レーシーはコンテストなのだからイブニングドレスにしようと言い、トムは既にプログラミングが出来上がっているギャザースカートのモデリングを応用した作品にしようといい、なかなか意見が合わなかった。


「どちらがいいと思います?」


 レーシーは京子に話を振った。


「僕の案の方がいいよね」


 トムが必死に味方になってと目力をこめて京子を見上げる。

 京子は困った顔をした。


「もし、一生に一度着られるなら、私の祖先が着ていたウェディングドレスが着たい」


 とはにかむように答えた。

 それを聞いた二人は固まった。トムは美しい義母への憧れがあったし、レーシーもまた美しく控えめな京子に淡い恋心を抱いていた。その憧れの女(ひと)が、一生に一度、ウェディングドレスが着たいと言っている。二人は震いたった。


「「どんなウェディングドレス!」」


 二人は異口同音に叫んでいた。



 京子は古い映像を記憶装置から選択して再生して見せた。

 シンプルな白のロングドレス、とろみのある布が緩やかに花嫁の体を取り巻いている。圧巻は花嫁のベールだった。花嫁のティアラから流れるように落ちる白いベール。

 それを見た二人は、うーんとうなって絶句した。コンテストまで一ヶ月しかない。それまでにこれをプログラミング出来るだろうか?


「オーケー、やりましょう。京子さん。あなたの願いを叶える為なら」


 レーシーはちょっとだけ見栄をはった。ざっと見積もっても半年はかかる作業だった。しかし、トムがいる。


「な、トム、出来るよな」


「うん、僕、頑張るよ」


 デザインが決まったので、二人は作業に取りかかった。

 レーシーが驚いたのはトムのプログラミング能力だった。物凄く早いのだ。基本となるラインを2日程で作り上げていた。てこずったのがベールだった。DモデはGC上に展開するように作られているので、GCのない頭の上にはマッピング出来ない。GCをかぶらないといけないのだが、変装を防ぐために首から上にGCを身につけるのは法律で禁止されていた。

 レーシーとトムは散々悩んだあげく、ベールは無理だという結論に達した。


「京子さん、申し訳ない、約束したのに」


「いいんですよ。ドレスだけでも。楽しみですわ。それにティアラなら、ほら、これで」


 京子が廃材置き場から拾ってきた針金を持ち上げて見せた。針金と石を使ってティアラを作るのだという。地下世界では鉱物は簡単に手に入った。桜色の水晶を薄く削って磨き、針金に留めれば立派なティアラが完成した。同じようにしてブーケも作った。

 ティアラを作る京子に、レーシーは何故トムはあなたを京子さんと呼ぶのか、訊いてみた。


「……、あの子は亡くなった夫の連れ子ですの。それで、私を母親としてなかなか認めてくれないのです。私と夫は再婚同士で、エイミーは私の連れ子なんです。夫は妻を亡くし、私は夫を亡くしていて。パートナー斡旋所で紹介して貰いましたの」


 地下世界では何より人類が種として生き延びることが最優先される。誰かが放射能が無くなった世界になるまで生き延びれば、人類は再び地表で繁栄出来る。結婚し子供を残そうとする人間には優遇制度が適用された。パートナーがいない場合は斡旋所に行けば相手が見つかった。


「夫は遺物を探索する仕事についていたのですが、去年の事故で」


 それは、地表で活動する調査隊の事故だった。地表には核による汚染が進んでいない地域がまだあって、調査隊はそういった地域を調査して、汚染されていない物資を探し持ち帰るのが仕事だった。その事故はそういう調査中に起きたのだった。

 突然の火山の噴火で、飛行艇が動けなくなった所に噴煙が襲った。逃げ送れた人々が巻き込まれ亡くなった。


「あの、心よりお悔やみを申し上げます」


 レーシーは夫を亡くし子供を抱えた京子を気の毒に思った。薄幸の女性が唯一願ったウェディングドレス。何があっても着せてやりたいとレーシーは思った。



 一方トムは京子から、決して徹夜はしない、プログラムは三時間やったら必ず1時間休憩する、きちんと寝てきちんと食べる事を約束させられていた。だが、そうやって体調を管理していたにもかかわらず、コンテストの三日前、トムは倒れてしまった。

 知らせを聞いたレーシーは病院のベッドで青ざめた顔をして横たわるトムに会った。


「レーシー、ごめんなさい。僕、駄目だった」


「いいんだ。君は無理をし過ぎた。大丈夫、仕上げは僕がするよ」


 レーシーは会社を休み、最後は徹夜をしてプログラムを仕上げた。




 フェスティバルは地下3階のスポーツエリアで行われる。スタジアムがあり、普段は野球やサッカーなどが開催されている。最も天井が高いエリアだ。シティに住むほとんどの人々が集まっていた。やがて、Dモデコンテスト開催の時間になった。

 スタジアムの真ん中に設置されたランウェイをモデル達が次々と歩いて行く。今年は昨年の優勝者ケイ・息吹を真似たデザインが主流だった。

 バックステージで出番を待っていた京子は、突然ガチガチと震え始めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る