合ってんじゃねーの?」
ジュンコも同じ格好で出迎える。マスクで顔のほとんどが隠れていても、まつ毛の目立つ大きい瞳は強い眼力を光らせている。
よく見ると、書いた眉毛にアイシャドーもしていた。
耳にはお気に入りのイヤリングを飾り、とても実験室には不釣り合いな勝負メイクだった。
「何だ・・・汚ねぇ犬まで・・・連れてきたのかよ」
ジュンコはロンを見て言った。
「え?マジで?何処にいんだ?」
「おめぇだよ!」
あたりを見回すロンに、ジュンコはイラつきを隠さずツッコむ。
ジュンコの瞳が院長の方へ動く。
「おいおい・・・挨拶はねぇのか?・・・・まぁ・・・いいけど」
「こっちは予定していた患者の診察をキャンセルしてまで来てるんだ。とっととやる事を説明しろ。お前の態度次第じゃ、こっちはいつでも帰る気でいるぜ」
院長も挑戦的に返す。二人の間に張り詰めた空気が漂う。
ジュンコは一本のエッペンチューブを見せた。
「これが・・・何だか・・・解るか?・・・・本物の・・・BSEプリオンだ」
院長の瞼がひきつったのを、ジュンコは見逃さなかった。
「お前ならこれの恐ろしさ・・・解るよな?・・・これからこれを使ってやる検査も」
「そのサンプルをポジコンに、対象のウシ科獣人の全頭検査をするってことか。一体何検体あるんだ?」
ポジコンとは、ポジティブ・コントロール(陽性試験)のことであり、検査の正確性を高めるために必要な対照サンプルである。
「さすがぁ・・・だけど・・半分だけ当たりだ」
「何だと?」
「全頭を対象に・・ウシ科獣人の検査はする・・・・でも、陽性は出さない」
「は?それじゃあ、検査の意味ねぇだろ?何のためにそんな危ねぇポジコン使ってんだよ?」
「いや・・・解ってんだろ?・・・北の王国が酪農でなりたってることくらいよぉ?」
話を聞いていたロンにもジュンコの狙いが分かった。
この人間属の女獣医は、BSEは限局的な発生に留まり拡散はしていないことを、証明・・・いや、でっちあげたいんだ。
「そっちの王国の獣医であるあんたもこの検証実験に参加すれば、あんたんとこの国王も信じるだろう?・・・そっちもこの王国の肉のおかげで食うことに困ってないんだから・・・お互いWIN-WINといこうぜ」
ジュンコの話し方から、徐々に”溜め”が短くなっていく。やはり、疲れるようだ。
ジュンコは院長へと歩み寄り、まつ毛を際立たせた瞳で院長の目を見つめる。
さっきまでとは違う、甘えたような声がマスクの中から聞こえた。
「ねぇ?アタシと一緒にまた、”転生前”みたいに・・」
「断る」
院長は目線を反らすと同時に言い放った。
6
レミルは延髄採取の作業を終え、獣人畜棟のサニタリー室で一人流しに向かっていた。
手を何回も洗い、顔に水を掛けるだけでは気が済まず、最期は頭から水をかぶった。
ウシ科畜獣女たちの”生首”が、頭の中に焼き付いてしまっていた。
縛られては凌辱をうける毎日、子供を産まされては取り上げられ、搾乳され続け、最期は肉用となって生涯を終える人生って・・・
彼女たちは、何を思って日々を送っていたのか・・・?
レミルは血の付いた作業着を着替え、出口へと進む。
どの作業員たちも、もう定時を迎え帰宅していた。
思わぬ残業に疲弊した彼は、すぐに独り暮らしの家に帰って、唯一の楽しみである晩酌をしたかった。
途中、明日屠殺予定の畜獣女たちの繋留所があった。
搬入された若いウシ科獣女たちが、おなじ獣人にとって、とてつもなく悩ましい姿で囚われている。
レミルは頭を振るう。
頭をよぎる、行くとこまで行ってしまいそうな自分を、必死でふるい払おうとした。
しかし、さっきの頭部だけの美女たちの顔だけは、残り続けた。
「ねぇ・・・・誰か・・・いるの?」
レミルの頭の中のその顔が、しゃべり出した。
しかし、すぐにそれは現実の声だと気づく。
「お願い・・・助け・・・て・・・私はまだ死にたくない・・・・ここから・・逃がして!」
女の声だった。しかも、畜獣女の中からだった。
レミルは繋留所の中へ入る。
BSEの影響で、明日にでも屠畜場の稼働が停止するかもしれない状況で、今日のうちに連れられたのだろうか、予想以上に多くのウシ科獣人たちが収容されていた。
彼女たちを縛り付けておく柱は、ほぼ全てが使用されていた。
腕は後ろ手に括り付けられ、足先から胸部にかけて何重にも麻縄が巻かれている。
縄による皮下組織や筋肉の褥傷を避けるため、最も高い値の付く肉が取れる骨盤部と胸部には巻かれていない。
代わりに、彼女たちの旨味の汁を存分に高めるため、性感帯を刺激し続ける道具が取り付けらている。
屠殺される前夜に、絶頂を何度も味合わされ、ほとんどの者がもはや意識を保っていなかった。
口には噛ませ板が取り付けられいる。
誰も声を上げることはできない状態のはずだった。
レミルは、噛ませ板が取れた、一人の獣人と目が合った。
体表の模様から、ウシ科ジャージー属の乳用獣人だとわかった。
乳量減少でも見られたのか、本格的に肉用としてここに運び込まれたのだろう。
彼女を柱に括り付けている麻縄が、左右対称に美しく張った乳房を、さらに大きく強調させている。
程よい肉付きのクビレある臍部の下は、道具を咥えさせられた陰部が桃色に艶めいていた。
がっちりとした骨盤部から綺麗に伸びる大腿は、しなやかな筋肉を豊富に蓄えていた。それを括り付けた麻縄も、やはりその部位の美しさを際立たせる。
装着された花輪が彼女の鼻梁を印象づける。獣人として文句なしの美貌が、その辱めの変化によって、見る者の欲求をそそり立ててくるようにさせていた。
それを目の当たりにしたレミルは、当然、下半身が熱くなる。
しかし同時に、頭の方では全く違う意識が働く。
その妖艶にデザインされた躰は完全に支配されている状態だというのに、その目だけは、明らかな意思を持っていた。
少なくとも、レミルには、そう感じた。
「私・・・ボヴィーナ・・・・・お願い・・・助けて・・・・」
身動きできない状態で、必死にオルガスムスに達するのを耐えながら、彼女はレミルに助けを求めてきた。
レミルとボヴィーナの、逃避行が始まる。
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