第二幕:森の流れ星《フィブロン・トン・ディ・ジュー》

「綺麗な色ですよねえ、この蕾。咲いたらもっと綺麗なんですよ、ライラル殿下」

 にこにこして、シェル・マイオスが私の今の長椅子に、ちんまりと足を揃えて座っていた。執事が出してきたお茶のカップを宙に浮かせたまま、部屋の入り口あたりにずらりと並んだ、極彩色の花のつぼみをつけた植物の鉢をふり返り、それで手元がおろそかになって、お茶をこぼしたらしい。

 あっちちちと慌てている気配がした。

 私は敢えてそれを見ないようにした。マイオスが来るとなぜか部屋が汚れる。

「すみません……。ええと、全部の鉢の開花時期をそろえるのには、かなり苦労したんです。咲くと色だけじゃなく、いい香りもします。花の形が、つり下がった星形なので、流れ星みたいでしょう。だからこれ、森の流れ星フィブロン・トン・ディ・ジューと」

 講釈はいい。問題はなぜ君が大量の草を持って私の部屋にやって来たかだ。

 現れた時、シェル・マイオスは草まみれだった。両脇に二鉢ずつ抱えていたうえ、それでは運びきれなかった分は学院の者に持たせていた。人に持たせるのであれば自分は運ばないのが王侯らしい振る舞いかと思うが、それではシェル・マイオスとは言えない。

 マイオスは上機嫌で草まみれになり、少々、泥まみれでもあった。学院の裏にある彼の庭園をいじる日課から、何のためらいもなく直行してきたらしい。

 それで私の居間の長椅子も泥まみれに。そしてお茶をこぼされ、次は何をこぼされるのだろう。

「しばらくここに置いてもらえませんか」

「なぜだ」

 心底不思議で、私はマイオスが言い終わるより先に聞き返していた。

「ええと……もうすぐ開花なので」

 マイオスはしどろもどろだった。

「それが私と何の関係があるんだ」

「いいえ、あのう……日当たりの問題です。僕の部屋より、殿下の部屋のほうが、ちょっと暖かいみたいです。この花、もっと南のほうの原産なので、暖かいところに置かないと、開花が進みにくいみたいで。この分だと、予定したとおりに咲きません」

「それが私と何の関係があるんだ」

 念のためもう一度言うと、マイオスは無言だったが、無言でも彼は何となくしどろもどろだった。

 しばらくの、そんな舌の回らない沈黙ののち、マイオスはまたやっと口を開いた。

「置いてもらえませんか」

「いやだ」

「僕ら友達でしょう?」

 友達というのは、森エルフ語では物置という意味なのか?

 既視感のある一節が脳裏に湧いたが、私は堪えた。一日に二度も同じ話をしたくない。

 むっとした無表情のまま私が黙っていると、マイオスはしゅんとした。

「殿下って、ずるいですよね。友達になってくれなんて平気で言う割に、友達らしいことなんか何もしないじゃないですか?」

 何も? 何もとはどういう意味だ。友誼がないならなぜ君はいま私の部屋にいるんだ。そして毎朝毎晩、同じ食卓で顔を付き合わせ、同じ料理を食っているんだ。

 第一、それと君の草と何の関係があるんだ。

「友達らしさというのは君にとって、温室代わりに部屋を貸すか否かという基準で判定されるのか。寡聞にして知らなかったよ」 

「そういうふうに嫌味を言わないでください。ほんの一晩二晩ですよ。ただの草ですし、邪魔にならない隅のほうに……できれば日当たりのいいところがいいんですけど。置いてくれればいいんです。そしたら僕が狙ったとおりに、一斉に咲くと思うんで……」

「君の趣味だろう。ひとりでやってくれ」

 うんざりして、追い払うように手を振ると、マイオスはむっと拗ねたように、口をとがらせた。

「とにかく置いていきますから。いやだったら捨てればいいでしょう」

 マイオスは私がそれを捨てられないと思っているらしかった。

 それは私への挑戦か。

 不愉快だな。その程度のことで、私に勝てるつもりなのだったら、君の大事な草なんて、何鉢だろうが捨ててやるのだが。

「水をやるのは、僕が適切な時にきてやりますから。変にいじらないでくださいね。僕にはちゃんと、こいつらの声は聞こえています。捨てたらわかるんですからね」

 脅し文句のように、マイオスはそう言い渡してきた。

 私はさらにむっとした。

 君はまたもや例の怪しい感応力とかいう技で、私を監視しようというのか。

「わかったら何だというんだ」

「そんなことしたら僕らもう友達じゃないですから」

 まるで人質でもとったかのような物言いだ。

 それが脅し文句になっているつもりなのか。

 いかにもシェル・マイオスだなと、私は腹に据えかねたが、それについては結局、なにも言わなかった。言うべき言葉が見つからなかったからだ。

「帰れ、マイオス」

 吐き捨てるように私は言った。

「そうします。また来ます」

 棒読みにそう言って、マイオスはすっくと立ち上がった。

 そして、言おうか言うまいか、迷ってから、どうしても黙っていられなかったというふうに、マイオスは言った。

「殿下は、僕に怒ってるんじゃないですよね。僕にも怒っているみたいだけど、そもそもはレイラス殿下にですよね。そんなの八つ当たりじゃないですか。そんなことするくらいだったら、僕に愚痴ればいいじゃないですか。なんでも聞くのに」

「友人面して私の部屋に物を置こうとする輩がいて迷惑なのだが何とかならないだろうか、マイオス。そいつは、さも当たり前のように私の心をのぞき見する無神経さで、私は不愉快なんだ」

 私が相談すると、マイオスはどことなくぐったりと、肩を落とした。

「すみません。帰ります。のぞき見の件は、以後、気を付けますから」

 とぼとぼと、彼は帰った。草は放置したまま。

 あくまで置いていくつもりだったらしい。

 そして、マイオスが去った直後に、執事がふたたび居間の戸を叩き、私に告げた。

 謎の差出人から、たいへん嵩張かさばる異国風のクッションが四十六個届けられたが、どこに置けばよいだろうかと。

 私はそれに、深く沈黙した。

 黙っていないと、何の罪もない執事に、なにごとか怒鳴り散らしそうな気がしたからだった。

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