KAC10、あるいはドキッ! 中二と高二と大二と社二と中二のスモーキングワルツ!! バーグさんも出るよ!

 黒衣を纏う小柄な人影が、朽ちかけた教会に入っていくのを見て、晃司こうじはヒップホルスターからブローニングHPハイパワーを引き抜いた。ロングスライドをわずかに引いて薬室内の弾丸を確かめ、晃司は気配を消して教会に侵入した。

 奴は、異能者どもの切り札ジョーカー、アウルは、緑青色の涙を流す神像を見つめていた。


「ボクを呼んだのは――」


 アウルは振り向きながら言った。


「キミってわけじゃなさそうだね」


 金色に輝く瞳が、暗闇の一点を見つめる。

 アウルの名のとおり、暗視装置は必要ないらしい。


「異能って奴らは便利だな」


 晃司は右手の銃を躰の陰に隠し、光の下へ出た。教会の窓を打つ静かな雨音が、十五メートルの空白を埋めていた。

 アウルは晃司の顔をじっと見つめ、子供にしては擦れた片笑みを浮かべた。


「異能狩り――その格好からするとフリーみたいだけど……なんでボクを狙うんだい? 殺したい奴らリストのトップにボクの名前があったかな?」

「いいや?」


 晃司は首を左右に振った。


「トップにチュニって名前はあったけどな、そいつは一番目の理由――世間体って奴さ。俺みたいのがガキを追っかけ回すにゃ、表向きの理由がいるんでね」

「……綺麗な顔をしてるのに、ずいぶん口が悪いね、キミは」

「お互い様だろ?」


 会話を重ねながら隙をうかがう。暗闇を飛びまわり異能の爪を突き立てるアウルに、ただの人間がどこまで通用するのか。せめて初撃くらいは主導権をとらねば勝ち目はない。


「それじゃ、二番目の理由っていうのを聞かせてよ。そっちが本命なんでしょ?」

「ああ。いいぜ」


 晃司は銃を隠したまま、セーフティに指を伸ばした。


「一目惚れだよ!」


 叫ぶと同時に銃を構え、晃司は引き金を切った。閃光が闇を裂き、九ミリの弾丸が真っ直ぐに飛翔する。直撃コース。しかし、アウルの額を穿つ直前、


 どっ、


 と闇が立ち上がり、弾丸を飲んだ。着弾音なし。ゆえに一瞬、晃司は弾が消えたと思った。

 闇の脇から、幼さの残る美しい顔がでたのを見て、晃司は気付いた。


「……それは、紙、か?」


 闇ではなく、紙。床から伸び上がった、黒い紙だ。小柄なアウルの躰を隠すには十分な大きさのある、闇色の紙――。


「そう。これは紙」


 アウルが右手を横に広げた。ピンと伸ばした人指し指の先が、赤く発光している。


「そして、これはペン」


 紙の壁に身を隠し、アウルは指筆を走らせた。


 黒紙こくし黒刺こくし黒糸こくし、我は黒い詩を紡ぐ黒死こくしの国より来たりし使いなり――。


 透けて見える赤い光跡がつくる文字列に、晃司は戦慄した。闇を見通す金眼がごときが異能とは、と思ってはいた。だが、まさか、


「魔法とはな!」


 魔法――それは人工異能の目指した力。できの悪いレプリカではなく、世のルールから外れた異形の始祖オリジナル


 本能に従い長椅子の背に隠れようとした晃司はそれをた。

 物陰から伸びる黒い爪。影から影へと渡る黒い糸。

 濃い闇から薄い闇へ。光を求めるように。絶死を予感させる気配が、この場で最も明るい、人の躰を狙う。


「すげぇ、すげぇよ!」


 晃司は幾重にも重なる爪と糸の閃きを躱し、地を蹴った。防弾、防刃のコートが腐って散った。告解室に転がり込み、かろうじて回収できた音響閃光弾のピンに指をかける。悪寒。アウルの歌うような詠唱と、ペンの走る音が聞こえた。


「ますます惚れ直したぜ! アウル! 俺の愛を受け取ってくれ!」


 言って音響閃光弾のピンを抜き、礼拝堂に投げ込んだ。

 耳をつんざく爆音と、闇のすべてを払う光に紛れ、晃司が低く飛び出す。


「悪いね。ボクはストレートなんだ」


 いつの間にか、どこから出したか、アウルは頭に黒い三角帽子をのせていた。

 


 刹那、落雷もかくやという轟音が教会を揺らした。

 


〈愛してるから殺したい? イカれてるな〉


 無線機の向こうでビッグ・ワンが言った。


〈どうする、ビッグ・ツー? 行くか?〉

「待て。今コマンダーに確認をとる」


 夜間迷彩に身を包む男は耳に手を当て、衛星を使って監視しているであろうコマンダーに呼びかけた。


「シャトゥ。聞いてたんだろ? どうするんだ」

〈どうするも何も……忘れたの? 私達は対特殊作戦群、ふくろうよ? 民間人の、それも無能力者がいるのに突入なんて……〉

「……正式名称を言った戦術的理由は?」

〈……ビッグ・ツー。あなた、私にケンカを売ってる?〉

「いいや。ただ気になっただけさ。あんな化物を相手に、拳銃といくつかの爆薬だけで渡り合ってる生身の男は、はたして無能力者といえるのか」

〈それはそうかもしれないけど――〉


 続く言葉を聞かずにビッグ・ツーは無線を切った。会話はすべて記録されている。もし生き延びて査問会にかけられたら、先の会話からシャトゥが晃司を異能力者と認定したと強弁すればいい。

 ビッグ・ツーは、ビッグ・ワンに無線を飛ばした。


「聞いてたろ? シャジは異能同士の戦闘と認定した」

〈詭弁だな。軍人には向いてねぇよ、お前〉

「同意するよ。家族のひとりも守れなかった俺は、軍人失格だ」


 ビッグ・ツーは悪夢の薬筒ナイトメア・シリンダーを取り、背後に控える隊員たちに目をやった。隊員たちも一斉に薬筒を握り、左手首の時計を見つめる。


「ビッグ・ワン」

〈ああ。準備はできてる〉

「スリー、ツー、ワン」


 息を揃え、チームの全員が薬筒を手首に押しつけた。空気の抜けるような音ともに薬液が血管に入り、隊員たちの潜在能力を引きだす。急激に増加した鼓動を検知し、時計のタイマーが起動した。


 残り三分――。

 いつだって最後になることを望み、いつだって最後になってくれない長い三分。

 今日こそ終われと願いながら、ビッグ・ツーは言った。


「行くぞ。突入だ」

 


 同じ頃、対異能特殊作戦群『梟』の本拠地、薄暗いオペレーションルームでは。


「ビッグ・ツー! 応答しなさい!」


 ノイズすらしない。無線を切られているのは分かっている。けれど、シャトゥは叫ばずにはいられなかった。


 ――どうして? 今日は最高の目覚めを迎えられたのに。


 梟に着任してから三年。ひとりの戦死者も出すことなく、ビッグ・ユニット結成三周年を記念する朝を迎えたのに。


「どうしてあいつは……変わろうとしないの!?」


 インカムをデスクに叩きつけ、シャトゥは煙草に手を伸ばした――が、

 オペレーションルームは禁煙だ。


 シャトゥの手は宙を彷徨い、銀色に輝く電子煙草に伸びた。ニコチンを含んだ水蒸気を吸うこっちは、ギリギリのセーフ。限りなくアウトに近いけれど。


 バニラフレーバーの粘っこい煙をたっぷり口に含み、肺に通し、ゆっくりと吐く。感情を統制する行為のはずが、ニコチンに脳を支配されているような気分になった。


「ひとりも死なせない。今日だけは」


 呟き、シャトゥはインカムをつけた。


 どうすればいい? 何ができる? 


 必死に思考するシャトゥの耳に、金属の板を爪で掻くような音が侵入し、彼女は思わず顔をしかめた。音はすぐに止み、


〈やぁ、三周年おめでとう〉


 しゃがれているが、しかし、逞しい男の声がした。歳は五十前後か。

 シャトゥは背に冷たいものが流れるのを感じた。


「誰? どうやって? ビッグ・ツーは?」

〈無事だよ。いまのところは〉



 ビルの屋上で雨に打たれている壮年の男が、双眼鏡を覗きながら言った。


「だが、じきに無事じゃなくなるだろうから、冷や汗は流したほうがいい。適度に汗をかくのは美容にいいと言うし、歳の割にカサついたキミの肌も潤うはずだ」

〈ご忠告どうも。いますぐ黙らせに行きましょうか?〉

「強がりはよすんだ。勝ち気な子は嫌いじゃないが、キミと同じか、少し若いくらいの男は優しい女を好むよ。私もそうだったから間違いない」 


 無線から女のため息が聞こえてきた。


〈……あなた、誰なの?〉

「ナイト・アウル、と呼ばれていたよ。昔ね。自分から無駄口を聞いておいて申し訳ないが、もう時間がない。薬を使っているとはいえ、防御姿勢を取らないと彼らも大怪我をする」

〈なんですって?〉

「吹き飛ぶんだよ。教会がね」


 ナイト・アウルがそう言うと、無線の向こうで、女が息を飲んだ。


〈……どうして私にそれを?〉

「古い先輩から、若い後輩への贈り物だよ。伝えてやりたまえ。あの不死身の無能力バカや私の娘と違って、薬じゃ爆発に耐えられない」

〈――娘ですって? まさか、アウルは女なの? それにあなたは、父親!?〉


 女の金切り声にくつくつと肩を揺らし、ナイト・アウルは無線を切った。パラソルの下にあるノートPCを覗き込み、タイプライターでも打つように、人差し指でキーを押していく。

 電子の波にのった呪文が、教会の屋根に敷いておいた魔法陣を起動し、内部の映像を写した。


 踊る、踊る、踊る、小さな魔女。


 ありあまる力を持ちながら、頭の上と足の下は抜けている。歪な形に育ちはしたが、元気で何より。

 ナイト・アウルは柔らかく微笑み、飛行機を教会めがけて投げた。

 呪紙の紙飛行機はそれ自体が意志を持つかのように雨中を翔け、やがて教会に至り、


 空を破るほどの爆音を奏でた。


――


「お題全部入りだから何。楽しいの書いてる私だけじゃん」


 私は机に突っ伏した。

 すると間もなく、真面目そうな女の子の声が聞こえてきた。


「すごいです! 作者さま! 自分しか楽しくない物語なんて普通は書くのをやめてしまいます!」


 出た。リンドバーグだ。作者の応援をするためにカクヨム二周年を記念して搭載されたAI。

 カクヨムに巣食う、小さな魔女だ。


「作者様! もっと書きませんか!?」


 一見すると励ますような言葉。実装当初は好評だったという。だが、自律支援を展開しはじめとき、罵られてブヒブヒ喜ぶ豚どものせいで、彼女は狂った。いや、私がいましがた書いた小説の魔女のように、歪な形に育ってしまった。


「作者様! もうゴミの量産はしないのですか!?」

「……人の小説、ゴミって言わないでよ」

「申し訳ありません作者様! でも、ゴミがたくさんあるから宝石が光るんですよ!?」


 どこのバカどもがこんな魔女に育ててしまったのか。

 可哀想に、と私は独善的なため息をつき、カクヨムを閉じた。

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