エミリーの家は必要最低限の家具しか置かれていない小さなコンパートメントだった。壁には12インチ程の古いタイプのモニターが飾ってあり、家族の肖像だろう映像が流されていた。祖母と思われる老婦人、エミリーの父親だろう、壮年の男。

 エミリーの母親はスッキリとした美人でレーシーにミネラルウォーターを勧めて歓待した。


「あの、気を使わないで下さい」


「いいんですよ。今は父親の残してくれたお金で親子三人なんとかやってますの。お水くらいお出し出来るんですよ」


 レーシーは恐縮した。飲める水は貴重品だ。レーシーはポーチから自分用のコップを取り出して母親が出したボトルから水を注いだ。自分のコップを使うという、礼儀にかなった行為だった。

 水が貴重品になってから、コップは自前の物を使うのが人々の習慣になった。コップを洗う水が惜しいのだ。他人の物ならその都度洗わなければならないが、自分の物なら毎回洗う必要はなかったし、GCが開発されてからはGCで作られたハンカチで拭えば清潔になった。

 レーシーはその水を一口飲んで驚いた。


「美味しい! この水はどちらで?」


「私が作りましたの」


「え?」


「あの、ろ過装置を工夫してみましたの。そしたらとても美味しくなって」


 ろ過装置のキットが売られていたし、レーシーも使っているがこんなにうまい水は初めてだった。


「素晴らしい。あの、おかわりをしてもいいでしょうか?」


 夫人は微笑みながら、レーシーのコップに並々とミネラルウォーターを注いだ。


「お子さんが作ったデザインは公にはしないのですか? そしたら、こういっては失礼だが、もっといい暮らしが出来ると思うのですが」


「私共は、そういうのは苦手で。作品を売って、クレームとかきたらどうしようって思ってしまって」


 レーシーは驚いた。なんと、この親子は自分達がどんな宝を持っているか知らないのだ。


「あの、息子さんは何も言わないのですか? その、ネットで作品を公開したいとか」


「ええ、そうですの。あの子は病気で学校に行けないものですから、ネットはしないんですよ。知らない人は怖いと言って」


「では、僕も会ってもらえないんでしょうか?」


 夫人は困った顔をした。


「あの、大丈夫だと思います。作品に気が付いたのはあなただけですから。きっと喜ぶと思います。今、都合を訊いてきますわ」


 夫人は、エミリーの兄、トムの寝室のドアを叩いた。


「トム、起きてる?」


 部屋の中から少年の声がした。何か、言っている。最後に「いいよ、京子さんが会ってほしいっていうなら」という声が聞こえた。

 レーシーは、自分の母親を名前で呼ぶとはどんな生意気な少年だろうと思ったが、予想に反して、優しげな目元をした華奢な少年が姿を現した。互いに自己紹介をすませ、レーシーがプログラミングの話をふると、少年は熱心に話し出した。


「僕が注目したのは、人体の動きではなく人体が動く事で発生する気流の動きでした。そこで流体プログラム系の関数を片っ端から試してみたんです。そしたら、意外にうまくいって」


「つまり、衣服のシミュレーションを人体メインではなく、人体と衣服という並列2軸で組んだのか?」


「そうです」


「素晴らしい! その発想こそがノーベル賞もんだ! 今年のコンテストは君の作ったDモデが優勝するだろう」


「いいえ、それはないですよ。だって僕はコンテストには参加しないもの」


「えええええ! 参加しないのかい? いや、だめだ。参加しないとだめだよ。こんな素晴らしい作品を世に出さないなんて」


「でも、僕は人前に出るのは苦手なんです。それに、エミリーの服だって、元々のデザインは京子さんが考えたものだし。僕はそれを自然な形になるよう手をくわえただけなんですよ」


「だったらチーム名で出品すればいい」


「でも、モデルがいないし」


「モデルはお母さんにやって貰えばいいさ」


 レーシーは夫人とトムを説得して、コンテストに参加する約束をさせた。



 核戦争後、世界各地に地下都市が出来た。

 ここ、ニュートキオシティでは一年に一回、収穫を祝うフェスティバルが開催される。閉塞した地下世界では常に不満が一杯だった。不満は何かのきっかけで怒りにかわる。何かのはずみで良き市民が暴徒化するかもしれない。そこで為政者達が考えたのがフェスティバルである。一種のガス抜きだった。

 フェスティバルは年1回11月に行われる。このフェスティバルの行事の一環で、Dモデコンテストがある。プログラマーとデザイナーが組んで新作のDモデを披露するのだ。コンテストで優勝すれば、トロフィーと5万クレジットが賞金として渡される。腕に覚えのあるプログラマーが優勝目指して競い合うのだ。

 レーシーとトム、トムの母親京子はどんなデザインにするか話し合った。まず、過去の優勝者がどんな作品を作ったか、3人で研究した。

 大抵は奇抜な衣装ばかりで、21世紀の初頭、日本で大量に生産されたゆるキャラのような作品ばかりだったが、昨年の優勝者ケイ・息吹の作品は違った。「Dモデは完璧に体に沿った動きをしない」という弱点を逆手に取ったデザインになっていた。

 Dモデの欠点は特に足元に現れる。足を大きく動かせば、スカートから足の形がはみ出すのだ。息吹は大きく膨らませたロココ調のようなスカートでこの欠点を補った。そして動きの少ないウェスト部分をきゅっとしめ、バストにそって花が開いたようなデザインにしたのだ。袖はつけなかった。この作品を纏ったモデルは、むき出しの腕を大きく広げDモデの邪魔にならないようにしてランウェイを歩いたのである。結果、最も自然な衣服に見えたので優勝したのだった。


「これは一発勝負のアイデアだな。今年はこれと同じようなデザインであふれるだろう」


「だね。僕らの敵じゃないよ」と、トムが笑ってみせた。


 どんなデザインにするか、レーシー達は話し合った。

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