Break 1 ジュンコ(もう一人の人間)


 穏やかな田園が広がる谷合の田舎街。

生活保護を受ける獣人達の集合住宅。

真面な医療を受けられらない彼らの住処にも、白衣の人間とイヌ科土佐属の男たちはいた。


「じゃあ、また一カ月後に再診だかんな!」

 ロンは受け取った札束の枚数を数えながら言う。

患者の獣人たちは、生気の無い目で彼らを見つめている。


 一方、院長は田園の向こうに見える無数の山々を見つめている。

「あ~、ハンティングして~」

「また幻獣狩りですか?解禁まであと少しじゃないっすか!そういえば今年は野生のユニコーン類が熱いみたいっすよ」


 幻獣とは、獣人類により分類されている、野生動物である。

太古では狩猟や牧畜などに活用されており、古くから獣人類の友として身近に置かれることに特化した幻獣もあった。

近年では、品種改良や遺伝子改良の技術の向上から、羽を退化させて食肉用に適させたドラゴン類の酪農や、手の平サイズまでの縮小に成功させたミニチュア・タウロスなどの愛玩幻獣産業が、獣人社会で一世を風靡していた。


「俺は、可愛い獣ん女と一緒にチチクリ合ってた方が楽しいっすけどね~。院長もやっぱり人間属の女がいれば~~~うわあぁああ!」


 畦道を爆走してきた高級車が、ロンを引き損ねて急停車してきた。

後部座席の窓が開く。

金髪の長髪、ナイフの様に突き刺す眼、やや色黒か?その被毛に覆われていない無防備な素肌は、若々しい水っぽさを秘めていた。

情熱的な厚い唇は、ガムを噛んでいるのか?クチャクチャと音を立てながら動いている。


 ロンは、今さっき引かれそうになったことも吹っ飛ぶほどの、身の凍り付きを感じた。

人間の女だ・・・・


「いよぅ~・・・・院長~・・・・・・」

 女が話し出す。目線は院長の方をしっかりと刺している。

ガムを噛む音だけが不気味に響く。

「・・・何時んなったら・・・・ウチ等に協力すんだ・・・・?

・・・・・・いつまで

・・・・


・・・・そんなセコイ金に縋る獣医やってんだよ!おいっ!!」


 女の凄みある叫びに、ロンは恐怖でたじろぐ。

しかし、院長には表情一つ変化が無かった。


「何とか言えや!いんちょぉぉぉ!!!」


 遠くの山に、女の声がやまびことなって反響する。

暫くの沈黙の後、院長が重く口を開く。


「ジュンコ。

俺は獣医だ。獣人の患者を診るのが俺の仕事だ。お前らとは違う」


 女は苦笑する。

その後すぐに睨みを聞かせ言い放つ。

「じゃあ、お前はもうこの世界と一緒に滅ぶんだな。せっかく一緒に元の世界に戻ってやろうと思ったのに。

こっちの方が気に入ったか?

”転生前の世界”じゃあ、あんなんだったもんな~!はははは~!」


 ジュンコを乗せた車は、彼女の笑い声を残して、来た畦道を戻っていった。

あっという間に、遠くの景色に消えていった。


「何なんですか?さっきの女?院長の知り合いですか?」

ロンが要領を掴めない様子で言う。


「ねぇ?いんちょ・・・・」

ロンの血の気が引く。

 これまで見たこともない、感情が顕になった表情の院長が、そこにいた。

その感情は・・・怒りだった。


「ジュンコぉぉぉ」




 ロンは、昔に教科書で読んだことを思い出した。


 神獣大戦。


神獣歴13万5千・・・くらい年前。


それ以前の獣たちは、ある一つの属の為の食料であり、道具であり、慰みの玩具でもあった。


その一つの属が何というのかは、どの記録にも残されていなかった。

ただあるのは、その全てを支配していた属は、自らの手によって、神獣様を呼び出してしまったということだ。


 転生ブームというのがあった。

自らの社会の繁栄に絶望する個々人が、次々に自らの属する世界を捨て、異世界へと転移していった。

その空間、秩序の乱れは、やがてこの獣人界にまで及び、こちらに住まう神獣様とむこうの世界との、異世界間大戦争を勃発させた。

それが神獣大戦だ。

その後の歴史は、我々獣人が文明を発展させていく過程が語られている。


 古典的な都市伝説ではあるが、その異世界で支配階級にあった属というのは・・・・・・



「何してんだ、ロン!行くぞ!」

院長が呼ぶ声に、ロンは慌てて走り出す。


 次の症例に向け、二人は畦道を歩いて行った。

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